〜Second impact〜
 
<8>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は落ち着かぬ気持ちを抱えたまま、帰途へ着いた。

 予定よりも大分時を過ごしてしまった。

 肉体よりも、精神が疲労困憊しているような気分であった。

 

「おかえり。遅かったな」

 扉を開くとすぐにクラウドが出てきてくれた。

 誰かが待っているという状況がめずらしくて、ついつい戸惑ってしまう。

「なにしてんの? 早く入れよ」

「……あ、ああ」

 俺は頷いた。

「どうかした? なにかあったの?」

 やはりセフィロスと遭遇した後遺症が残っているらしい。なかなか日常的なやりとりに戻れない。

 いぶかしげに眉を顰めるクラウド。彼に感づかれるのは得策ではない。

「なんでもない。少し……疲れただけだ」

「そうか? 何か顔色悪いけど……」

 室内に入ってゆく俺の後をついてくると、歩きながら彼はそう言った。

 

「いや……気にするな。……おまえの具合はどうだ、クラウド」

「あ、うん。オレはもう平気」

「熱は出なかったか」

「大丈夫だ」

「そうか、よかった。……食事にしよう、クラウド」

「う、うん」

 自己中心的でわがままなヤツだが、小動物のように敏感なところがあるらしい。俺の様子から普段とは違う何かを感じ取っているのかもしれない。

 買い込んできた食材を手にキッチンに入ると、すぐにクラウドが後を追ってきた。

 

「あの、オレも手伝う」

「いや、大丈夫だ。かえって……」

 『時間がかかる』と続けそうになり、俺はあわてて言葉を切った。

「か、か、身体が冷えるだろうから、おまえは向こうに……」

「もう、風呂入ったし。平気だったら」

「……今日は出来合いのものばかりですまないが、じゃ、野菜を洗ってサラダを頼む」

「うん」

 子どもでもできるようなことを頼み、俺は極力平静を保って、クラウドのとなりに並んだ。せめてひとつくらいは手をかけたものを並べないと気が済まない。これも性分だろう。

 それに料理という行為は気が紛れるのだ。

 

 簡単にできる白身魚のムニエルを仕込みつつ、俺はいつものように考え事に頭を巡らせた。気を落ち着かせるには最適な行為だと重う。

 いうまでもないが、もちろんアンセムの研究レポート、ノーバディ……セフィロス以外の事柄についてだ。

 

 だが、その心の静寂を破ったのは、奇しくも最大の気がかり、クラウドであった。

「あ、痛ーッ! イタッ! イタイッ!」

「お、おい?」

「指ッ、イタッ!」

「おい、切ったのか? 見せてみろ」

「痛い! 血が出てきたッ、なんとかしろよッ、レオン!」

 ……深くはないが、綺麗にすっぱりと切れている。

 たかがサラダを作るだけで、どうしてこんな切り口になるのだろうか。

「ほら、貸せ、クラウド」

 流しで血を落とし、傷口を押さえたまま、ソファに移動させる。

「クラウド、手は心臓より上にあげておけ」

「う、うん」

「大丈夫だ、そんなに深くはない」

「うん……」

 手早く傷口の治療を終え、包帯を巻き付ける。

「ゴメン……また、迷惑かけた」

「いいから、そこに座って大人しくしてろ」

「…………」

「ああ、違う……面倒だと思ったわけじゃない。おまえはまだ本調子じゃないだけだ。大事をとって、静かにしていろと言っているだけだ」

 俺が言葉を付け足すと、ようやく、「……うん」と頷いてくれた。

 

 夕食の時、クラウドは多少しょげていたようだったが、比較的落ち着いていた。食欲もあるらしく、出来合いを買ってきたものも、俺が作った魚料理もきちんと食べてくれた。

 今さら気付いたが、俺が戻る前に風呂も沸かしてくれたらしい。

 彼はすでに夜着に着替えて、上からガウンを羽織っていた。

 

「ああ、そうだ……すまない、クラウド」

 俺は食後のコーヒーを啜りながら声をかけた。

「え、なに?」

「出たついでに、おまえに必要なものを買ってこようかと思っていたのだが……今日はあまり時間がなくて……」

「いいよ、別に。そんなの」

 本気でどうでもよさそうに、彼は応えた。なんとなく探るように俺を見る。

 

「な……レオン」

「……どうした?」

「さっきも聞いたけど……何かあった? ……俺に言いにくいこと?」

 俺の反応を気にするように上目遣いでクラウドが訊ねてきた。

 

「……どうしてそう思うんだ?」

「どうしてって……言われても、なんとなくだよ」

「ふっ……おまえは何だか小動物みたいだな。関心のないことには無頓着だが、ひどく敏感な部分もある」

「ちょっ……なんだよ、それ。真面目に聞いてるのに!」

「ああ、悪かった。すまない、心配させて」

「別に……」

 むっとふくれるクラウド。

「ふてくされるな。……ああ、そうだ。他の連中に、おまえが俺のところに居るということは伝えておいたぞ」

「……何? そうなの? よけいなことしなくていいのに」

「よけいなことではないだろう。皆、心配していた」      

「ふぅん」

「女性陣が見舞いに行きたいというようなことを言っていたが……」

「……」

「……おまえはまだ気分が優れないようだったし、断りを入れておいた。もう少し時間をおいてもらったほうがいいかと思ってな。……まずかったか?」

「ううん。そのほうがいい。サンキュ、レオン」

「いや」

 機嫌を損ねずに済んで、ホッと吐息する。

「な、レオンってさ。オレの考えていること、わかっちゃうみたいだね」

「……? そうか」

「うん。オレがそうしてほしい通りの返事、してくれてる」

「……ならばよかった」

「ホント、ここ、落ち着く……」

 やや行儀悪く、椅子の上で膝を立て、クラウドはそこに首をかしげて頭を乗せた。俺の方を見て、微笑みかける。

 ああ、やはり、そうして笑っている方がずっといいと思う。

 

「ああ、そういえば、俺たちがお似合いみたいなことをユフィに言われたな」

「え……な、なに、ソレ」

 なぜか、動揺するクラウド。心なしか顔も赤くなる。

「『天然ボケとワガママ小僧』で、キャラクターが合っているそうだ」

「なッ……あいつ……オレ、ワガママ小僧かよッ!」

 その物言いがまさしく『ワガママ小僧』っぽくて、俺はつい吹き出してしまった。

「なに笑ってんの、アンタ! アンタだって『天然ボケ』って言われてんだぞ」

「ははは……本当に心外だな」

「……チッ……でも、アンタの『天然ボケ』は……けっこう当たっている」

「そうか? 別にそんなことは……」

「『超・天然ボケ』でニブニブだよ」

 ツンと顔を持ち上げて、怒ったようにクラウドが言った。

 

 やれやれと思わないこともないが、上手く話が逸れてくれたようだ。

 できることなら、俺の方からセフィロスの話などしたくないし、ましてや唇を奪われたなどという、気味の悪い体験談は耳に入れたくなかった。

 このときばかりは、めまぐるしく興味の変化する、気分屋の彼に感謝したい気持ちになった。

 

 ……だが、さすがにそれは考えが甘かった。

 一時的に気が逸れても、クラウドはやはりクラウドで、これまで色々なものを抱え込み、様々な人間たちの思惑の中、たったひとりで生き抜いてきた者であったのだ……