~この手をとってささやいて~
 
<21>
 
 レオン
 

 

 

「はい、我が輩の指を見とってね。はい、たどってたどって」

 『セフィロス』が目を負傷してから、十日後、山田という医師の三度目の往診があった。

「はぁーい、そのままそのまま。ふぅん、もう大分見えているようじゃね」

 医師は指揮棒のようなものをしまって、ふんふんと頷いた。

 しかし、この山田という医師……誤解を恐れずに言うのならば、貧相で貧弱な体軀の医師だが、ずいぶんとこの家の人々の信頼を得ていると言えよう。あのセフィロスでさえ、山田医師には一目置いている風である。

 今もこうして、大切な客人(?)である『セフィロス』の治療にあたってもらっている。

「どうじゃね、チミ。セピロスくんの弟」

「……たまにチカチカするが、もう大分良い」

 『セフィロス』がそう応える。

 このようすならば、もう床上げもできるだろう。

「もう、大丈夫じゃろう。横になってばかり居てもアレだからの。光にも慣れるように、ちっとずつ外にでるとよいかな、コレ」

 山田医師はそれだけいうと、今度もまたさっさと帰って行った。

「よかったな、『セフィロス』。ようやく床上げができる」

 俺がそう言うと、『セフィロス』は素直に頷いた。ヴィンセントさんが彼の服を用意して着替えさせてやるそうだ。

 俺は手持ちぶさたで、ソファにて待機していた。

 『セフィロス』の目が治ったのは、本当に喜ばしいことにちがいない。だが、側近くで彼の世話ができるという大義名分は失われてしまう。

 今後は何を理由に彼の側に侍れば良いのだろう。

 気も回らず、口下手な俺は、話をするのも上手くないし、『セフィロス』の側に居ても退屈させるだけだろう。

 ヴィンセントさんのように、たとえ口数が少なかろうと、まるで父母のそれのように、大きな愛情で彼を包んでやれる男でもない。

 こうして考えると、いかに自分がつまらない人間なのかと思い知らされる。

 数日前、『セフィロス』と気持ちが通じ合えたにも関わらず、俺は未だに夢見心地で足が地に着かない。

 

 

 

 

 

 

「どうしたのだ、レオン、悄然とした面持ちで……」

「あ……いや、別に」

「今晩は『セフィロス』の快気祝いをしたいと思う。君もこれまで、細々とした手伝いをしてくれてありがとう」

 ヴィンセントさんが嬉しそうにそう言った。

「い、いや、俺など大したことはしていない。少しでも助けになっていれば良かった」

「……『セフィロス』はすっかり君に慣れてくれたようだな。彼は少し人見知りなところがあるだろう。これまではよそよそしい態度だったかもしれないが、今は君にうち解けているのがわかる」

 にっこりとヴィンセントさんが笑った。

「そ、そうだろうか。い、いや、あなたがそう言うのなら、そのとおりなのだと思う……」

「いつになっても、君は生真面目だな。きっと『セフィロス』も、君のそう言うところを好きになったのだろう」

 セフィロスがしゃべったのだろうか。俺と『セフィロス』との関係を、ヴィンセントさんも知っているようすだ。

「私とヤズーはいろいろと準備がある。今日も一日、『セフィロス』に付き添っていてくれるか」

「あ、ああ、わかった。だが手が足りなければいつでも呼んでくれ」

 俺はそういい置いて、サンルームの彼の側に行った。

 

「『セフィロス』、具合が良くなってよかった。今夜は快気祝いだそうだ」

 声を励まして話しかける。

「いかにも……この家の者が考えそうなことよな」

「治ったのはめでたいことだ。皆で祝おうというのだから、アンタはおとなしく祝われていればいい」

「おとなしく、な」

「ホロウバスティオンのことが気にならないわけではないが、アンタの身体が何より大事だ。今はまだ無理をすべきではない」

 俺はそう言った。

「……前にも言ったが、空間のよじれに時間圧縮がある。万分の一ゆえ、向こうの時間では一時間も経たぬ。『クラウド』のことならば安堵せよ」

 ヴィンセントさんから渡された、ドレスシャツのボタンを嵌めながら、『セフィロス』が言った。顔色を伺うが、不機嫌そうには見えなかった。

「そ、そうか……いや、気にしていなかったわけではないが……助かる、ありがたい」

「別に礼を言われることではない。おまえをここへ連れてきたのは私だ」

「だ、だが、そのおかげで、気持ちが通じ合えた」

 本当にそうだ。このコスタ・デル・ソルという場所、セフィロスやヴィンセントさんたちに囲まれ、彼の気持ちがほどけたおかげだろう。俺一人ではどうしようもなかった。