〜Second impact〜
 
<12>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

「……レオ……ン?」

 俺の名をつぶやく、彼の声が掠れて震える。

 

「……このまま俺の側に居ろ。独りになるな、クラウド」

「……だって……側にって……」

「……これもひとつの執着なんだと思う。……俺はおまえの側に居たい……ただの友人としてではなくて……それを恋愛感情だというのなら……そう……なのかもしれない」

「……え……?」

「曖昧な言い方ですまない。……本当に考えたことがなかったんだ。……だが、おまえを手放したくないという気持ちは本当だ」

「……レオン……」

 泣き濡れた頬をぬぐいもせず、惚けたように俺を見るクラウド。

 なんだかその頼りなげな様子が、ひどく可愛らしくて。

 無防備な有様が放っておけなくて……

 

 膝立ちになった彼の肩に手を置く。

 そのまま引き寄せると、俺は彼の唇に接吻した。

 頭で想像するよりも簡単にできた。もっとも上手く……とは言いがたいだろうが。

 

 クラウドの唇は半開きで……さんざん泣いたせいだろう。少しだけ塩辛いような味がした。

 唇が離れ、蒼の瞳が表れると、その拍子にふたたび、長い睫毛にたまった水滴が、ぽろぽろと頬を伝った。

 

「……すまない、下手くそで。……やり慣れていなくてな」

 俺は照れ隠しに少し怒ったようにそうつぶやいた。

 だが、クラウドは笑ってもくれないし、なにか言い返しもしなかった。

 ぼんやりと俺を見つめているだけだ。

 

「……クラウド?」

「レオン……オレ……」

 ぼろぼろぼろと呆れるほど、涙が頬を伝わる。

 体内の水分がすべて流れ出てしまうのではないかと心配になる勢いで。

 

「……レオン、物の言い方……難しいよ」

「え、あ、す、すまない」

「オレ……頭よくないから……勘違いしちゃいそうだよ……」

 震える指で涙をぬぐう。

 子どものような仕草に胸が痛む。

 俺は、気づかれぬよう、そっと呼吸を整え、彼に向き直った。

 クラウドが、正面から俺を見る。

 

 

「クラウド、俺にとっても、おまえは特別な人間らしい。ずっと側に居てくれ。……俺もおまえのことが好きだ」

 胸の中の物思いを、ほとんどあやまりなく口に出来た。

 その満足で、俺は少しだけ微笑むことができていたのかもしれない。

 

「……ウソ」

 ボソリとつぶやくクラウド。

 それはないだろう。

「……ウソっぽい」

「おい、おまえな。慣れないのに、人が一生懸命言葉を探して……」

「だって……そんなことありえないもん」

 うつむいたまま、不平をもらすクラウド。

 

「……あのな」

 思わず脱力しそうになる。なんて難しいヤツなのだろう。

「ちゃんと唇にキスもしたし、好きだと言っただろう。疑うな」

 そう言って聞かせると、彼はカーッとばかりに、耳まで真っ赤にした。

「アンタ……アンタ、なんでそんなコト、はっきり……恥ずかしくないのッ?」

「……何で怒られてるんだ、俺は」

「だっ……て、アンタって……」

「まだ不満があるのか? 理解できないというなら、もう一度言おうか。すでに暗誦できるぞ」

「………………」

「『俺もおまえのことが好きだ。ずっと側に居てくれ』……これでどうだ」

「レ、レオン……」

「……そう固くならないでくれ。俺の方がこういったことは不得手なんだ」

 俺は正直にそう告げる。

「……今朝も言ったろ? おまえの笑っている顔が好きだ。綺麗に整った面差しが微笑んでいるのを見ると、こちらのほうが嬉しくなる……たぶん、こういう気持ちを持てるのはおまえだからなんだと思う……他の誰に対しても感じたことのない感情だ……だからウソじゃない、クラウド」

「…………」

「……クラウド?」

「……もう一度、キス……してよ。そしたら……信じる」

 少しだけ拗ねたように、だがやはり恥ずかしさのほうが勝っているような顔つきでクラウドがつぶやいた。

 俺はそっぽを向いてしまった彼の顎をとり、言われるがままに口づけた。

 

「……信じたか?」

「…………」

「……なんでふて腐れるんだ」

「……レオン」

 低く俺の名を呼ぶクラウド。

 

「今度はなんだ? 何が気に入らないんだ?」

 きっとこういう物言いが、「無神経」と女性の非難の的になるのだろう。

「レオン……手……」

「……?」

「手……貸してよ」

「……? なんだ?」

 言われたとおり片手を差し出す。

 クラウドは俺の左手を両手で受けると、そのまま頬に当てた。

 泣き疲れた頬は、とても熱く火照っていた。

 

「……冷たい。レオン、体温低いんだね」

「そうか? おまえの顔が熱いだけだと思うが」

「……気持ちいい。ちゃんと冷たいって感じる……夢じゃないみたいだな」

 独り言のようにささやくクラウド。

 言葉のひとつひとつが掠れていて……ひどく儚く感じて……まるでこれを最後に、消えてしまいそうな風情に見えてしまう。

 俺はそれを否定するように、いささか強い口調で言った。

 

「バカを言うな。……まったくおまえはワガママで強情なくせに、おかしなところで気弱なんだな」

「……だってしょうがないじゃん」

「なにがだ?」

「アンタの口からあんな言葉が聞けるなんて……思ってもみなかったから……」

「…………」

「オレ……絶対、気味悪がられると思ってたもん……もう二度と……アンタに笑いかけてもらえないってあきらめてた……」

「……勝手な思いこみだ。心外だな」

 フンと鼻先で笑ってやる。

 するとつられたようにクラウドも吹き出した。

 

 ごく自然にもう一度、口唇が重なる。

 白い額……とがった鼻先……紅く擦れてしまった頬……そしてやわらかな耳朶……

 それぞれの感触を楽しむように、俺は唇を滑らせた。
 

 その都度、彼の喉元から微かな声が漏れ、くすぐったそうに身を竦ませるのが少しだけ面白く感じた。