~この手をとってささやいて~
 
<24>
 
 レオン
 

 

 

「いい部屋だな。さすがにスウィートというだけのことはある」

 淡々と『セフィロス』が言った。

 ホワイトとアイボリーを基調にした、やや女性向けの部屋は、ふたりで泊まるには、もちろん十分な広さがあって、浴室はいつでも入浴できるように流し湯になっている。

「……何をそっぽを向いているのだ」

 『セフィロス』に言われて、慌てて俺は彼に向かい合った。

「い、いや、俺は別にそんなつもりでは…… その……気持ちが通じたのだから、こういうことは……あの、もっと後でも……」

「私がそうしたいから、ここに泊まるのだ」

 あまりにもストレートに『セフィロス』が言った。

「だ、だが、つい最近まで、アンタには嫌われていたと思っていたし、俺を避けている風だったから……」

 思ったことを正直に口にする。

「言っただろう。おまえみたいな輩は初めてだった。だからどう対応していいのか、迷っていたと」

「あ、ああ、わかっている。きっとアンタをひどく困らせていたのだろう。俺は本当に愚鈍なのだ」

「だが……好きになれば、そういうところも好ましいと思うのだ。我ながら……人の気持ちとは不思議なものだな」

 そういうと、彼は立ち上がってバスルームの扉を開いた。

 

「一緒に入るか?」

 ごく自然に訊ねられて、俺は椅子から滑り落ちそうになった。

「い、いや、それはその…… あ、あとで!俺は後でかまわない!」

 動揺があからさまに伝わったのか、『セフィロス』は面白そうに吹き出した。

「プッ……ふふふ、大げさな…… わかった、では私の方から湯浴みをさせてもらう」

 そういうと、『セフィロス』はシャツのボタンを外しながら、バスルームに姿を消したのであった。

 

 

 

 

 

 

(……いかん、緊張してきた)

 一人になると、あまりにもこの展開の速さに、一挙に焦りが出て来た。

 手のひらにじっとりと汗が滲んでくる。……これではまるで変質者のようではないか!

 性行為に焦りは禁物だ。しっかりと自身をいましめておかなければ、暴走しかねない。 『セフィロス』相手に夢中になりそうなのは予測がつくことだし、正直なところ、俺は『行為が上手い』ほうではないからだ。それくらいの自覚は持っている。

 

(ええと……緊張をほぐすには、『人』という字を手のひらに三回書いて……)

 まじない頼りは情けないが、何もしないよりマシだろう。そう考えて、まさに人という字を飲み込もうとしたとき、バスルームの扉が開いた。

 

「どうした……?」

 不思議そうに訊ねられて、俺は慌てて手のひらをごしごしとズボンに擦りつけたのであった。

「ああ、いや、なんでもない」

「髪を洗うのに手間取ってな。遅くなった」

 彼は濡れた髪を、タオルで包んでそう言った。

 バスローブに濡れ髪の『セフィロス』……それだけでずいぶん扇情的な姿だ。

「……どうした、何を見ている?」

 声を掛けられて、俺は意識を戻す。

 ……ここ最近、自分の思考の中に溺れがちだ。困った傾向である。

「あ……いや、髪を乾かすのを手伝おうか」

「いや……おまえも、バスを使うのだろう。ゆっくり浸かってこい」

 笑みを含んだような声で、そう言われた。

「あ、ああ、ではそうさせてもらう」

 右手と右足が同時に出るような歩き方で、俺はサニタリールームに入った。

 何も急ぐ必要はないはずなのに、ものすごい勢いで服を脱ぎ、バスルームに入る。

 湯船に入る前に、とにかく力の限り身体を洗った。比喩表現ではない。まさに『力の限り』だ。たっぷりとソープを泡立て、ごしごしと肌をこする。足の指の間まで念入りに洗いこみ、ようやく納得がいった時点で、風呂に浸かった。

 ここはいわゆるごく普通のホテルのスウィートだ。風呂場は大きいが、両面鏡になっていたりなどという、悪ふざけのあるその手のホテルとは異なる。

 

(……一度、抜いておくべきだろうか……)

 下劣な話で申し訳ないが、コスタ・デル・ソルに来てからは、まったくそのような行為はしていなかった。そもそも病身の『セフィロス』相手に、邪心を抱くわけにはいかなかったし、自己処理する気にもなれなかった。

 つまり俺の劣情は、現段階で大分久しく溜まっていると思われる。

 『セフィロス』との行為に及んで、すぐさま吐き出すような情けないことになる前に、ここは一度くらい、抜いたほうが確実と思われる。

 彼とのことを考えると、自然に身体が熱くなる。

 欲情しているとは、こういう状態をいうのだろう。

 俺は、熱を持って立ち上がり始めた、それに手を添えた。

 

  …………

 自己処理を終えた後、ふたたび身体を洗い流す。もちろん手を抜かずに、どこもかしこもだ。

 終いに歯をしっかりと磨きあげ、ようやくサニタリールームを後にしたのであった。