〜Second impact〜
 
<7>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

 

 

 アンセムの研究室……

 

 ……肖像画の中の彼は、今日も変わらぬ面差しで、人気のない部屋を見つめていた。

 彼のプライベート資料については、まだまだ手つかずの状態だ。今は、街中にあふれ返るハートレスとノーバディの対応に追われている。

 

 リモコンを操作して、メインコンピュータールームに入る。

 そういえば、クラウドが難しい顔をしてコイツを扱いかねていた。彼はCP系全般が苦手らしい。

 子どものようなふくれつらをして、リモコンをいじる彼を思いだし、自然に笑みが浮かんでしまう。

 メインCPの前に座る。

 セキュリティソフトを立ち上げ、一通りスキャン……これはもう日課だ。

 

 ……ENDサインを確認した後、マイフォルダを開く。

 昨日一昨日で、新たに確認できたモンスターの情報のインプットを開始する。メインCPは共有化されていて、マーリンの家にある端末からも、自宅のPCからでも、ネットワーク環境のあるところからなら、いつでも閲覧できるのだ。

 

「……次は」

 ホロウバスティオンの全景を映し出す。ここで工事の進捗状況が確認できるようになっている。

 ……やはり予想通り、ここ数日の大雨のせいだろう。城門下方部の堀が水没していた。あの場所はもともと水はけの悪い場所だ。……焦っても致し方ない。まずは水が引くのを待って、他の場所から進めるしかないだろう。

 

『ピッピッ……ピッ 下方、ズームアップいたします』

 無機質な機械音が部屋に響く。

 ……闇の淵……俺たちがそう呼んでいる場所を映し出す。このあたりは、土地が低く、いつでもひんやりと空気がよどみ、奥の方には鍾乳洞があるような場所だ。

 猫の額ほどの平地の周囲は岩と水晶に囲まれ、一方は絶壁になっている。もちろん、危険なので、普段は立ち入り禁止区域にしている。

 

 傷だらけのクラウドを見つけ、初めてセフィロスに対峙したのはこの場所だった……

 

 いや、今は思考に沈んでいる場合ではない。とりあえず、すべきことを終えてしまおう。  

 画面を切り替え、データの入力作業を続ける。

 フリーズすることはないのだが、文字データ入力にしてはCPの反応が遅い。

 

 ……やはり、内部で何かが障っているとしか考えられない。

 

 簡単な問題なら自分で直そうと思っていたが、さきほどのスキャンにも、今のデフラグ・チェックにも引っかからないとなると、やっかいなウィルスかもしれない。

 ここはやはり専門家……シドと相談した方がいいだろう。

 

 俺は、CPを終了させ、立ち上がった。

 それほど時が経っているとは思わなかったが、時計を見ると、午後4時過ぎ……ここに来てからすでに6時間近く経っているようだ。

 昼食を食いっぱぐれたが、あまり気にならない。腹が減らないわけではないのだが、なにかに没頭すると意識の外になってしまうらしい。女性陣によく叱られることなのだが。

 

 手早くあたりを片づけ、ファイルを確認する。

 チェックしきれなかったデーターは、また後日だ。

 いつもなら、それほど慌てる時刻ではないのだが、家でクラウドが待っている。今朝の様子ならば、それほど心配はいらなかろうが、用心するに越したことはない。

 

 椅子に放り出したジャケットを着込み、俺はメインCPルームをクローズした。

 

 一度、アンセムの研究室を見回り、シェルターに足を運ぶ。

 性格的なものだと思うが、一通り、確認しないと落ち着かないのだ。

 

 シェルターの暗唱を打ち込むと、重い金属の扉が開く。

 以前も紹介したが、ここは武器の格納庫になっており、外壁に隣接する場所だ。当然、フロアは広い。ガンブレードを片手に、俺はゆっくりと中に歩みを進めた。

 

 ……キン……

 

 実際に音が聞こえたわけではない。いや、正確には耳ではなく、頭の中に響いたといえばより近いだろうか。

 

 背後に人の気配を感じた。

 知っている人間の気配を。

 

 床を蹴って、遮蔽物に身をひそめる。

 俺は、背後に立った男……セフィロスに向かって銃口を突きつけた。

 

「……ここは立入禁止だと伝えたはずだが」

 ガンブレードを突きつけたまま、彼と対峙する。

 

「物騒なものは下げてくれ。おまえに会いに来た……レオン」

 朱の口唇が、なめらかに弧を描く。紅を引いているわけではなかろうから、恐ろしいほどに白い肌の色が、そう見せているのだろう。

 

「どうした……おまえに会いに来たと言っているのに」

「クラウドは渡さない」

 彼の言葉を遮るようにそう言い放った。

「……クラウド? ああ、別に、アレに用はない」

 吐き捨てるような物言いが、ひどく俺のカンに障った。

「…………」

「私は『おまえに会いに来た』と言ったはずだが?」

「……俺に何の用だ」

「この前はあの子が邪魔で、まともに話をすることもできなかったからな」

「だから何用だと聞いている」

「……せっかちな男だな」

 フン……とセフィロスは鼻で笑った。そんな些細な仕草にも滴るような毒がある。

 

 蒼みがかった透き通る肌の色……銀色の長い睫毛に覆われた氷の瞳……細く通った鼻梁……そして、絹糸のような長い長い……髪。

 

 整いすぎた美貌は、むしろ恐怖を呼び起こすのだろう。

 俺でさえ、彼と目が合うとゾッとする。

 

 ……気色が悪い。綺麗だといえばそのとおりなのだろうが、身にまとう狂気が怜悧な美貌に毒を孕ませている。こんな男に見つめられ続けたら、気がふれてしまいそうだ。

  

「……ここはいい場所だな」

 氷の人形がゆっくりと口を開く。

「ここ? ……この城のことか?」

「ああ、城もそうだが……アンセムとやらのこの街……ホロウバスティオン……」

 謳うようにセフィロスは言った。

 

「……言っておくが、この星の名はホロウバスティオンではない」

「知っている」

「……なに?」

 俺は思わず目を瞠った。するとセフィロスが楽しそうにこちらを見る。

「あの子と違って、おまえは無表情だが……そのせいか少しでも変化があると見ていて面白い」

「俺は見せ物じゃない」

「フッフッフッ……」

「…………」

 氷の瞳と目線がかち合う。俺は目を逸らさず、見返した。

 彼の微笑がさらに色濃くなった。

 

「レオン……おまえたちはこの場所をもとに戻したいのだろうが……やめておけ」

「アンタに指示されるいわれはない」

 表情を変えずに即座に言い返した。

「変化は歴史の必然だ」

「……なに?」

「ゆっくり……ゆったりと時空をたゆたう星が……なんらかの内的要因で変化するのは、それはもう『そうなるべくして』変わったということだ」

「…………」

「この場所が闇に落ちたこと、アンセムという人物が現れたこと……これは『歴史の必然』だ」

「……内的要因ではない。人為的要因と外的誘因だ」

 俺は低く言い返した。

 セフィロスがまた笑った。できのいい生徒を愛おしむような微笑だった。

「アンセムを生み出したのはこの星ではないのか? ……結果、どこよりも早くハートレスに浸食され、星の名さえも遠い過去のモノになってしまったのはこの土地の出来事ではなかったのか?」

「…………ッ」

「アンセムを滅ぼしても、それはひとりの『人物』を消しただけのことだ。思想や思念は永久に生き続け、次のアンセムを生み出すだけのこと……」

「……させるものか」

 その反発は、ほとんど苦し紛れのものであった。セフィロスの言葉を論理的に打破する術を、俺は持たなかった。

「……では見届けてやろう。そしておまえの泣き顔を堪能させてもらおうか」

「ふざけるなッ!」

 チャッとガンブレードを構える。

 その物言いがあまりにもおぞましく不快で、肌が粟立つような気がした。

 目の前がクラクラする。

 これが障気というものなのだろうか。
 
 ヤツの長身から、黒もやのようなものが立ち上り、視界を遮り思考力を奪ってゆく。

 

 思わず、こめかみを押さえたときだった。

 セフィロスの長身が、すっとガラスを滑るように近づいた。

 

 次の瞬間、俺はガンブレードを握りしめたまま、両腕を壁に押しつけられ、瞬きが聞こえるくらいの距離に、彼の整った美貌があった。

 今まで見た誰よりも、美しく恐ろしい顔……

 

「くッ……」

 振り解こうと歯を食いしばる。

 だが、渾身の力ではねつけようとした瞬間、引き結んだ口唇に、彼の唇が重なった。

 

 間髪入れず、蹴りを繰り出し、腕の拘束を解く。

 セフィロスは、羽のように軽やかに、それをかわし、俺から距離をとって着地した。

 

 俺は無言のまま、片腕でぐいと口唇をぬぐった。

 

「フフフ……つれないな」

「……やめてくれ。気色が悪い」

「……私にそんなことを言った男はおまえが初めてだ」

 そういうと、彼はまた笑った。一度、この男の微笑以外の表情を、見てやりたいと思わせるほどに。

 

「……クラウドに手を出すのもやめてくれ」

 俺はそう続けた。

「アレの話はどうでもいい」

「どうでもいいなら、二度と近づかないで欲しい」

「……忘れたのか、レオン。私があの子を迎えに行くのは、あの子が私を欲しがるときだけだ」

「…………」

「アレに付き合ってやっているのは私のほうだ。間違えるな」

「…………」

「……それに」

 クスッとセフィロスが笑った。

「……それに、今、おまえが気になっているのは、あの子のことなどではないだろう。先ほどのホロウバスティオンの話……よくよく考えておくがいい。歴史は必然だ。一度滅びに向かった世界は、二度と再生しない。『滅び』とは元にもどらないから、そう呼ばれるのだ」

「……ああ、よく考えておこう」

 そう答えた。

「……いい子だ」

 整った白い顔がニッと音がするような笑みを浮かべた。

 

「セフィロス……最後にひとつ言っておく」

 すでにこちらに背を向けた彼を、追うように声をかけた。

「俺が心に留めているのは、ホロウバスティオンのことも、クラウドのことも、同じようにだ。どちらが重いという話ではない。……勘違いしないでもらおう」

 

 セフィロスは応えなかった。長い髪が笑うように空に踊る。

 

 次の瞬間、彼の姿は、跡形もなく闇に消えたのであった。