~この手をとってささやいて~
 
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 レオン
 

 

 

 

 イーストエリアのセントラルは、広場を中心に放射線状に施設が建ち並んでいる。

 神羅の運営しているホテルもあるし、病院や映画館、そしてショッピングモールといったものだ。

 もっとも、ノースエリアの中央と比べれば、文化施設もささやかなものだが、それでも、別荘地の立ち並ぶイーストの突端に比べれば、大分にぎやかだ。

 それもそのはず、広場では青空市場が開かれており、所狭しと出店が立ち並んでいる。

 ヴィンセントさんはここの常連らしい。

 季節の果物に、旬の魚介類、日用雑貨から南国のめずらしい草花までここで売っている。

 『セフィロス』を連れて、そこを通り抜けるのはなかなか大変なことであった。

 彼の好奇心は子どものようで、めずらしいものを見つけると、すぐにそちらのほうへ歩いて行ってしまう。

 知ってのとおり、『セフィロス』の外見は、誰もの目を引き付け、注目されてしまうのだが、そんなことはおかまいなしだ。

「レオン、喉が渇いた」

 それはそうだろう。あんなふうに歩き回れば。

 俺は『セフィロス』を連れて、ホテルのレストランに入ることにした。

 もし、彼の腹が減っているようなら、なにか食べてもかまわないし、甘い物も揃っているはずだ。

 この時間のイーストエリアは、さらに人が少ないのか、ティールームもずいぶんと空いていた。

 

 奥の席に落ち着くと、さっそくというように、『セフィロス』が飲み物とケーキを頼む。きっとヴィンセントさんがいたのなら、きちんと食事をとってから、甘い物を食べるように言われるところだろうが、今は目をつぶってもらおう。

「レオンは甘い物は苦手なのか?」

 ブラックコーヒーだけを頼んだ俺に、『セフィロス』が問いかけてきた。

「あ、ああ。食べられないわけじゃないが」

「甘い物は疲れがとれるぞ」

「そう聞くが……俺みたいな男が、デコレーションケーキなどを食べているのは絵にならないだろう」

「そうか?……私も似合わぬか?」

 不思議そうに彼が問いかけてきた。

「い、いや、アンタはいい。アンタがそうして甘い物を美味そうに食べているのは、微笑ましく感じる」

「微笑ましい……」

「あ、いや、決してバカにしているわけではなくて、俺はアンタが物を食べている姿を見るのが好きだ」

 バカ正直に答える俺を見て、『セフィロス』が笑った。

 目が治ったせいだろうか。ずいぶんと機嫌がよい。

 『セフィロス』が食べ終わるのを見計らって、声を掛ける。

「さて、そろそろいい時間だろう。ヴィンセントさんたちが心配する。帰ろうか」

 だが、『セフィロス』は、少し物を考えるような素振りをすると、緩慢に頭を振った。

 

 

 

 

 

 

「まだ、行きたい場所があるのか。もう夕方だし、明日にしては……」

「違う、レオン。ここはホテルだ」

 ティーカップをソーサーに戻し、『セフィロス』が言った。

「え?あ、ああ、確かにここはホテルのレストランだが……」

「……今夜はここに泊まろう」

 エントランスの方を眺めて、彼がつぶやいた。

「え……?」

「その旨をヴィンセント・ヴァレンタインに連絡してくれ」

「い、いや、だが……」

「私がそうしたいのだ。おまえも私の付き人よろしく、こんな場所まで付き合ってくれたのだ。ヴィンセントに連絡して、明日戻ると伝えてくれ。……駄目か?」

 凍れる湖のような瞳が、じっと俺を見る。

 いくら鈍感な俺だとて、ホテルにふたりで泊まる意味くらいわかる。だが、こんなにいきなり、しかも『セフィロス』のほうから言い出すなど、心の準備はまるで出来ていなかった。

「ダ、ダメではない……だ、だが……」

「だが……?」

「いや、その……わかった。ヴィンセントさんにメールを送っておく」

 胸の動悸を必死で抑えてそういうと、俺は手早くあらかじめ聞いていた、ヴィンセントさんの携帯にメールを送った。

「では、行こうレオン。少々早い時間だが」

 薄い唇に笑みを浮べて、『セフィロス』がそう言う。

 ここは俺がしっかりしなくてはならない。

 

 『セフィロス』の前を歩き、堂々とフロントでスウィートルームを指示した。

 ホテルの受付係は、男ふたりでスウィートという異常事態にも顔色一つ変えずにキーを渡してくれた。

 もっとも俺のつれを、呆けた表情で眺め、慌てておのれの職務に戻ったのは致し方ないことだろう。それだけ彼は人目を引くのであった。

 

「……なにもスウィートでなくとも、よいのだがな」

 クスッと『セフィロス』に小さく笑われて、あまりにもおのれが先走っていることに気付いたのであった。