〜Second impact〜
 
<11>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

「違う……んだよ……レオン……」

 掠れた声音で彼がつぶやく。

 

「クラウド……?」

「レオン……オレにやさしくし過ぎだよ……」

「え……?」

「何度も何度も……離れようとしたのに……放っておいてくれって言ったのに……」

 ふたたび、パタパタ……と、涙の粒が膝に落ちた。

「アンタはいつだってやさしくて……オレの欲しい言葉をくれて……そんなふうにされたら……オレ……」

「…………」

「オレ……ぜったいにアンタを好きになるって思って……そんなことになったら……もう……側には……」 

「クラウド……」

「側……には……居られない……って……」

「…………」

 

 ああ、なんて愚鈍なスコール・レオンハート……

 俺は自分で自分の頭を殴りつけてやりたい衝動にかられた。

 

 城から彼を助け出したとき……そして、この家に住まわせようとしたとき……

 彼がどれほど困惑し、切なげな表情をしていたか……

 物言いたげな、問いかけるような眼差しは、いったい何を語りたかったのか……

 

 一度だって、本気で考えたことがあったろうか。

 いや、気づかぬふりをしていたわけではない。

 『本当にわからなかった』のだ。

 

「……だから言ったろ……?」

 微かにしゃくり上げつつ、クラウドが言葉を続けた。

「気味が悪く思うはずだって……いつか迷惑に感じるはずだって……何度も言ったじゃないか……」

 キッとばかりに俺をにらみつけた蒼い瞳が、すぐさま水滴に揺れてくる。

 

「クラウド……頼むから……泣くな」

 もう俺には、どうしていいのかわからなかった。

 彼がつらそうに涙を流している様は見たくない。ただ、それだけだった。

「そんな顔で泣かないでくれ……」

 震える肩に手を乗せ抱きしめる。

 それぐらいのことしか思いつかなかったのだ。

 

 だが、クラウドは抗った。俺の胸に腕をつっぱり、頭を横に振る。それに合わせて、夜目にもキラキラと輝く金の髪が揺れた。

「やめ……ろよ……言ってるじゃんか……アンタがそんなふうにやさしくするから……オレ……バカみたいに……期待したり……」

「…………」

「放してよ……もうこれ以上……アンタのこと……好きにさせないでよ……」

 うつむいた首の付け根が小刻みに揺れる。

 熱い涙が、ボトボトと俺の腕に落ちた。

 

 ……呼吸が苦しい。

 なんて無力で残酷な俺……

 時として無知は罪になるのだ。

 そして、まさに今、俺は自分がひどい罪を犯したことを知った。

 

 実際、クラウドが言うように、俺自身は彼に対して、そういった感情は持ち合わせていない。

 ……いや、「いない」と断言することだってできやしない。なぜなら「考えたことすらなかった」のだから。

 

 

 ……クラウドはとても強くて、美しい。

 ワガママなところはあるが、それも魅力のひとつにできてしまうほど、整った容姿を持っていて、心根は正直で素直だ。

 淡い色合いの肌、陽に透けるブロンド……そして深海を思わせる蒼い瞳……

 

 恋愛感情とはいえないかもしれないが、俺は本当に彼のことが大切だし、つらい生を少しでもやさしいものに変えてやりたいと感じていた。

 彼が、親しげに俺に微笑みかけてくれるのは、とても心地がよかった。

 怒ってツンと顔を背ける様子でさえ、不快に思ったことはない。

 

「クラウド……」

 身じろぎし腕を突っ張る、彼の背を抱いた。

 顔を見ていたら言えなくなりそうだったから。

 紅く染まった耳朶に唇をよせ、正直な自分の思いを告げることにした。

 

「クラウド、聞いてくれ」

 ビクッと身をすくませる、俺より一回り小さな身体。

 だが、抱きしめた腕を解いてはやれない。

「…………」

「聞いてくれ……たのむから」

「……レオン?」

 しゃくりあげるような呼吸の中、俺の名を恐る恐るつぶやく彼……

 

「……すまなかった。俺は……本当に無神経な人間なんだろう」

「…………」

「おまえがそういう思いで、俺を見ていたことに気づかなかった」

「……オレ、ヘンだから」

 自虐的に彼がつぶやく。

 

「……そうじゃない」

 すぐさま彼の言葉を打ち消した。

「以前も話したことがあったと思うが……俺は今まで人を好きになる時間も……心の余裕もなかった。自分のことに必死だった」

「…………」

「だから、今、おまえの言葉を聞いて……戸惑っている」

「…………」

 クラウドは黙したまま、俺の話に聞き入っていた。

 しなやかな薄い筋肉のついている背が、未だにヒックヒックと震えているのが愛おしくさえ感じる。

「……俺は……人を好きになる気持ちというのが……よくわからないんだ」

「……え……?」

「だから……おまえのように、他人に対して、ハッキリ『好き』と言えるのは……その……すごいことだと思う」

「…………」

「……勝手な言いぐさだと感じるだろうが……今、ここでおまえの気持ちを拒絶したら……きっと二度とこうして俺の側には居てくれないだろう。こんなふうに、背を抱いてやれることもなくなる。おまえが泣いている時に、傍らに寄り添う機会さえ奪われるのは……正直、耐え難い」

 一言一言ゆっくりと、クラウドと自分自身に言い聞かせるように話した。