KHセフィロス様の憂鬱
〜おまけのうらしま外伝〜
<6>
 
 ラグナ・レウァール
 

 

 


 

 

 

「…………」

 多分怒っているわけではないだろうが、ムッと黙り込んでしまう。なんというか人慣れしていない人物なのだろう。

「ねぇねぇ、味付けとかはどう?」

「……悪くない」

「それじゃあ、よくわかんないよー」

「……私はなんでも食べられる」

「よく言うなァ。じゃあこのスープはどう? けっこう美味しいでしょ?」

 おそらく同意を得られるであろう問いを口にした。

「……ああ、だが……」

 そこまで言いかけて口を噤む。俺は興味を引かれてさらに先を促した。

「イマイチ? セフィはコンソメ味は苦手かー」

「そういうわけではない。どれもこれも……手の込んだものなのだと思う。……だが」

 ふたたび、語尾に否定形をつけると、ふと何かを思い出すように俯きがちでテーブルの一点を眺めた。そして気怠げに顔を上げると、

「……ミネストローネが……好きだ」

 と、軽く首を傾げてつぶやいたのであった。

 なんだか、その様がひどく印象的で……外見は相変わらず、大理石で作った彫刻のように、美しくて神秘的で……まるで人形のような人なのに、その瞬間だけ、俺より年下の青年に見えたのだ。

「ミネストローネね。覚えておこう」

 そう言って、俺は今日何度目かわからぬ笑みを、彼に送った。

 

「話変わるけど、ホロウバスティオンには、俺が直接送っていきたいんだけどねー」

「……無用だ」

「そうは行かないよ〜。でもさ〜、ちょうど今、いろいろ立て込んでてね〜」

 これは事実である。

 昔の俺なら、セフィロス優先で飛んでいってしまうところだが、今現在は生憎大統領などという不便極まりない地位についてしまっている。俺が勝手をするとみんなに迷惑が掛かるし、補佐官のキロスが怖い。

「…………」

「もうホント、大統領なんて柄じゃないんだからさー。だれか他に適任者捜してくんないかなァ〜」

「…………」

「あ、ごめん、自分のことばっかしゃべって」

「……別に」

「だって、セフィ、自分のこと全然話してくれないんだもん」

「……話せるようなことがないからだ」

「俺、なんでも聞いてみたいけど?」

「……よけいなことだ」

 いけないいけない。

 調子に乗りすぎては、嫌われてしまう。キロスなどにはよく注意されるのだが、どうも俺は、興味を抱いた人間に対してせっかちになってしまうらしい。

 クラウドくんに出逢ったときは、運良くキロスも一緒に居たし、なによりスコールを介してだったから、我ながら大分自主規制することができた。それにあの子は、素直で子どもらしく見えたから。

「ねぇねぇ、じゃあさ、セフィは俺に何か聞きたいことはない? ほら、俺ってセフィよりは年上のおにーさんだしィ。一応大統領だしィ。スコールの親父だしィ」

「…………ラグナ・レウァール」

 一呼吸着いて、彼は俺の名を口にした。次に続く言葉をドキドキと待ったが、

「……もう少し落ち着いて話せ」

 という、冷ややかな一言であった。

 さすがにメゲそうになったが、その様を察知してか否か、セフィロスがふたたび口を開いた。

「……レオンはおまえの息子だということだが……」

「うん、そう! スコール・レオンハートっつーの」

「ああ、そう言っていたな。……姓が異なるようだが……」

 普通の者ならば、敢えて聞かずに流しそうな話題を選び取るところが、いかにもセフィロスらしいと感じた。

「うん。まァ、いろいろあってさ。カミさんがあいつ産んだとき、側に居てやれなかったんだよね。人捜しに出てて」

「…………」

「人捜しっつっても仕事とかじゃなくてだよ。捜していた子も……女の子なんだけどね、大事な……娘同様の子でさ。あ、いや、彼女のことはいいや。そんで、スコールを産んで、すぐにカミさんが亡くなって……でも、その訃報さえ、耳にしたのは亡くなってから、数年経っててさ。ホント……情けない話なんだけどね」

「…………」

「彼女が俺の子どもを身ごもっていたってことも、その子が産まれたってことを知ったのも、ずっとずっと……後になってのことだったんだよ。いろいろあって……エスタの大統領になってから、必死に捜してようやく逢えたのが7年前……かな」

「……そうか」

 セフィロスが低く相づちを打った。

 ほとんど言葉を発さないものの、きちんと話を聞いてくれているのが感じ取れる。

「いや、もぉさ〜、俺の息子なんだからさ。こう愛想のいい、素直な男のコだと思ってたのに、冷たいのなんの!」

「……フッ」

「もっとねー、俺に似てくれればよかったのにね〜」

「…………」

「どうしたの? ヘンな顔して」

 無表情な人だから、わずかな変化がすぐに見取れるのだ。セフィロスは、ほんの少し首を傾げて見せたのだった。そして再び何事もなかったかのように食事を再開した。

「セフィロス?」

「……とてもよく似ていると思うが」

 彼はぼそぼそとひどく聞き取りにくい声でそうささやいた。

「うそっ! どこがよ! なんでッ? 俺、あんな無神経で無愛想じゃないよ!?」

 咳き込んで言い募る俺に、セフィロスは眉を顰めた。

「騒々しい……ゆっくり話せ」

「あ、ご、ごめん」

「……おまえが口にすることは、外に現れる事柄ばかりだ……」

 彼は僅かに微笑んだ。

 そんなふうに笑うと、彫像のような冷たい顔が、ふいに身近に感じられるようであった。

「セフィの言い方は難しいね」

「……そうか? おまえの語り歩調に合わせるようがよほど難儀だと思うが……」

 最後通達のようにそう言うと、後はただ黙って食事を続けた。

 肉だの揚げ物だのは平気で残すくせに、デザートのイチゴのムースを綺麗に食べたのが妙に印象的であった。

 

 

 

 

 ふぅ……と満足げな吐息をついた後、一呼吸入れ、

「……寝る」

 と、彼はつぶやいた。別に俺に言ったわけではないと思うが。

「うん。セフィ疲れてるんだもんね。どうぞどうぞ」

「ん……」

 食事の途中からうつらうつらと船を漕ぎ、見ていて危うかったが、今は本当に眠いのだろう。それにもかかわらず、バスルームできちんと歯を磨き、うがいをした後、ローブ姿のまま、ベッドにボスンと倒れ込んだのであった。

「あ、忘れてた! セフィ、ほら、薬!」

 効き目の強いモノではないが、キロスに預かった鎮痛剤と解熱剤がある。食事も取ったし、飲ませてやったほうがよいだろう。

「…………」

「セフィってば! 仕方ないなァ」

 食卓の片づけに来てくれた職員に会釈して礼を表し、俺はグラスとカプセル剤を持って枕元に行った。

 VIP用の宿泊用で部屋はだだっ広いが、基本的にワンルームなのだ。

 見ればもう、スースーと規則的な寝息を立てている。双眸のきつい光が失われると彼は若干幼く見えるようであった。

 起こして薬を飲ませようか……そう考えるが、あまりにも心地よく休んでいるので躊躇してしまう。

「……ま、よく眠るのも薬のうちだよな」

 時刻はまだ夜の九時前だ。

 それにもかかわらず、こんな風に眠り込んでしまうなんて。

 俺はメモ帳を一枚ひっぺがし、走り書きで「目が覚めたら飲んでね」と記した。それを水差しと一緒にサイドデスクに置くと、そっと部屋を出たのだった。

 

 すぐとなりのプライベートルームに戻ると、コードレスフォンを手にした。 

 シークレットナンバーから外線につなぐ。相手先は勝手知ったる場所だから、短縮ダイヤルに登録してあるのだ。

 ……しばらく、間隔が空き、ようやくトゥルルルルと聞き慣れた呼び出し音が鳴り始めた。