KHセフィロス様の憂鬱
〜おまけのうらしま外伝〜
<3>
 
 セフィロス
 

 

 


 

 

「はい、ここ。あのね、となり、俺の部屋だしィ。安心でしょ?」

 ラグナ・レウァールは意気揚々と私に告げた。
 
 安心とは……何がだろうか。

 息子も息子ならば、父親も父親だ。なんと独善的な生き物なのだろうか。

 方向性は異なるものの、その発言は理解しがたい事柄が多い。

「あ、俺にもね、一応、住んでるおうちみたいなのはあるけど、仕事忙しくってさァ〜」

 となりに並ぶ補佐官の顔を覗き込み、嫌みっぽく言葉を続ける。

「だから、普段はほとんどこの官邸で寝起きしてんだよね。その部屋がここのとなりだからさ。プライベートルームだし、誰もこないから、なんなら一緒の部屋でも……」

「ラグナくん。彼は疲れているのだよ。我々もさっさと引き上げよう」

「おい、キロス、俺はいたいけな青年に気を使ってだなァ!」

「失敬だが、君のほうがよほど幼げに見えるよ。では、セフィロス殿。話は明日することとしよう」

「……わかった」

「我々はこれにて失敬する。食事は後ほど物のわかった者を通して届けさせよう。さ、ラグナくん」

「もう、なんだよ、キロス! キロスの部屋、この下だろ。先に行けばいいじゃんかよ! 俺、メシ、セフィロスと一緒に食べるから」

「そうはいかない。さすがに食事の仕度が整うには一時間は見てもらわなければね」

「だったら一緒にここで待ってる」

「……ラグナくん。明日の予定はわかっているだろうね。明朝午前九時半から経済閣僚会議の報告会だ。遅れずに用意してくれたまえ」

「へいへい、わっかりま〜した!」

 それだけ言い残すと、今度こそ、有能な補佐官は踵を返した。

 やれやれ……これでゆっくりと湯に浸かれる。

 正直、それほど食欲があったわけではないのだが、腹に何か入れた方がよいのだろう。なによりも、温かな湯が欲しい……

 

 

 

 

 

 

「もう、ホント、口うるさいの〜。今に始まったことじゃないんだよ〜? 昔っからさァ、なんつーの、小姑みたいに、くどくどブツブツ……って、うおッ なにしてんの、セフィ?」

 馴れ馴れしくも私を『セフィ』などと呼び捨て、ヤツは声を上げた。

 案内された部屋には、きちんとバスルームが付いている。そうなれば、なにはともあれ、湯浴みと思うのが、不慣れな旅人の心情というものだろう。

 ツラツラと見知らぬ世界を歩き回ったせいで疲れてもいたし、いささか汗も掻いたから。

「ちょっ、急に脱がないでよ〜。もう、俺、ホント、心の準備っつーか」

「おまえの準備はどうでもいい。すまないが、手を貸して欲しい」

「え、何なに? 一緒にお風呂入ろうって?」

 キャッキャッと近寄ってくるラグナを振り返ると、ぴょんとカエルのように後ろに飛び跳ねた。

「なんだ?」

「あッ、うそうそ! ゴメン! 俺、つい調子に乗っちゃってさァ〜。キロスにも言われんだけど、ついね〜。ほらァ、セフィロスとは、初対面ってわけじゃないし、友だちのつもりだし〜」

 慌てていいわけをする。本当にこの男はレオンの父親で、大統領なのだろうか。

「別にヘンなことしようってんじゃなくて〜、仲良くしたいだけなのォ〜」

「気色悪く語尾を伸ばすな。……どのようにでもおまえの好きに思えばよい。それより、風呂に入る。手を貸してくれ」

 私にしては、よくしゃべっているほうだと思う。もちろん、この機関銃のように語る男にはかなわぬだろうが。

「え、え、それって……」

「同じ事を何度も言わせるな。……疲れているのだ」

「ホ、ホントに一緒に入っていーの? そ、そりゃ、ここVIPルームだから。バスもすごい大きいけど」

「ならば好都合だ。……髪を洗うのを手伝って欲しいだけだ」

「う、うん! いただきま……じゃねー、任せてくれ!」

 私はわざわざバスルームに行かず、その場で手早く服を脱いだ。着衣をいちいちこちらに持ち運びするのが煩わしいからだ。

 

 

 

 

(「ラグナ! 今だ、チャンスだぜッ!」)

(「ダメだよ、ラグナくん。相手は年下の男の人なんだぞ! しかもまだそれほど親しくはなっていない……」)

(「バカか? てめーは。まだ親しくないから、一気にお近づきになるチャンスなんじゃんかよ。空気読めよ!」)

(「ダメダメ、いけないよ! ラグナくんは大統領なんだぞ!? みんなのお手本なんだぞ!? そんな人の道に外れたことは……」)

(「我慢しまくるのが人の道かよ? だからテメーは美味しいトコ取り逃すんだよ。ほーらほーら、チャンスだぜェ〜。据え膳食わぬは男の恥っていうだろ?」)

(「ちょっ……やめてよ!ダメだよ! いつもキロスに注意されるだろう? 一時の感情に身を任せるから、とんでもないことになるんだよ。自重しなよ、ラグナくん」)

 

 ……着替えの間、延々と後ろでポソポソとつぶやくラグナ。ご丁寧にひとり二役で声音まで変えている。

「……おい、何をひとり遊びをしているのだ?」

 私はうんざりとした気分で、ごっこ遊びをしている大統領に声を掛けた。

「え、ああ、俺の中の『天使と悪魔』という独り芝居だよ」

 などとワケのわからないことをほざく。器用なことに、これだけしゃべりながらも、ぽんぽんと服は脱いで、下着一枚になっているのは大したものだと思う。

 私も全裸にローブ一枚を纏った楽な姿になると、さっさとバスルームの扉を開けた。

「あ、セ、セフィロス! 包帯……ッ!」

 そう声を掛けられて、ハッとした。

 やはり疲れているのだろう。肩の包帯を外し忘れていた。

 もちろん、傷口はふさがっていたが、未だ引き連れたように皮膚の色が変わっている。薄く肌が再生している状態なのだろう。昨日今日といささか無理を重ねたせいか、そこは僅かに熱を孕み、疼いていた。