〜Second impact〜
 
<4>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

 

「ごめん……オレ、邪魔しないって言ったのに……」

 掠れた声でクラウドがつぶやいた。

「……いや」

「バカみたいにひとりでしゃべってる。……ごめん、オレ、やっぱ部屋……戻るね」

 苦しげに吐息すると、クラウドは重たげに身を起こした。

 

「ここに居ろ」

 俺は言った。

 熱に潤んだ瞳で、ぼんやりとこちらを見るクラウド。

「……でも」

「いいから、ここで寝ていろ。……ひとりになるな」

「……え?」

「おまえは一人きりでいると、よくないことばかり考える。話したいことがあれば聞くし、眠りたいならここで寝ろ」

「…………」

「冷えるだろう。はやく横になれ」

 少しやわらかな口調でそう言ってやると、クラウドは大人しく毛布に潜ってくれた。

 ……やはり、今朝方よりも熱が出てきているのだろう。彼の頬がほんのりと紅くなっている。キッチンへ行き、タオルを絞る。額を冷やすほどではないのかもしれないが、そうしてやったほうが落ち着くような気がした。

 

「……クラウド、上を向け」

「……あ、悪い」

 クセだと言っていたが、彼は横倒しの姿勢のまま、身体を小さく縮こまらせていた。

「寒いのか?」

「ううん。そういうわけじゃないんだけど……」

「ここは俺の家だ。何も不安に思う必要はないだろう。身体の力を抜いて、楽にしていろ」

 上向けに姿勢を変えさせ、額に濡れタオルを置く。

「……レオン」

「なんだ?」

「……どうしよう、オレ……」

「今度は何だ。さっきの話の続きなら……」

「違うよ」

 少し照れたような口調で遮るクラウド。

「……ここ、居心地がいい」

「……?」

「はじめてだ……こんなの……」

「……この家のことか?」

「うん……」

 彼は小さく頷いた。もう少し何か言葉を足したそうな物言いだったが、俺はすぐに、

「それならよかった」

 と、応じた。

 

 それから、しばらくの間、無言の時が流れる。

 とびとびになってしまっていた資料を一気に読み終えると、自然に溜め息が漏れる。やはり訓練されていない人間にとっては、小難しい文献一冊読みとおすのは大仕事だ。

 

 窓からの日差しが色濃くなって、あれからずいぶんと時間が経ってしまったことに気付いた。

 時計を見ると既に午後5時すぎ……昼食どころではない時間だ。

 俺はともかく、クラウドのことを失念するとは失敗した。

 

 彼は額にタオルを乗せたまま、意外にも健やかな表情で眠り続けていた。薬よりも食事よりも、彼に必要なのは睡眠……休息の時間だったのだろう。

 もっとも、食事は体力回復の基本だ。

 腹が減っているとき、人間はろくなことを考えない……他人の言葉だが、的を得ていると思う。

 音をたてないようにそっと立ち上がると、俺は台所に行く。もちろん昼食兼夕食の準備だ。昨日からリゾットばかりだから、今日は違うものにしよう。クラウドのことを考えると消化のよいものを……幸い、彼にきちんと食欲があるのが救いだ。

 

 ロールキャベツと温野菜のスープ……シーフードサラダ。パンはバタールがあるから、オーブンで焼き直せばいい。

 ……ガーデンにいたころの調理実習で、同期の連中に、手際がいいと褒められたものだが、案外役に立つものだと実感する。衣・食・住は生活の基本だし、生きていくために不可欠な事柄だ。

 野菜を煮崩さないよう杓子で、ゆっくりとスープ鍋をかき混ぜる。こういう単純な行為は、思考作業にいい。

 

 

 ……そうはいうものの、どうしても現在……脳裏に浮かんでくるのは、やはり側近くにいるクラウドのことになってしまう。

 

 ……可哀想に……

 と、いうのが俺の率直な気持ちだ。

 だが、そんな同情じみた言葉を口にするのは、クラウドに対して失礼だろう。同じ男として、他者から憐れまれ、不用意に同情されることが、どれだけプライドを傷つけるか……

 

 『セフィロス……』

 クラウドのことを考えると、どうしても彼の存在に行き着く。

 あの男は少年の頃のクラウドに、いったい何を植え付けたのだろう。そしてその行為は何故に?

 結局のところ、セフィロスはクラウドをどう思っているのだろう。なにをしたいと考えているのだろう。

 

 セフィロスは、こう言っていた……

『……私を必要としているのはこの子のほうだ』

『コレは私がいないと生きていけない。いつでも私の姿を捜し、追い求めている』

『わかるか……? コイツの望みをかなえてやれるのは、この私だけだ』

 

 彼の言葉の要旨は……あくまでもクラウド自身の執着が、セフィロスを追い求めている。だからセフィロスがどんな仕打ちをしようと、クラウドは離れていかない。

 ……なぜなら、クラウドの求めるモノを与えてやれるのは彼だけ……

 だが、逆に言えば、セフィロスは……

 

『共依存……?』

 そんな心理学用語が浮かんでくる。

 クラウドの思い込みの激しさは、まさしく依存症そのものだ。

 ならば……それに彼が気付いてくれれば……

 

 あのときのクラウドの言葉に鑑みれば、彼の性癖は、セフィロスによって植え付けられたものであり、後天的に会得したものだ。これまでどれほどの期間、そういった関係にあったのかはわからないが、矯正は可能なのではなかろうか。

  

 いや、その仮説は、あくまでもクラウドとセフィロスの関係が、俺が思ったとおりの場合であって……もし、万一……クラウドが本当に……いや……それはさすがに考えにくいと思うが……だが……

 

 

「ふぅ……」

 ……今日、何度目の溜め息だろうか。

 どうも、こういったことは不得手だ。

 人と人との感情……情念のからみあい……縺れて、こんがらがった糸を解きほぐすのはなんて骨の折れる作業なのだろう。

 

 ……俺だったら……縺れた糸は、その場所で切ってしまう。

 どうしても糸が必要なら……あたらしいものを探し出して結び直せばいい。

 

 鍋の火を止め、いつでも入れるように風呂を沸かしに行こうとしたところ、戸口のところでクラウドにぶつかりそうになった。目が覚めて起き出してきたのだろう。

 

「……いいにおい」

 ぼそりと彼はつぶやいた。

「あ、ああ、すまない。時間が経つのに気付かなかったようだ。……具合はどうだ」

 ぼんやりとした面もちで……だが熱っぽさは大分取れたのだろう。頬の赤みは消えていた。あちこちつまんだ俺のパジャマ姿だと、クラウドが小柄に見える。

 実際、決して彼は小さな方ではないと思うのだが、俺に比べると一回りは小さい。

 

「……うん。大分いい」

 彼はゆっくりとした口調でそうこたえた。

「そうか、どれ」

 彼の額に手を当てる。

「わッ……」

「どうした、動くな」

「……あ、ああ」

「……下がったようだな。よかった」

「う、うん」

 なんとなく困ったように頷くクラウド。

 横になっていたときに、クセになったのだろう。金の髪がぴょこんと飛び跳ねてしまっている。まさしく子チョコボ状態だ。

「髪が……クラウド」

「え? え……」

 俺はこみ上げてくる笑いを堪えつつ、片手で撫でつけてやった。驚いたようにクラウドが硬直する。

 

「そろそろ触れられるのに慣れてくれ。世話ができない」

「……な、なんだよ、それ。別にオレ……」

「具合がいいようなら、食事にしよう。さすがに腹が減った」

「……オレも」

 そう言ってはにかむようにクラウドが笑った。初めて見た表情だった。綺麗に整った面差しが柔和に崩れると、ひどく幼く可愛らしく見える。

 もともと彼は童顔なのだ。いつも眉間にシワを寄せた、難しい顔ばかりしているせいか、ここに来てからの表情は、俺の目にとても新鮮に映るのだった。