KHセフィロス様の憂鬱
〜おまけのうらしま外伝〜
<2>
 
 セフィロス
 

 

 


 

 

『うそ……ッ! ちょっ! マジでかマジでか?』

『落ち着きたまえ、ラグナくん』

『だって、コレ…… な、な、本物だよな? うそっ、俺、ちょっ……触ってもいい? なぁなぁ触ってみてもいいと思う? キロス!』

『少し声のトーンを落としてくれたまえ、皆が駆けつけてくるとやっかいだぞ』

『うおッ! ヤベッ! そーだよなッ! な、な、キロス。とりあえず、俺の部屋とかに連れてってもいいかな! ここ、ちょっと寒いしよ。可哀想だよ! なーなー、俺に会いに来てくれたんだと思う? な?思う? 思うだろ、コノヤロー! ちゃはっ!照れるなァ! なーんて挨拶しよっかなァ!』

『……少しはおのれの身分を顧みて発言をしないか、ラグナくん』

『わあった、わあった! じゃ、とりあえず、他人に見られると面倒だし、俺の部屋へ連れてこーぜ!』

『……彼は長身だからな。起きてもらわなければ連れて行くことはできまい』

『ですよねー、ですよねー。では、王子様のチューにて……』

『お、おい、ちょっ…… ラ、ラグナくん、やめたまえ!』

『んん〜』

 

 ……私が目を覚ました時、眼前数センチのところに、黒髪の男の顔があった。 

 黒髪とは言ってもヴィンセント・ヴァレンタインではない。もっとずっとにやけた……いや、けっして不細工なわけではなかったが、緊張感のない面持ちの男であった。

「…………」

「あ、ウ、ウソッ! ご、ごめ…… ち、違うの! ほら、すっごいぐったりしてたから!様子見ようと思って、ホラ! アレ! な、キロスッ!」

「…………」

「キロスってばッ!」

「君、以前、ホロウバスティオンでお目にかかったことがあるね。我々を覚えているだろうか」

 騒々しい男の言葉を無視し、褐色の肌の男が、落ち着きのあるおだやかな口調で訊ねてきた。足元まで覆われた長衣を身に付けているが、まぎれもなくとある場所で出会った記憶がある。

「……おぼえて……いる」

 私はそう応えた。

「ほらほらほらァ! 覚えてるってよ、キロス! 聞いた? コレ、聞いたッ?」

「騒々しいよ、ラグナくん」

 ああ、そう……ホロウバスティオンで私に声を掛けてきたのは、この男だ。

 『ラグナ』と呼ばれたこの人物……一度ならず二度までも、人なつこい笑みを浮かべて話掛けてきたのだった。

「ラグナ……」

「そうッ! ホロウバスティオンで二回会ったよね! ほらァ、スコールのボケに邪魔されてさァ!」

「……スコール」

 スコール・レオンハート。

 レオンの本名ではないか。

「まちたまえ、ラグナくん。どうやら、彼はあまり具合がよくないようだ。……見てわからないかね?」

「え、ウソ? マジで? セフィロス、どっか痛いの? 熱とかあんの?」

「…………」

 ズバズバとテンポ良く訊ねられても、私はすばやく受け答えができない。確かに傷口は疼いているし、眠気はするが、これまでに比べれば、『具合が悪い』というほどではなかった。

「ラグナくん。もう少し質問の仕方を考えたまえ。落ち着きのない」

「いや、だって、心配じゃん? なんか、ボーッとしてるもんな。はい、ごめんなんしょ」

 そういうと、ラグナという男は、すいと腰をかがめ、私の額に自分の額をくっつけてきた。

「おでこゴッツンこー。う〜ん、熱、あるかなァ。心なしか熱く感じるよ〜」

 ぐりぐりと額を擦りつけられて、私は言葉がでなかった。

「…………」

「すまない、君。ラグナくんは悪い人ではないのだが、いささか強引なところがある。君に好意を持ってのことなので、どうか気を悪くしないでくれたまえ」

「……いや、別に」

 穏やかな物言いで言葉を紡ぐ男に、私は低くそう応じた。

 

 

 

 

 

 

「……ところで……ここは……どこなのだ?」

 いささか無防備な問いかとも思ったが、この者たちは敵ではないようだ。直接的な質問をしても、問題はないと感じた。

「ここ? この場所は大統領官邸だが……」

「いや……国の名前だ。おまえたちが居るということは、ホロウバスティオンと同次元だ……それは私にもわかっている」

 キロスという男は、不躾な問いにやや困惑した様子であったが、すぐに気を取り直して答えてくれた。

「この国の名はエスタ。ホロウバスティオンへはここからエアポートを使わねば行くことはできない」

「……エスタ」

「そう。そして、このラグナくんは、エスタの大統領として国を治めている」

 私は風を起こす勢いで、間抜けた顔をした男のほうを見遣った。

 大統領……?この男が……?

「エスタへようこそッ! 大統領のラグナでっす★ 歓迎するよ、セフィロス!」

 キャッ!とばかりに身悶えし、私が『握手だ』と認識する前に、手を握りしめてぶんぶんと振り回した。

「……ラグナ……大統領?」

「そ! ラグナ・レウァールっつーの。あらためてよろしくね、セフィロス」

「…………」

 私は無言のまま、手をぶんぶんと振り回されるのに任せていた。ああ、もちろん預けていたのは、負傷していないほうの腕だ。

「いいかげんにしたまえ、ラグナくん。彼は相当疲れている様子だ」

「…………」

「本来なら、上級官僚以外立ち入り禁止のはずの官邸に何故彼が居るのか、尋ねねばならぬところだが、それはまたおいおいでよいだろう」

「おい、ちょっ…… なに、その言い方、キロス! 別にいいだろ、セフィロスなら。友だちなんだし!」

「近所の友だちという連中が、毎日大統領官邸に訪ねて来られたら困るだろう」

「困んないもん」

 とラグナ。まるであちらの世界のクラウドのような物言いだ。

「私たち補佐官が困惑するのだ。……セフィロス殿、部屋を用意するので、まずはそこで落ち着かれてはどうだろうか。日も暮れるし、大分お疲れのように見受けられる」

「……ホロウバスティオンへ行きたい」

 私は告げた。

「ホロウバスティオン? 飛空艇に乗らないと行けないよ?」

 とラグナ。

「では、それに乗せて欲しい」

「えーと、うーん。それはいいけど……今日はもう無理だよ、セフィロス」

 なだめるようにラグナが言った。

 おちゃらけた態度はどうにも付き合いきれなかったが、間近で見るとずいぶんと整ったご面相をしていることに気づいた。

「ホロウバスティオンに戻りたい……」

「え、ええと、う〜ん、わかった、わかったよ。でも、君、具合悪そうだしさ。まずは部屋で休もうよ。ああ、もちろん、ちゃんと帰れるように手配するから、ホント。ホロウバスティオンへは確かにエアポートから飛空艇が出ているけど、毎日出航しているわけじゃないんだ」

「…………」

「だから、まずはリラックス、リラ〜ックス」

 この上なくリラックスしている男に言われると、からかわれているような気分になる。

「……では、次のホロウバスティオン行きに……」

「ね、腕、怪我してるんじゃない?」

 私の言葉を遮る形で、ラグナが口を挟んだ。

「……たいしたことはない」

 気づかれているのに驚いてそう答えた。

 私は、先日、もうひとつの世界のセフィロスから拝借したスーツを身につけていた。一緒にバーに行ったとき、見立ててくれた服だ。綺麗にプレスされていたのが、サンルームの衣装掛けにかかっていたので、勝手ながらそれを着込んできたのだった。

 何が言いたいのかというと、ノースリーブで包帯を巻いた腕が出しっぱなしになっていたわけではないし、ジャケットまで着ているのだから、まず外見で気づかれることはないということだ。

 無神経で鈍感かと思っていたが、案外目端は利く人間なのかもしれない。

「ダメダメ。怪我したときはね。ちゃんと休まないと。普段より体力消耗するんだからさ。年上のおにーさんのいうことは聞くモンだよ」

「……オジさんの間違いだろう、ラグナくん」

「ちょっ……やめてくんない、やめてくんない?  キロス、コルァァ!」

「まぁいい。とりあえずはラグナくんの言葉に賛同する。さぁ、部屋へ案内しよう」

 前に立ってキロス補佐官が歩き出した。ラグナは私の手を取って歩こうとする。

 よけいな世話はあったが、抗うのが煩わしかったゆえ、大人しく彼の手を借りることにしたのだった……