〜この手をとってささやいて〜
 
<20>
 
 レオン
 

 

 肌の白さのせいで、淡く色づくその部分へ、俺は唇を落とした。

「レオンからの初めてのキスだな」

 『セフィロス』はそう言うと、小さく笑った。

「あ、朝っぱらからすることではないな」

 慌てて俺はそう言った。下世話な話だが、下肢が熱を持ち、立っているのがつらくなりそうだった。

「レオン、髪を……」

「あ、ああ、すまない。もうすぐに済む」

「ああ、心地よい」

 鏡台に映った『セフィロス』は、うっとりと双眸を閉じていた。

 

 

「ヴィンセントさん。何か他にやることはないだろうか。『セフィロス』の身繕いも済んだし、洗濯物も干し終えた」

 煩悩を打ち消すためには、身体を動かすに限る。

 俺は手当たり次第に家事を手伝った。

「レオン、もう休んでくれたまえ。君は朝から働きっぱなしだ」

 ヴィンセントさんが言った。

「そ、その、いいんだ。俺がしたいのだから。買い物に出る必要はないのか?なんだったら、俺がひとっ走りして……」

「い、いや、今日は大丈夫だ。お茶を淹れるから君も一休みしたまえ」

「気遣いは無しで結構。俺にできることなど少なかろうが、何かの役に……」

「十分、役に立ってくれているではないか。何を他人行儀な」

 ヴィンセントさんは、おかしそうに笑みをこぼすと、さっさと茶器の準備を始めてしまった。

「セ、『セフィロス』は、どうしているだろうか。先ほど髪を梳いたときは機嫌が良かったが」

 我ながら落ち着きのない素振りで、促された椅子に腰を下ろす。ソファの方では、こっちの世界のセフィロスが、長々と寝そべっているのだから。

 

 

 

 

 

 

「なんだ、テメェ、そわそわして。アイツとなんかあったのか?」

 ……だらしないくせに、妙にそういったアレコレには、敏感な男だ。

「な、な、何もない!た、ただ……」

 そこで言葉がつまる。

「ただ?」

 とセフィロスに促される。

「ただ、気持ちは通じ合えたと……思う」

「ほぅ。へたれな貴様にしては頑張ったんじゃねーのか」

 どうでもよさそうに、セフィロスが笑った。

「そ、そうだろうか。特に自分では何かをしたというつもりはないのだが。ああ、まぁ、身の回りの世話を手伝ったが」

「ふーん」

「最初はぎこちなかったのだが……だんだんに彼の方が慣れてくれて、そ、その……」

「それでどこまで行った?」

 覆い被せるように、セフィロスが訊ねてくる。ほとんど面白がっているのだろう。

「ど、どこまでとは……そんな、あ、あからさまな。ただ、言葉を交わして、キ、キス……いや、接吻を」

「別に言い直すこともないだろ。ふーん、どうやらおまえの『誠意』とやらが通じたようだな」

 つまらなさそうに、セフィロスがつぶやいた。

「そう……なのだろうか。い、いや、もちろん、『セフィロス』に対しては、つとめて誠実に尽くしたつもりではあったが」

「同じ部屋で、夜中に手を出したりもしてねーんだろ」

「バッ、バカなことを言わないでくれ。そんな真似ができようはずがないだろう!」

「わかってる、わかってる。いかにもおまえらしーな。『セフィロス』もきっとそう思ったんだろうよ」

 片手をひらひらと振って、セフィロスが言った。

「『セフィロス』が言っていた。……『存在しなかった世界』でのことを。ノーバディが生まれたことを口にして…… そ、その『両想い』だと」

「『両想い』ってガキ同士の恋愛かよ。アイツも恥ずかしげ無く、よくそんな言葉、口に出来るモンだな」

「茶化さないでくれ。顔から火が出る……」

 俺は額を押さえて、顔を振った。

「今は『セフィロス』に想いが通じた……それだけで満足なんだ」

 セフィロスにはそう告げたのであった。