〜second impact〜
 
<2>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

 食事を終え、一段落する。

 

 クラウドの様子だが、特に具合が悪そうには見えない。しかし疲労の色が抜けきらないようだ。

 当然、これまでの不摂生も祟っているのだろう。

 だいたい、廃屋で寝泊まりしていたなど、言語道断である。

                                                                

 人間が、体内に病原菌を取り込み、発病する……生体がその形態や生理・精神機能に障害を起こし、苦痛や不快感を伴い、健康な日常生活を営めない状態……それが一般的に「病気」と呼ばれる身体の状況だ。

 

 だがなにも、外的要因ばかりが原因ではない。

 荒んだ環境、劣悪な精神状態、それらだとて、十分肉体を蝕む要因になり得るのだ。

 

 しばらくはここで静かな生活をしてもらう。ホロウバスティオン再建を手伝ってもらうにしても、すべては彼の傷が癒えて後の話だ。

 

 食事を終えても、部屋に戻ろうとしないクラウドに、俺は声をかけた。

 

「クラウド、俺はそろそろ出掛ける」

「…………」

「戻りは早くても夜になるだろう。きちんと横になっているんだぞ」

「どこ、行くんだよ」

 上目がちに、ぼそりとつぶやくクラウド。

 

 彼は本当にむずかしい。

 なにか機嫌を損ねるような言葉を口にしたかと思い巡らせるが、心当たりはない。

「とりあえず、マーリンの家へ。用意があるようなら資料のつづきを預かろうと思っている」

「…………」

「あとはアンセムの研究室だな。少し気になることがある」

「……セフィロスのこと?」

 その言葉を口にしたとき、クラウドの声音がわずかに変化した。

「いや……ああ、まぁ、一応、見回るつもりではいるが。メインPCに不具合があるらしくて……前々から気になっていたんだ」

「…………」

「……クラウド?」

 急に黙り込んでしまう。

「オレ、ひとりで待ってるの?」

「ああ、食事なら作り置きがあるから、温めて……」

「…………」

「……クラウド? 昼食は……」

「違うよ!」

 叩きつけるようなクラウドの言葉。また何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。

 

「……? ……どうかしたのか? 好き嫌いは……」

「違うったら! オレ……昨日……ここに来たばっかなんだぞ……熱だって……まだ……あるかもしれないだろ」

「……クラウド? だから、ちゃんと部屋で寝て……」

 ソファに座ったままの、目線の低い彼に向かって、俺は言い含めるように語りかけた。

 

「……ひとりにすんなよ」

 俺の目を見ずに、彼はつぶやいた。

「……クラウド」

「アンタが連れてきたんだろ……責任、とってよ」

「……は? 責任?」

 論旨がわからない。……困惑する。                     

 

「オレが治るまではここに居てよ!」

 バンバンとソファを叩き、駄々っ子のように言い募るクラウド。

「いや、だが……」

「コンピュータの修理なんて、シドにやらせておけばいいだろ。資料なんか、明日でいいじゃん」

「……ま、まぁ……だが……」

「……誰か来たらどうするの? オレ、応対出ていいのかよ。カノジョとかだったら、ヤバイんじゃない? オレがアンタのパジャマ着て寝っ転がってたら……」

「別に、そんな女はいないが……」

「そうなの? 別に隠さなくたっていいけど」

 ツンといった調子でそっぽを向くクラウド。

 

「いや……それに、おまえならば、仮に誰かに見られたとしても何の問題もないだろ」

 俺は言った。

 他意はなかった。誰が聞いても、俺の言葉に深い意味を探り出すほうが難しいはずだ。

 

「なに、ソレッ!」

 唐突にいきり立つクラウド。いったい何が逆鱗に触れたのだろう。

「なんだよ、それ! オレがアンタんちに居ても、フツーってワケ? 友だち泊めただけ? 怪我人、引き取っただけ? カノジョに見られようとテンでへっちゃらッ?」

「だから……そんな相手は……」

「オレなんて見られてもなんともないわけ? そうだよな、別にオレが居たからってどうってことないよなァ!」

「お、おい、クラウド!」

「そーだよなッ! アンタとの関係、疑われるような人間じゃないもんな、オレなんてッ! ただの迷惑な居候だもんッ!」

「おい、よせ、やめないか、クラウド!」

 むんずとばかりにクッションを鷲掴み、次から次へ投げつけてくる。それ自体はどうということはなかったが、彼の身体は大暴れできるような状態ではないはずだ。

 俺は慌てて、彼を止めた。

 

「待て、落ち着け、俺が悪かったから……」

 理由はわからないが、まずはなだめるのが先決だ。昨日の今日で、彼も気が立っているのだろう。なによりやっとふさがった傷口が悪化したら目も当てられない。

「ハァッ……ハァハァッ……」

 肩で息をするクラウド。頬は朱に上気している。

 正直、俺にはあやまらねばならない理由など、見当もつかなかったが、なにはともあれ、彼の愚行を引き留めた。

 

「なんだよッ! もう! 昨夜は一緒に居てくれたのに……ずっとついててくれたんだろ?」

「あ、ああ、まぁ……」

「オレがちゃんと礼を言おうとしたら、アンタ、さっさと出てっちゃうし……!」

 いやいやいや。

 礼どころか、『モノ好き』などと言われたわけだが。だが、激昂しているクラウドに、そんなツッコミを入れるわけにはいかない。

 

「あ、いや、それは……色々と支度が……」

「なんだよ、支度、支度って! そんなにアンセムの資料とやらが大事かよ! ただの変態オヤジ研究者だろッ!」

「ク、クラウド……」

 言っていることがメチャクチャだ。彼は気が高ぶると、まともな思考ができなくなるタイプなのかもしれない。わかってもらえると思うが、『支度』というのは、当然風呂と食事の用意の話であって、アンセムの資料うんぬんは無関係だ。

 

「わかった……わかったから、クラウド」

 俺は拾い集めたクッションを、もとの場所に戻し、クラウドをソファに座らせた。

「ハァッ……ハァハァッ……」

「……そんなに息せき切らせて怒鳴るんじゃない。傷口が開いたらどうするんだ」

「だって……オレ……」     

「わかった、悪かった。オレに気遣いが足りなかったようだ」

 はだけたガウンを直してやりつつ、そう言う。

「今日は一日、家に居る。外出するつもりだったのは、ついでにおまえの身の回りのものを揃えられればいいと考えていたんだ。いつまでも俺の服では落ち着かないだろうと思ってな」

「…………」

「そうだな。昨日、無理やりおまえをここに連れて来たんだったな。さすがにいきなりひとりでは不安だろう。悪かった」

「…………」

「機嫌を直してくれ。今日はどこにもいかないから」

 俺はむっつりと押し黙った彼に謝罪した。

 

「……なんであやまんの」

 聞き取れないような小さな声で、クラウドがつぶやく。

「……え?」

「なんでオレなんかに謝るんだよッ。まるでオレがひとりでワガママ言って、アンタを困らせてるみたいじゃんか!」

 ……いや、ぶっちゃけ、そのとおりだと思うわけだが。

 だが、まぁ、この場面で同意するわけにもいかない。俺はなんとか宥めるための材料を探した。

 

「……別に困らされたりなどしていない。さっきも言ったが、この家に出入りするのは基本的に俺ひとりだし、ごくたまにマーリンの家にいる連中が訪ねてくる程度だ」

「…………」

「俺がいないときに、人に会うのが煩わしければ出なくてもかまわないし、別に普通に応対してくれても何ら問題はない」

「……オレが一緒に住んでるってバレたら、困る人いるんじゃないの?」

「まだ言っているのか。そんな奴はいないから心配するな」

「…………」

「わかったなら、ベッドに戻れ。今日は一日、静かにしていろ」

 噛んで含めるようにそう言うと、ようやく彼はひとつ頷いてくれた。

 

 ……二日目にしてこの体たらく。

 ……まったく、ヤレヤレだ……