〜Second impact〜
 
<3>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

 

「……レオン」

                      

 さきほどのやり取りの後、出入り口のところで、突っ立ったままのクラウドが俺を呼んだ。

 まったくもって、言いつけたことを実行してくれない奴だ。

「なにをしている。身体が冷えるだろう、はやくベッドに戻れ」

 手早く片づけものをしつつ、応える。

  

「……アンタ、ここで本、読むんだろ」

「ああ、資料をな。量が多いから……時間がかかるが」

「ねぇ、オレ、こっちで寝てちゃ、ダメ?」
 
「…………?」
 
「ダメ? 邪魔しないようにするから」

「……ここでか?」

 俺は聞き返した。彼の部屋にベッドがあるのに、わざわざここで?  

 もちろん、大きめのソファがこうして置いてあるから、無理ではなかろうが……発言の意図が読みとれない。

「……部屋だと……ひとりだし……なんだか……さ……」

「…………」

「こ、ここでなら、オレ、ちゃんと寝るから」

「ああ……まぁ、かまわないが……」

 ふたたび機嫌を損ねるのが怖いので、とりあえず了承する。

 

「じゃ、オレ、このソファで寝る。アンタはそっちな」

 L字型の一角を指さし、指定するクラウド。

 致し方ないので、ソファベッドに折り倒し、毛布と枕を用意する。となりの椅子に腰掛けて、準備を待つクラウド。

 ……できることなら、おとなしく自室で休んで欲しいのだが。

 

「できたぞ、クラウド……顔、少し紅いな」

 俺は言った。もともと微熱があるのだ。はやく完治させるためには、今が一番重要な時期なのに。

「……平気、ちゃんと寝るから」

 彼はそう言った。

 少なくともそれは嘘ではなかった。

 かき集めた書類を手に、俺が指定された場所に落ち着くと、すぐに彼も毛布に潜り込んで横になった。

 

 寝込んでいるクラウドの耳障りにならないよう、静かにページを手繰る。

 

 ……科学者の書いたものらしく、アンセムレポートは様々な史料や統計を駆使しつつ、詳細に表記してある。だが、しょせん、研究については素人の俺たちにとっては、不可解な部分も多くある。

 今は、それらに注釈を付け、メンバーそれぞれの共通理解を浸透させている段階、といえばわかりやすいだろうか。

 貴族的にととのった顔立ちをしたアンセム……稀代の科学者は日々、何を思って生きていたのだろうか。

 

 ある程度まで読みすすめ、小さく吐息すると、ふとクラウドと目があった。

 それまでずっと資料を眺めていたのだから、クラウドのほうがこちらを見つめていたのだろう。

 

「どうかしたのか?」

 と、俺は彼に声をかけた。

「……べ、別に」

 視線が合ったのが、いかにも不本意といわんばかりに目を逸らすクラウド。

 俺がふたたび資料を手に取ると、彼はそれを遮るように言葉を続けた。

 

「……あのさ、レオン」

「なんだ」

「アンタって、ホロウバスティオンのヒトなの?」

「……まぁな」

「ふぅん……だからここの再建のために、そんなに必死なんだ」

 横になった姿勢から、見上げるようにして彼は問いかけた。

「そうだな……それもある」

「他にも、理由があるの?」

「……ああ、まぁ……いや、結局はそういうことだ」

「どういうことだよ」

 クラウドは重ねて訊ねてきた。こちらのほうから質問をすると、すぐに「別に」だの「わからない」だのというくせに。

 

「……この星の名を、もとの名前に戻してやりたい。そう願いつつ多くの人間が命を落とした」

「…………」

「……生き残っている俺に、せめて彼らのためにできることがあるなら……と思ってな」

「……ねぇ、聞いてもいい?」

 クラウドがそう言った。

 さきほどから、思うがままにしゃべっているように聞こえるのだが。

「死んじゃったヒトたちの中に、大切な人……とかいたの?」

「……? ああ、そうだな」

「……そうなんだ」

「俺はあまり人付き合いが得手ではないのだが、友と呼べるような奴も何人かいた」

「……そういうことじゃなくてさ……」

「……何がだ?」

「……まぁ、いいや」

 ぶつぶつと口の中で文句をいうクラウド。

 気性は激しいくせに、妙にはっきりとしないところもある。

 

「……でも、こんなトコにひとり暮らしなんてさ……カゾクとかは? あ、ゴメン、別に言いたくなければかまわないんだけど。ただの世間話だから」

 『世間話』にしては、いささか深いなと思うが、隠すようなことでもないので俺は口を開いた。

「子どもの頃は施設で育った」

「……あ、ごめん」

「いや、かまわない。成長してからガーデンに入って……軍人になった。もっとも、この街がこんなふうになるまでの話だが」

「ふぅん、なるほどね。道理で腕が立つわけだ」

「それはおまえの方だろう」

「……そんなことないよ」

 自嘲気味にクラウドがつぶやく。

 

「オレなんて、弱々だよ」

「俺はおまえの戦闘能力を目の当たりにしているからな。よく知っている」

「……そうだね。自分でもそう思ってたよ……ちょっとは強くなったかな、なんて」

 クラウドの指が、ぎゅっと毛布を掴んだ。

 大剣を扱うにしては、白くて形のいい指だと思う。

「十分強いだろう」

 俺はそう言ってやった。

「そんなこと……ないったら」

「……具合の悪いときは、気が弱くなるものだ」

 

「……オレさ」

 彼は静かに切り出した。

 だが、その声はわずかに震えていて、俺の注意を引いた。

「……オレ、子どもの頃から、ずっと……強くなりたいって思ってた……」

「…………」

「……なんでだろ。チビだったからかなァ。ホント、そればっか考えてたんだよね」

 俺は黙ったまま、彼の話を聞いていた。

「…………」

「強く……なりたかった……セフィロスみたいに」

 彼の名を口に出すとき、クラウドは蒼の瞳を綴じ合わせた。

 

「……クラウド」

「オレも、アンタみたく、軍人志望でさ。でもテンで弱くて話にならなかったんだけど……」

「今は十分、剣士として通用するのだから、それでいいだろう」

「……アンタ、やさしいね。怪我人に、気ィ使ってくれてる」

 クスッと彼が吹き出した。

 

「オレ……セフィロスみたいに……なりたかった。すごく憧れた。綺麗で、強くて……大きくて」

 夢見るようにクラウドが言う。

 俺はクラウドの事どころか、セフィロスという人物については何も知らない。

 あの怜悧に整った美貌……銀の長い髪、そして狂人のような在りよう……ただそれだけが記憶に残っている。

 

「……セフィロスはあの頃のまま……いや、『人』だったとき以上に強くて……悪魔みたいに残酷で……恐ろしくて……どれほど憎んでも足りないのに……でも……オレ……」

 クラウドが、間接を白くするほど強く毛布を握りしめた。

 未だ興奮させるのは好ましくない。俺はなんとか彼の注意をそらせようと、話題を探した。だが、そんな気の利いた事柄など、見つかりようもなかった。

「でも……オレ……」

「……クラウド、落ち着け」

「……でも、オレ……あいつに惹かれてる……あの……氷みたいな蒼い目で見つめられると、見えない何かで身体を縛り付けられるようで……嫌なのに……ホントは逃げ出したいのに……」

「もうよせ、つらいなら無理に口にすることはない」

 すぅっと彼の瞳の焦点が合わなくなる。

 これは昨日と同じ状態だ。セフィロスと遭遇した直後の、あの尋常ではないクラウドの取り乱し方……

 

「はぁ……はぁはぁ……」

 一挙に話をしたせいだろう。ただでさえ、微熱の引かない彼の吐息が早くなる。

「無理をするな……具合がよくなってからでいいだろう」

「……オレ……オレ……怖いんだ……」

「……クラウド?」

「次……セフィロスと逢ったら……オレ……どうなっちゃうんだろう……」

「…………」

「セフィロスはオレのことを……どうしたいんだろう」

「……クラウド」

「……ご、ごめん」

 俺の声音に困惑の色を見つけ出したのだろう。

 彼はあわてて言葉を切ったのだった……