〜Second impact〜
 
<10>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

「……クラウドか? 開いているぞ」

 この家には俺と彼のふたりしかいない。

 と、なれば扉を叩いているのは、クラウドということになる。

 

 ギィとにぶい音を立てて、ドアが開くと、そこには思った通りクラウドが佇んでいた。

 

 さきほどの物思いのせいだろうか。

 蒼い月明かりを浴びる彼の横顔は、いつもどおりとても整って綺麗に見えると同時に、ひどく痛々しく目に映った。

 

「……あ、ゴ、ゴメン……なんとなく……起きてるかなって思って……」

「……? ああ、いや……どうかしたのか?」

「う、うん……」

 自分の方からやってきたくせに、困惑して口ごもるクラウド。

 

 月明かりの冴える夜更けだ。

 当然気温も低くなっている。それにもかかわらず、彼はブカブカのパジャマ一枚で戸口のところに立ちつくすのであった。

「クラウド? とにかく中に入れ。身体が冷える」

 俺はベッドから降りて、彼のところまで行き、その腕を引いた。

 案の定、夜着がひんやりと冷たくなってしまっている。

 

「ご、ごめん……あの……オレ……」

「どうかしたのか? わざわざこんな時間に……」

「ごめん……」

「いや、非難しているわけではない。おまえの言うとおり目が冴えて困まっていたところだから、起こされたわけじゃない」

「……眠れないのか?」

「ああ、少し……考え事を、な」

 なるべく軽い調子でそう言ってみた。だが、クラウドの思い詰めた表情は変わらなかった。

「…………」

「ほら、立っていないで、その辺に座れ」

 彼の肩を叩くと、とりあえずクラウドは、すぐ近くのベッドの上に腰を下ろした。

 

「ゴメン……オレ、気になっちゃって……さっきの……」

「さっきの?」

「帰ってきたとき……様子がヘンだったから……」

 上目遣いで立ったままの俺を見上げると、目線を反らせてクラウドはつぶやいた。独り言のような小さな声だった。

「……クラウド……」

「しつこくて……ゴメン。でも、気になるんだ。よくわかんないけど……もし、オレのせいでアンタが嫌な思いをするようなことがあったらって……」

「何を……そんなことあるはずないだろう?」

 

「……セフィロスに逢ったんじゃないの?」

 彼は唐突に切り出した。

 ある種の確信を持った物言いであった。

「……どうしてそう思う?」

「……わかんないよ……ただ何となく……」

「…………」

「アンタってほとんど物事に動じないじゃん。……でも、さすがにアイツだけは次元が違うと思うし……今、オレ……アンタのところに世話になってるし……もし……そのせいで……」

 思案深げに口元に指を当てる。その人差し指の先が、小刻みに震えているのを見取って、俺は覚悟を決めた。

 不自然にごまかしたり、とぼけたりすれば、かえってクラウドを不安に陥れると思う。

 

「……クラウド」

 名を呼びながら、項垂れた肩に自分のガウンをかけてやった。そして彼のとなりに腰を下ろす。

 触れ合うほどに近くに座れば、少しは寒くないのではないかと考えて……

 

「……レオン?」

「……すまなかった。不安にさせたな」

「……え……」

 蒼い瞳が俺を見る。

 薄い口唇が半開きになって、疑問符を投げかけた。

 

「おまえの言うとおり、今日、城でセフィロスに遭遇した」

「…………ッ」

 息を飲む気配が伝わってくる。

「心配するな。やり合うような状況ではなかった。少し話をしただけだ」

 俺の言葉が意外だったのだろう。

 睫毛の長い大きな瞳が、不思議そうに見開かれる。

 

「……話?」

「ああ、この星の話……ホロウバスティオンのことを……」

「…………」

「彼は『歴史は必然』だと言っていた。俺たちのしようとしていることは、その道理に逆らう愚かなことだと」

「……セフィロスが」

「ああ、よく考えてみろと言われた。少なくともその点においてのみ、彼の言葉には一定の理がある」

「…………」

「それについて考察するのは……神経を使う。それでおまえの目には様子がおかしく写ったのだろう。すまなかった」

「……何もされなかったのか? 怪我……とかは」

「さっきも言ったとおり会話しただけだ。……おまえに手を出すなとも言っておいた。素直に聞いてくれるかどうかはともかくな」

「……レオン……」

 不快な口づけの件は割愛し、会話の内容を端的に伝えた。

 

「……クラウド、話のついでだから、言っておこうと思う」

「え……なに……?」

「以前から感じていたことだ」

 俺は静かに切り出した。

「……う、うん」

 

「おまえとセフィロスの関係は、いわゆる『共依存』なのだと思う」

「キョウ……依存?」

「『共依存』だ。……おまえはあの時、『セフィロスがいなくなったら、ひとりになる』『オレにだけ特別な言葉をかけてくれる人はセフィロスだけ』と言っていたな。覚えているか?」

「……う、うん……」

「……言いにくいことだが……おまえの性癖も後天的に植え付けられたものだ。そして、『それを満足させられるのは、おまえにそれを教えたセフィロスだけ』という理屈だ」

「…………」

 気の毒に耳まで赤くしてクラウドは俯いてしまった。触れたくない話題であったが、避けて通るわけには行かない。

「わかるか、クラウド?」

「……え?」

「セフィロスは、そこまで『クラウド』に拘り、関わり、触れ合い、時間をかけて、今のおまえに変えた。どこまでもセフィロスを追い求め、だが、決して彼に逆らったり、裏切ることのできない、セフィロスだけを求める『クラウド』にしたんだ」

「…………」

「それだけヤツはおまえに『執着』している」

「……『執着』?」

「そう。セフィロスはおまえに『執着』している。おまえに拘っているのは彼のほうだ」

「……セフィロス……のほう……」

 クラウドは人形のように惚けたまま、俺の言葉をくり返した。

 

「でも……オレ……」

「いいか、クラウド」

 彼の不安げな物言いを遮って、俺は言葉を続けた。

「……おまえがセフィロスに弄ばれて、一方的に追い求めているわけではない。同じくらい……いや、それ以上に、セフィロスはおまえに『執着』しているんだ。おまえはまったく惨めでも異常でもない。彼の在りようの歪みがおまえの心を蝕んでいるだけだ」

「…………」

「……セフィロスでなくとも、おまえを心から想う人間は必ず現れる。そして、おまえ自身も彼から離れれば、いずれ誰かを愛するようになるだろう」

「……レオン」

 不安げに……怯えたように俺を見るクラウド。

 だが、その澄んだ蒼の瞳に、微かな光が映し出されたような気がした。

「……少しずつでいい。外の世界を見てみろ。闇の国から一歩ずつ外へ出るんだ」

 普段ならば失笑しかねない文言を駆使し、俺はクラウドを説得した。

 

「……こんなふうになっちゃったオレを……好きになるヤツなんていないよ……」

 そうつぶやいたクラウドの声は、震えて途切れがちだった。

「そんなことはない。今朝、言っただろう? おまえはとても整った容姿をしているし、少々気は短いようだが、正直で素直だ」

「……気味……悪いと思われるよ……オレなんて……」

「おまえが勝手にそう思いこんでいるだけだ。少なくとも俺は、一度だってそんなふうに感じたことはない」

 ワガママいっぱいで気の強いクラウド。

 彼が悄然としている様が、あまりにも可哀想で、いっそ可愛らしくさえ感じられて、俺はつい彼の頭を撫でてしまった。

 やわらかなクセ毛が手の平に触れる。

 子ども扱いするなと怒鳴られるかと思ったが、クラウドはおとなしくされるがままになっていた。

 

「……レオン」

「……ん?」

「レオンは……どうしてそんなにやさしいんだよ……」

「……え?」

「なんで……オレなんかに……やさしくしてくれんの……?」

「オレなんかなどという言い方をするな。俺はおまえのことを気に入っているから……大切な人間だからだ」

 すでに居なくなってしまった仲間とは異なり、クラウドは今、目の前にいる友人だ。彼のためにしてやれることがあるのは、俺にとって嬉しいことだった。

 強くて大胆なくせに、脆い……脆い、クラウド。そんな危なげな彼を、放っておくことなどできそうもなかった。

 

「……大切?」

「ああ、おまえにつらいことがあるなら、俺はいくらでも手を貸す。支えが必要ならいつまででも一緒に居るから」

「……レオンは……誰にでもそうするの? こんなにやさしいのかよ……?」

「……? どういうことだ?」

「オレ……ダメだよ……どうしよう……オレ……」

 困惑したようにつぶやくと、震える手で口元を覆った。

 

「クラウド……?」

「さっき……言おうと思ったのに……」

「……?」

「もっと早く……言おうと思ったのに……どんどん……そうなっちゃう前に言おうと思ってたのに……どうしてアンタはオレの欲しい言葉……くれるの……? なんで……いつも……そうやって……オレのこと……」

 ボタボタと大粒の涙がこぼれ落ち、ガウンに吸い込まれてゆく。

「お、おい……?」

 俺はひどく動揺した。また何か無神経な言葉で彼を傷つけたのだろうか?

 必死にこれまでのやり取りを思い返しても、それだとわかる事柄がない。

 

「そんなふうにされたら……オレ……オレ……」

「クラウド?どうした?……何で泣くんだ? なにか気に障るようなことを……」

 自分でも情けなく感じるほどに、おろおろと彼を宥めにかかった。

 クラウドだろうと誰だろうと、目の前で泣かれてしまうのは本当に困る。

 俺は極端にこういった状況をおさめるのが不得手なのだ。

 

「すまない……つい、無遠慮に色々と口出ししてしまった……頼むから泣きやん……」

「ちがうよ……ッ 違うんだってば……!」

 そう叫んだ彼の声は、涙のせいでひどく揺れていた。