KHセフィロス様の憂鬱
〜おまけのうらしま外伝〜
<4>
 
 セフィロス
 

 

 


 

 

「痛かったでしょ……?」

 ボソリとした申し訳なさそうなつぶやきで、私は気を取り直した。なぜかラグナはひどく悲しそうな顔をしていた。

「……なんともない」

「うそ。何ともないわけないでしょ」

「…………」

「すごい……痛そうじゃん……」

「もう治った」

 端的にそう告げると、ヤツは小さく溜め息をついて、さらに言い募った。

「うん。傷口はふさがっているみたいだけど……」

「……痛みはほとんどないが、若干違和感がある。それゆえ、髪を洗うのを手伝って欲しいと言ったのだ」

「……これ、銃の傷だよね」

「ほぅ、わかるのか。さすが大統領だ」

「あ、ちょっと、嫌みっぽい」

「……別に」

 口をききながら、私はさっさとパウダールームに入った。ラグナもすぐに後を追ってくる。まるで犬のようにぴったりとくっついてくるのだ。

 ローブを籐篭に放り投げ、裸になると、浴室の扉を開いた。ここは浴室そのものだけでなく、パウダールームもかなり広い。

 ざっと湯をかけ、埃を落とすと、私はすぐに湯に浸かった。

 白い大理石の浴室はいささかまばゆいばかりであった。空間が広いから、淡いレモン色のライトが幾重にも反射して、まるで真昼のような明るさだ。

 

「……少しまぶしすぎるのではないか……?」

 なにげなくラグナ・レウァールに声を掛けてみたが、曖昧な返事しか返ってこない。彼はまだもじもじと扉のところで立ち止まっていた。

「……何をしている?」

「いや、あのなんでもないッス」

 腰タオルで、大の男がもぞもぞしている様は、見ていて気持ちのいいものではない。

 そう言ってやると、「入っていい?」などと上目使いで訊ねてくる。慌てたように、

「あ、下半身は何ともないから!」

 などと付け加え、私の返答をそわそわと待っている。

 ……残念ながらそのような振る舞いは、クラウドのように外見が比較的若く愛らしいタイプならば、そこそこ見られるものだと思う。だが、ラグナやレオン系の容貌にはあまり似つかわしいとは言えそうもなかった。

 やや婉曲にそう告げると、

「へぇ〜、クラウドくんのこと知ってんの」

 などと言いながら、今度はあっさりと私のとなりに入ってきた。

 ……突っ立っていられるのも困惑するが、広い浴槽の中で、このように間近に寄られるのも違和感がある。

「……近寄りすぎだ」

 どうもこの男もレオンも、「適正距離」を取るということが、先天的に苦手のようであった。……遺伝であろうか。

「あ、ごめん。肩痛いんだよね、気を付ける」

「……別に」

 むっとして、睨み付けたせいだろうか。ラグナは慌てて謝った。

「ねぇねぇ、クラウドくん知ってるの? なんか不思議な関係〜」

「……別に、ただの顔見知り程度だ」

 煩わしくなり適当に応えた。

 ……ああ、温かな湯が肌にしみ通ってゆく感じがする。

「ふーん。友だちかァ」

 『顔見知り』だと言っているのに。この男にとっては、顔見知りは『友人』の範疇に入るらしい。

「クラウドくん、いい子だよね。素直で可愛くて」

「…………」

「今どきの子にしては、ちょっと小っさめだからかなァ。なんかねー、もう一生懸命な雰囲気がいじらしくて〜」

「…………」

「ちょっと、チョコボのヒナに似てるよね!」

「…………」

「ほら、スコールってさ……あ、あそこではレオンつーんだっけ。あいつ、すんごい無愛想でかわいげのないクソ息子なんだけどォ〜。セフィも知ってるよね」

「……顔見知りだ」

「そのムカツク息子を、どういうわけか、クラウドくんがすごく気に入ってくれてるみたいでさ〜。驚いたことに一緒に住んでるんだよ? どこがいいんだろ」

「…………」

「俺の息子ってば、アレですからね、もう、ホント。可愛くないですから。親を親とも思ってませんからね、コレ」

 コスタ・デル・ソルで遭遇した、どこぞの医者と同じようなしゃべり口調で、手を振り回した。まったく落ち着きのない男だ。

「クラウドくんみたいな子が側に居たら楽しーだろうなァ〜〜」

 うっとりとそんなことをつぶやく。

「……さてな」

 私は適当に応じた。どうでもよさそうな物言いに引っかかったのだろう。ヤツはひょいと眉を持ち上げると、いかにも温厚な年長者という風の笑みを浮かべてみせた。

「わかってるわかってる。クラウドくんは可愛いけど、セフィはすっごい綺麗だよ〜。もちろん、どっちか選べとか言われたら、もう超超悩むだろうけど〜。だって、やっぱセフィはすっごく綺麗で美人で綺麗で……」

 ……どうやらボギャブラリーの貧困な男らしい。

「セフィと一緒に居られたら、もうすっごくウレシーと思うよ。綺麗な人って心も綺麗だから」

「……根拠は?」

「この年まで生きてきた人間の経験値」

 キザっぽく、自らを指さしてみせた。

 レオンの年齢を考えれば……この男は40代といったところなのだろうか。いささか軽すぎる言い回しと、おちゃらけた態度のせいで、30代でも通用しそうであった。

「亀の甲より、年の功!」

「……宛てにならぬな」

「またすぐそういう言い方する〜」

「……私は別に綺麗な心などもっておらぬ。ついでに言うなら外見についても、さきほどの発言はおまえの主観だ」

「またまた〜。セフィを綺麗じゃないっていう人、いるわけないじゃん」

 子どものような物言いで、ラグナ・レウァールは反論した。

「私にしてもクラウドにしても、内側はドロドロに膿んでいるやもしれぬぞ。……仮に外見が悪くなかったとしても、内奥に澱んだ闇は目では見えぬ」

 大きく吐息すると、ひとつにまとめるような口調で私は言い放った。その言葉に彼が言い返したのは、ゆうに一分ほど時間を置いてからであった。

 

「……ね、セフィ、自分のこと……嫌いなの?」

 と訊いてきた。

 この男の辞書には、婉曲に、とかさりげなく、などという言葉はないのだろうか。ストレートの直球であった。やはりラグナと、もう一つの世界の『クラウド』は似ていると思う。

「……別に」

「セフィ、さっきから肝心な話になると『別に』ばっかし……」

 ぷぅと頬を膨らませて文句を言う。

「……人は、そと見だけではわからぬだろう。クラウドのことも……私のことも……」

「……なにそれ?」

「言葉通りだ。……大統領どの」

「あ、なんか、嫌みっぽーい。俺だって『別に』好きで大統領になったんじゃないもん。なんか知らない間にそーゆーことに……」

 彼の話題は簡単に、あっちこっちへと移動する。私の怪我から、クラウドの話、そして大統領という身分のこと。

「……よいではないか。きちんと治めているのなら、国民も幸いだろう」

「すごいどーでもよさそー……」

 じっとりとした眼差しで睨み付けてくる。

 実際、私にとってはエスタの民が何を思おうと、どうでもよいことであった。

「……髪を洗いたい」

「はーいはいはい」

 憤懣やるかたなさげに、乱暴に応えたが、私の髪を洗う彼の手つきはやさしかった。

 湯から上がり、洗い場に行き着くときにふと気付いた。この男はレオンと同等……いや、それ以上に長身らしい……