KHセフィロス様の憂鬱
〜おまけのうらしま外伝〜
<1>
 
 セフィロス
 

 

 


 

 私が降り立った地は、まるきり見覚えのない場所であった。

 妙に硬質で整然とした印象の……そう、昔ながらの田舎町の様相を残しているホロウバスティオンとは似ても似つかない……まるで近未来世界を具現したかのようなこの世界……

 本当に、ホロウバスティオンと同じ時空なのだろうか……?

 コスタ・デル・ソルのクラウドの家……あそこの中庭に感じたのは、まちがいなくホロウバスティオンと同じ波長であったのだが……

 ……少なくとも同次元に戻ってこられたはずなのに。

 ここはいったいどこだというのだ……?

 どうすれば、ホロウバスティオンに戻れるのだろうか。

 唯一、私の棲む世界への道が開けているのは、ホロウバスティオンからのみだ。……少なくとも現段階で知りうるのはそこだけなのだ。

 なんとしてでも戻らねば……

 溜め息をかみ殺し、延々と続く廊下から、窓の外を眺めた。

 天を突く高層ビル、大きくカーブを描く道路……なのだろう。奇妙な乗り物が街中に配備され、透明パイプのような通路を行き来している。

「……まいったな……」

 人知れず、そっとごちた。  

 私の立っている場所は、どこぞのビル……それもだいぶ、格式高い雰囲気をした高層ビルの廊下で、なんとコスタ・デル・ソルの中庭から、ここへ繋がっていたのだ。そしてこの場所は、ホロウバスティオンと同じ時空にあり、交通手段を駆使すれば、もはや懐かしいとさえ感じるあの場所に戻れるはずなのだが…… 

  

 此度の一件では、さすがに私も疲弊した。

 コスタ・デル・ソルでは、ヴィンセント・ヴァレンタインの手厚い看護を受けたのだが、腕の銃創は完治しきってはいなかったし、なにより前夜に酒を過ごしたダメージが抜けきっていなかった。

 あちらの世界の私……「セフィロス」にすすめられたものだったが、あやつはただのジュースだと抜かした。

 ヴィンセントに言われたとおり、酒は避けるつもりであったが……いや、まぁ、そのことはもうよい。

 なにはともあれ、今は一刻も早くホロウバスティオンに戻る方法を見つけだすことだ。

 この国はこれだけ発展した機械文明を誇っている。交通手段も多彩であろうと推測される。まずはこのビルを出て……ああ、そろそろ日が暮れる時分だから……まずは、どこかで一夜宿を取り、翌日にでも帰還の方法を捜すことにしよう。

 そう段取りをつけたものの、片腕に鉛を張り付けたような鈍い痛みに、うんざりとしていた。あの程度の時間で完治させられるほど軽い傷ではないと覚悟していたが……

 

 いや、文句を言っていても仕方がない。

 少なくともこの建物はホテルではないようだ。エレベーターで一階へ移動して……後は宿泊施設らしきものを捜すしかあるまい。

 私は静かに歩き始めた。

 本当は早く落ち着ける場所に行き着きたかったが、片腕はじくじくと疼いてきたし、誰かに見つかると、面倒なことになりそうだった。

 足を取られそうなベルベッドの臙脂色の絨毯を踏みしめつつ、私はエレベーターを捜した。

 

 

 長い通路を歩き始めるが、エレベーターが見つからない。

 階段で降りるなど、冗談ではない高さだ。ガラス張りの窓からの景色は、超高層ビルの上階以外の何ものでもないのだから。

 コの字型の休憩スペースを発見し、これ幸いと私はそこに腰を下ろした。少し休んでから動くことにする。

 廊下を歩く連中から顔を見られないよう背を向ける形で、ゆったりとしたソファに腰を下ろした。

「ふぅ……」

 自然と吐息がこぼれ落ちる。

 コスタ・デル・ソルでの日々は……決して不快なものではなかったが、周囲にあれほど多くの人間がいる環境には慣れていない。おまけに、ヴィンセント・ヴァレンタインなど、夜でさえ、容態を心配して側にくっついているのだ。

 クラウドはじめ、年少のものたちは、騒々しいし……ああ、いや、「にぎやか」というべきなのだろう。食事中でも、ちょっとした空き時間でも、居間に笑い声や泣き声(笑)の絶えることはなかった。

 それはそれで、そう悪くもない環境であった。

 

 だが……

「ふ……ぅ……」

 もう一度、吐息する。今度は、ゆっくりと深く……

 だが、先日の「セフィロス」とのコミュニケーションはいただけなかった。

 酒を飲まされたことそれ自体ではない。あの男の無礼きわまりない言葉は……ひどく神経に障るものだった。

 私と同じ顔をした「セフィロス」。

 その者に、面と向かって投げつけられた言葉が、今も胸の内に突き刺さっている。

『おまえはクラウドがうらやましかっただけだ……』

『あの子になって、誰かと寄り添う人生を送ってみたかっただけだ』

 

 ……バカバカしい。

 この私が、あのつまらない子どもになり代わり、レオンという愚直な人物と寄り添った生を生きるだと……?

 愚の骨頂だ。

 ……くだらぬ。あまりにも愚かしい発想だ。

  

 レオンの姿が見えなくなって、わずか三日あまりで、この私の名を呼ぶクラウド。

 私のもとから自ら逃げ出したくせに、独りになることに怯え、抱いてくれる腕を求める唾棄すべき人間だ。

 まるで、場末の娼婦のような……汚らわしい生き物だ!

 私があの子に拘っているわけではない。あの子は私が居なければ生きていけなかったはずだ。どれほど酷い仕打ちをしても、私の後を追ってきたのはあの子のほうではないか……!

 それが今は、レオンという青年が側に居る故、一時的に、私から乳離れしただけのこと……

 アレの性癖は嫌と言うほど知っている。レオンの側に居られるのもそう長いことではあるまい。アレを満足させてやれるのは私だけだ。いずれレオンでは『足りなくなる』。
 
 あの男は、私のような触れ方はしなかろう。きっとごくありきたりの……

 

 ああ、何をくだらぬ……あの子どものことなどわざわざ時を裂いて考えてやることなどない……! セフィロスのせいだ。あの男がつまらぬ愚考を口にするから……ッ!

 あの子どもを私が羨んでいるだと……?  みじめなあの少年を……?

 あやつになり代わり、ホロウバスティオンの一青年と共に生きる……?

 くだらぬ……くだらぬ……ッ! つまらぬ妄想だ……!

 

 ずくずくとこめかみが痛み、私はそっと額を手で支えた。 

 

 ものの分別がつくような顔をして……あの男!

 強くて大きくて、自信たっぷりで……いかにも余裕を持ったもうひとりのセフィロス。あやつがつまらぬことを口にしなければ、今少しよい気分で居られたものを……!

 

 ああ、もう忘れよう。

 思い返すだけで、バカバカしくなる。

 

 私はソファに寄りかかり、そっと双眸を綴じ合わせた。そのまま眠ってしまいそうなほど、身も心も疲労していた。