〜Second impact〜
 
<13>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

 クラウドの肩がピクンと持ち上がる。

 子犬や子猫が、くすぐられて身をすくめるような動作に、俺はつい吹き出してしまった。

 

「……あ、アンタ、今、笑ったよね。……そっちばっかズルイんじゃない?」

 憮然とした表情で言うクラウド。だが相変わらず頬はりんごのように真っ赤だ。

「……オレもする」

 そういうと、向き合っていた俺をそのまま押し倒し、馬乗りになる。

 形勢逆転とでもいうのだろうか、自分よりも長身の男を押し倒し、誇らしげな微笑を浮かべるクラウド。こんなところは5、6つの子どもと変わらない。

 すまないが、ムードもへったくれもないのは、彼のほうだと思う。

 

 ガバッと音のしそうな勢いで、俺の身体を押さえつけてくるクラウド。

 彼の唇が、前髪の生え際に落ちてきた。それから頬に滑り、耳朶を噛む。

 

 ……くすぐったい。

 

 ああ、なるほど。

 耳というのは普段意識することがない分、こんなふうにいじられるとこそばゆいものなのだ。

 もっとも、クラウドほど過敏な反応は返せそうもなかったが、自然に肩をすくめるような形になってしまう。

 俺の反応が薄くて不満だったのか、クラウドは身を起こすとわざわざ訊ねてきた。

「……ねぇ、感じない?」

「え、ああ、こそばゆいな」

「こそばゆいって……アンタ……それだけ?」

「おまえが過剰反応なんだろう。多少ムズムズする程度だ」

 さきほどまで泣いていたくせに、ムッとするクラウド。

 ほんとうに『ムッ』と音が出そうなほど、表情が変わるのだ。

 

「……キス、していい? ……唇」

 さきほどから、数回していると思うのだが、自分からするのは別だというのだろうか。いちいち確認をとるクラウド。

 あっさり頷いてやると、少しばかり緊張したように顔を強ばらせ、

「目、閉じてよね」

 とつぶやいた。

 

 彼の唇が、仰向けになった俺の口唇に触れてくる。

 

 最初は軽い……触れるだけの口づけをくり返した。

 俺は言われたように目を閉じていた。

 そうすると当然、クラウドの表情を窺い知ることはできない。

 だが、彼を見ているときにはあまり気にならなかった、微かな息づかいや動きを聞き取ることができるようになった。

 

 少し長めのキスのあと、 

「ハァ……」

 と、震えるような息を吐くクラウド。

 一度、彼の唇が離れ、少しだけ間が空いた。

 時間にしてみればほんの数秒というところだったと思う。

 

 次に俺は双眸をふさがれた。

 クラウドの片手が、そっと両目の上に置かれる。

 

 言われたとおりに、綴じ合わせているのに、疑われているようで心外だ。

 思わず、そう抗議してやろうとしたが、黙ったままのクラウドの息づかいがひどく苦しげで、強ばっているような雰囲気で機を逸してしまう。

 

「……レオン……レオン……」

 独り言のように、俺の名を呼ぶ。

 実際、独白のようなものだったのだろう。

 自分の名を呼ばれたのでなければ、聞き取れないほど小さな声だ。それに、泣きやんだはずの声音が、さきほど以上に震えて揺れている。

 

「……おい……クラウド……?」

 さすがに不安になって、声をかけてみる。だが、目をふさいでいる彼の手にグッと力が込められ、起きあがるのを阻止された。

 

 頬に暖かいものが押しつけられる。

「レオン……」
 
 というつぶやきが、耳元で聞こえ、彼が同じように頬を寄せているのだと気づく。

「……クラウド……?」

「…………」

「……クラウド? どうした?」

 なかなか答えてくれない。黙ったままだ。

 

「……クラウド……?」

 もう一度、彼の名を呼ぶと、小さく息を吸い込む音が耳に入った。

 

「……レオン……レオン……大好き」

 吐息のような掠れた声で、彼はそう言ってくれた。

 

 今まで聞いたどんな言葉よりも……何の飾り気もないそれが、たった一言の、その言葉が、ひどく胸を締め付けた。

 

 人を好きになるというのは……そういうことなのだ。

 クラウドが、本当に嘘偽りなく、心の底から俺を好いてくれているのだと、ようやく理解できたような気がした。

 

 ふたたび、彼の唇が活動を始める。

 ようやく片手を外してくれると、綴じ合わせたままの瞼に口づけ、そのままこめかみに移動し、頬を滑り、唇に戻ってきた。

 さきほどまでの軽い、啄むようなキスではなく、今度は静かに……少しの間、そのまま動かなかった。

 

「……レオン、このまま続けてもいい……?」

 わずかに唇を離すと、クラウドが上から俺を見つめてつぶやいた。表情は落ち着いているが、瞳に緊張が読み取れる。

「……え……あ、ああ」

 この真面目なシーンで、いささかな間抜けたように俺は返答した。

 

 しかし、女性相手ならともかく、男を相手にした経験はない。

 細部は異なっていても人体という視点に立てば、男も女もそう変わりはないのかもしれないが……いや、それは理屈だ。……どうしても不安がある。

 

「……大丈夫だよ……俺、大抵のことなら……平気だから」

 少しだけ淋しそうに、彼はつぶやいた。

 

 その顔に、セフィロスと遭遇したときの泣き笑いが重なった。