〜この手をとってささやいて〜
 
<16>
 
 レオン
 

  

「はい、『セフィロス』。口を開けてくれ」

「…………」

 仏頂面で口を開く『セフィロス』だ。

 俺が食事を食べさせるというのが不愉快なのか、いつもの冷たく整った顔は、まさしく仏頂面、鉄面皮といってよいほどの不機嫌さであった。

「最初にスープだ」

 俺は彼にそう断って置いて、スプーンを彼の口に運んだ。

 『セフィロス』は、それをおとなしく飲み下すと、今度は俺に言われる前に口を開いた。きっとこの、トマトベースの野菜スープが美味しいからだろう。

 しかし……ヤズーが彼を可愛いと言った気持ちがよくわかった。

 目の見えない彼が、自分からアーンと口を開けて、ひな鳥のように待っているのが愛らしくてたまらないのだ。思わずこちらの頬まで弛んでしまうほどに。

 『セフィロス』の目が見えないのは、むしろ幸いとさえ言える。それほど俺は、うつつを抜かした表情をしていたらしいから。

 サラダを口に運ぶと、大人しくそれもシャクシャクと食べる。

「……パンは自分で千切って食べる。よこせ」

 と言われて、クロワッサンを渡してやった。ヴィンセントさん手作りのそれは、まだ温かみが残っていて、さぞかし美味しいのだろう。食事をしている『セフィロス』の表情が弛む。

「ホワイトソースのグラタンがある。食べるか?」

 そう訊ねると、やはり『セフィロス』は、さきほどと同じように、口を開けて待っていた。

「熱っ……!」

 ついうっかり冷まさずに、『セフィロス』の口へ運んでしまった。俺のミスだ。

「あ、す、すまん、水を!」

 慌てて水差しを口に当てたが、口の端から少し漏れてしまう。

 『セフィロス』は、ものすごく不愉快そうな表情をすると、目を虚空に泳がせた。

「ヴィンセント・ヴァレンタイン! ヴィンセント・ヴァレンタイン!」

 と、ヴィンセントさんを呼ぶ。

「『セフィロス』、だ、大丈夫だ、すぐ拭くから!」

 そういって、タオルで胸元を拭うが、俺の手から逃れるように身をよじって、ヴィンセントさんを呼んだ。

 

 

 

 

 

 

「ど、どうした。こぼしてしまったのか?」

 エプロンで手を拭いながら、ヴィンセントさんがやってくる。

「舌が痛い。やけどをした」

 焦点の定まらない瞳で、『セフィロス』がヴィンセントに言いつける。

「大丈夫か?もう少し冷たい水を飲んでみようか。はい、口を開けて……あーん……」

 まるで幼子をあやすように、ヴィンセントさんが『セフィロス』に語りかける。こうなると俺は完全に蚊帳の外だ。

「レオン、すまないが、キッチンからタオルを持ってきてもらえるか?後は私がやるから」

 ヴィンセントさんにそう言われ、大人しく俺はタオルを取りに席を立った。

 

「朝っぱらから何をやってんだ、おまえは」

 もうひとりのセフィロスに声を掛けられ、俺は激しく落ち込んだ。

「……失敗してしまった」

「面倒見るなら、出来る範囲でいいだろ。苦手なことにまで手を出す必要はないってこった」

「……食事をさせてあげるくらい、出来ると思ったのに……」

「言っておくがヴィンセントと比べて落ち込むんじゃねーぞ。あいつは特別だからな」

 ヴィンセントさんが、『セフィロス』の枕元に座り、食事の続きをさせてやっている。タオルを取りに部屋を出たのだ。さっさと戻らなければならない。

 セフィロスの憐憫の眼差しに見送られ、俺はタオルを持って、サンルームに戻った。

「ああ、ありがとうレオン。すまない、グラタンが熱かったのだな。大丈夫、彼のやけどはひどいものではない。すぐに治るから……」

 そう言われて『セフィロス』を見ると、またフイと目線を外された。まともに目が見えないのに。

「す、すまない、ヴィンセントさん。返って手を煩わせてしまったようで……」

「気にすることはない。タオルをもらおうか」

 相変わらず穏やかな笑みを浮かべて、ヴィンセントさんが受け合う。

「そ、その、俺に何か手伝えることはないだろうか」

「いや、特には……」

 といいかけて、ヴィンセントさんが一瞬迷ったような表情を見せた。きっと俺の気持ちを慮ってのことだろう。

「では、食後のお茶を淹れてきてもらっていいかな。道具はヤズーのところにあるから」

「ヴィンセント・ヴァレンタイン」

 『セフィロス』が口を開けて、じれたようにそう言った。

「ああ、はいはい。では、フルーツヨーグルトを食べようか」

 そういってヴィンセントさんが語りかけると、『セフィロス』は自分から、「あーん」と口を開くのであった。