〜Second impact〜
 
<5>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

 

そんなことを考えつつ、じっと彼の顔を見つめてしまっていたのだろう。

「なに? 何、見てんの?」

 いぶかしげにクラウドが訊ねてきた。

 

 俺はさきほど考えたとおりのことを言って聞かせた。

「おまえの顔はとても整っているんだな。そうして笑うと綺麗に見える。いつも難しい顔ばかりしているせいかと思うが、なるべく笑う機会を増やしてやったほうがいい」

「なっ……なに……」

「本当のことだ。おまえが笑うと周りにいる連中も心地が良いだろう。せっかく容姿に恵まれているのだから、不愉快そうな顔ばかりしているもんじゃない。……どうした?」

「なっ……なに、アンタ……こっ恥ずかしいコト言ってんの……」

 発熱しているときよりも、真っ赤になってクラウドがつぶやいた。怒鳴る勢いさえ奪われたかのような物言いが不可解だ。

 

「……恥ずかしい? どこがだ? 一応、誉めているつもりなのだが」

「そ、それは……わかるけど……」

「わかったなら、居間に戻ってろ」

「…………」

「ここは冷えるだろう」

「……あの、オレ……」

「……? ほら、はやく行かないか」

「レ……レオン、オレ……」

 何やら言いたげに呼びかけてくるクラウド。だが、台所で立ち話もないだろう。さきほどのセフィロスの話の続きならばなおさらだ

 

「いいから、早く戻れ。手間をかけさせるな」

「あ……う、うん、でも、オレ……」

「しゃべりたいなら食事のときに付き合うからな。だいたいおまえは、少しばかり具合が良くなると、すぐに無茶をする。言うことを聞いて大人しくしてくれ」

「……わ、わかったよ」

 そういうと、クラウドは気ぜわしげに居間に戻っていった。                                            

 いざ、ふたりきりで面と向かってしまうと口火が切りにくいのか、この日の夕食、クラウドは不思議なほど静かに、だがきちんと食事を取った。

 俺も敢えて、セフィロスの話の続きを持ち出す必要もないと考え、その話題には触れずにおいた。

  

 深夜……クラウドがおとなしく部屋に引き取るのを見届けると、俺も自室に戻った。未だ本調子でない彼には可哀想だが、さすがに明日には活動を再開しなければならない。

 一通り目をとおし終えた資料であったが、付箋を貼って置いた部分を読み直しておく。

 

 クラウドの依存症状について、一度きちんと話をしてやりたいと考えていたが、それは自然に話がそちらに向いたときでいいだろう。

 やはり彼にとって、セフィロスの存在について考えるのは楽な行為ではないだろうし、なにより彼自身の問題だ。

 彼が、ふたたび現実を直視できる状態になったならば、俺は友としていくらでも力を貸す心づもりがある。

 

 そんなことを考えているうちに、俺はうつらうつらと眠り込んだらしい。

 

 夢の中でさえ、苦しげに微笑むクラウドに心が痛んだ。

 

 

 

                 ★

 

 

 翌朝。

 

 ……俺が起き出すと、台所に、すでに身繕いを終えたクラウドが居た。

「……クラウド?」

「あ、ああ、起きたのか」

「なにを……している?」

 シチュエーション的に、朝食を作っていると察すべきだったのだろう。だが、俺の目の前には炭化した物体と、卵の変化したもの……いや、むしろ気の毒な卵と言ってやった方がよいようなモノ……そして唯一まともなインスタントスープのパッケージが転がっていた。

「……見て、わかんない?」

「炭……」

 俺は正直なのが欠点だと思う。ガーデンにいたころ、同期の女性によくそう言われた。

 俺の口は、ついつい目についた黒い塊の名をつぶやいていた。

 

「〜〜〜〜〜ッッッ! 悪かったなーッ! どうせ、オレはアンタみたくできないよッ! 無能なお荷物ヤロウだよッ!」

「あ、いや……」

「せ、せめて朝食くらいって思ったけど……オレ……」

「わ、悪かった。すまない」

 なぜか謝罪の言葉が口を付く。

「なんで、アンタ、自分が悪くもないのにすぐあやまんのッ?」

 ではどうすればよいと言うのだろうか。本当にクラウドは難しい。

「悪かっ……ああ、いや、そういう意味ではなくて。食事の仕度をしてくれていたんだな。あ、ありがとう」

「ありがとう? この惨状見て、『ありがとう』かよ、バカにしてんのッ?」

 自ら惨状と言ってのけるクラウド。おそらく失敗の照れ隠しだろうが、顔を真っ赤にして激昂する。

「いや、バカにしているわけではなくて。気を使ってくれたおまえの気持ちが嬉しかったからそう言ったまでだ。俺は何でも食えるから、テーブルに並べて置いてくれ。シャワーを浴びてくる」

 ポンと肩を叩き、そそくさと場を後にした。あれ以上彼の近くに居ても、昨日の二の舞になるだけだ。

 さっさとシャワーを終え、服を着替えると、俺は居間に戻った。

 言葉通り……それでも少しは見てくれを考えたのだろうか。消し炭になった部分を削った、不思議な形をしたパン。哀れな卵は横にのけて置いて目玉焼きを作り直したらしい。そしてインスタントのカップスープ。おそらく目の前に並んでいる食品の中で、もっとも安全とおぼしき代物だ。

 

「……食っていいか?」

「……う、うん」

「美味い」

「……それ、インスタントのスープだけど」

「あ、ああ、いや、他のモノも……な」

 さすがに誉めるのには無理があったと思う。だが彼の気遣いが嬉しかったのは事実だし、他人から何かしてもらって礼をいうのは常識だと思っている。

 俺がひどく困惑した表情をしていたせいだろうか。クラウドはじっとこちらを眺めると、不意に笑い出した。

 

「プッ……アハハハハハ!」

「……なんだ?」

「だってさ、眉間にシワよせて無理しちゃって……アンタ、ホント、やさしいね」

 笑いすぎて涙が滲んだらしい。指で目頭を擦っている。

「……そんなことはないと思うが」

「ううん、やさしいよ。アンタの恋人は幸せだね」

「だから、そういった人間はいないと言っているだろう」

 俺は溜め息混じりに同じ答えを繰り返した。

「……これからできるかもしれないだろ」

「さぁ、いつになることやら、な。今はそれどころじゃないし……ごちそうさま」

「出掛けるのか?」

 クラウドが訊ねた。

「ああ、すまないが、さすがに今日は行かないとな」

「わかってるよ。ちゃんとここで待ってる」

「聞き分けがよくて助かる」

「子ども扱いすんな」

 ぷいと顔を背けるクラウド。やれやれだ。

 

「なるべくはやく戻る。夕食は一緒に取れるようにするから」

「……うん」

「具合が良くなったと言っても、昨日まで寝込んでいたんだからな。ちゃんと休養しているんだぞ」

「わかってるってば」

 心許ないが、彼がそう応えるのを聞いて、俺は家を出た。