〜この手をとってささやいて〜
 
<18>
 
 レオン
 

  

  

「レオンってば、ぐったりしちゃって」

 ダイニングで、無意識のうちに頬杖をして呆けていた俺に、ヤズーが声を掛けてきた。

「大丈夫か、レオン。君もこの世界に迷い込んだ立場なのだから、あまり無理はせず、ゆっくりしていってくれたまえ」

 気遣いのあるセリフは、当然ヴィンセントさんのものだ。

「チッチッチッ、ヴィンセント。それはちょっと違うのよ。レオンの物思いは、『セフィロス』のことなんだから。ね?レオン」

「え、あ、い、いやヤズー……いや、その、まぁ、そのとおりなのだが」

「そんなに気疲れしてるんじゃ、恋人になんてなれないよ。好きなんでしょ、あの人のこと」

 彼の性格的なものなのだろう。

 ヤズーはその美しく整った中性的な美貌を、潔いほど裏切り、ズケズケと物を言う人だ。それがまた核心に触れることであっても、遠慮会釈無い。

「もちろん、その……好きだ。だが、クラウドのときと違って、何をどうすればいいのか途惑ってしまう。あの不思議な人が相手だと。……そもそも俺は自身が恋愛に向いていないのをよく知っているんだ」

「それはレオンの思い込みじゃない?端から見てると恋愛体質に見えるけど」

 楽しそうにヤズーがいう。

「そうだな、そちらの『クラウド』とのことといい、君は人からとても深く愛される人間なのだと思う」

 真面目な顔でそう請け合うのはヴィンセントさんだ。

「いや恋愛体質というのは、ちょっと……」

「それに、『セフィロス』のことがあるでしょ。やっぱりあなたって、いろいろな人との恋が楽しめる人なんだよ。ぶっちゃけ、俺もレオン大好きだし。ね、ヴィンセントもそうでしょう?」

「え、あ、ああ、そうだな、君はとても好ましい青年だと思う。容姿だけでなく、頼りがいのある性格もそうだし、やや生真面目ともいえる部分も信頼される」

「か、からかわないでくれ、ふたりとも。俺は本当に気がつかなくて、我ながらまったくもって愚鈍だと思うし」

 頬がカッと熱くなるのを、気付かぬふりでやり過ごす。

 

 

 

 

 

 

「そうだ!三時のおやつを『セフィロス』に持っていってあげたらどう?ええと、目が見えなくても食べられるものがいいね!」

「彼は食が細いから、あまりたくさん食べさせてはダメだぞ、ヤズー」

 いかにも母親的立場にあるようなヴィンセントさんが言った。

「麦チョコがあったー! あのね、『セフィロス』って、面白いんだよ。お菓子みたいな甘い物をあげると、一身になって食べるの。そればかりに夢中になって一生懸命ね。その様子がすごく可愛いんだよ〜。はい、これ、三時になったら『セフィロス』にあげてちょうだい」

 そういうと、ヤズーはかわいらしい袋に詰められた、庶民的なチョコレート菓子を取ってよこした。

「……あの『セフィロス』がこんなものを食べるのか?」

 思わず俺はそう訊ねてしまった。

 甘い物を好むようには見えなかったし、なにより、こんな庶民的な菓子を口にするのかと思ったのだ。

 ちなみに麦チョコとは、そのなのとおり麦の形をしたスナック菓子をチョコレートでコーティングした粒状のチョコレートである。

 ドラッグストアでも、どこででも手に入れられる子どものおやつのようなチープな菓子だ。

「食べるよ。あの人、甘い物は大好きだから」

「……意外な事実だな。だが聞いておいてよかった」

 俺はそう言って、素直に袋菓子を受け取ったのであった。

 

 ヤズーの言ったとおり、午後のお茶の時間には、夢中になって麦チョコを食べる『セフィロス』の姿を見ることが出来た。

 一粒一粒つまんで、野ねずみのように、カリカリと食べるのだ。

「ねー、可愛いでしょ?」

 と、ヤズーが笑う。

 きっと俺は、まじまじと彼を注視してしまっていたのだろう。不幸中の幸いとでもいうべきか、今は目の見えない彼に、その不躾な態度を見られることはなかったが。