〜この手をとってささやいて〜
 
<17>
 
 レオン
 

  

やぁね、どうしたのよ、レオン、そんな暗い顔して」

 ヤズーがいつもの調子で俺に訊ねる。

「いや……『セフィロス』の茶をもらいに来たのだが……」

「はいはい、今日はこっちのブレンドティーだよ」

 香りの良い紅茶がこぽこぽと吸い口に満たされる。

 情けないが、これを届けたら、見事に俺はお役ご免らしい。

「せめてにこやかに渡してやったらどうかな。『セフィロス』は、レオンのことを意識してるんだよ。だから素直になれないだけ」                        

 そういうと、ヤズーはその艶やかな顔に、徒めいた微笑を浮べた。

 セフィロスから話を聞いたのか、それともヤズー自身がそう感じたのかはわからないが、『セフィロス』にとって、俺は『特別に意識している人間』だと目視されているようだ。 『特別に意識している人間』……悪い方にもとれる表現だ。

「ヤズーのように、彼と一緒に風呂にでも入れば、俺にもなついてくれるのだろうか」

「あはは、それは無理でしょ」

 ヤズーは、かなり思い切った俺の提案を、あっさりと却下した。

「『セフィロス』は裸見られたりするのに抵抗はないみたいだけど、レオンに対してはどうだろ。言っておくけど、『セフィロス』は意識していない人間に対しては、羞恥心を持たないんだよ。一見、なついているように見えるけど、ようはそういうこと」

「……果たしてそうなのだろうか。まるで天敵を見るように、にらまれるのだが」

 力なく俺は言った。ほとんど愚痴になっているのはわかっている。

「天敵って……マングース対コブラみたいな? レオンってば、大げさすぎるよ。それより、早く紅茶持っていってあげて。冷めちゃうから」

「ああ、わかってる」

 そう言われてすぐにとって返す。

 この上、茶までまずいと言われたらかなわないからだ。

 室に戻ると、ヴィンセントさんと『セフィロス』が歓談していた。

 もちろん、『セフィロス』のことだから、馴れた風にベラベラとしゃべっていたわけではないが、淡い微笑を浮べてやりとりしているのだ。

 まるで自分は異分子になったような気分になる。

 

 

 

 

 

 

「ヴィンセントさん、紅茶をもらってきた」

「ああ、ありがとうレオン」

「『セフィロス』、レオンが食後のティーをもらってきてくれた。せっかくだから飲ませてもらってはどうだ?」

 俺に気を使ってか、ヴィンセントさんがそんなふうに言う。

 しかし、もう俺の手からは物を口にしてくれないのではないかと思った。

 だが、『セフィロス』は、大人しく口を開いた。

 口元に吸い口を当てると、困惑したような表情をする。

「……熱くはないだろうな」

 独り言のようなその言葉に、

「大丈夫だ、飲みやすいようにしてもらっている。だが、そっとゆっくり飲んでくれ」

 と、いうと、今度は素直に頷いて、茶を啜ってくれた。

 今から思い起こすと、『セフィロス』のその一連の動作を……つまり、吸い口から茶を飲む動作を、阿呆のように見守っていたのではないかと思う。

 不躾なほど、『セフィロス』の白い顔を眺めていた。

 形のいい唇が窄まって茶を啜り、満足げなため息を吐き出すのを見ていた。

 

「美味い……」

 と『セフィロス』がつぶやいた。

「そ、そうか。まだおかわりがあるはずだから……」

 俺が言いかけたのに、『セフィロス』は首を振って応えた。

「いや、十分だ。満足した」

「よ、よ、よかった」

「……? 何を固まっている、レオン」

 『セフィロス』が俺よりも低い目線から問いかけてきた。

「い、いや、別に……その、アンタが美味いのならそれでよかった」

「……おかしな男だ」

 そう言って、フ……と小さく吐息した。

 食事に満足した後は、本当に天使のように見える『セフィロス』であった。