KHセフィロス様の憂鬱
〜おまけのうらしま外伝〜
<7>
 
 スコール・レオンハート(レオン)
 

 

 


 

 

 

 トゥルルルルル……トゥルルルル……
 

 風呂の湯加減を確認しているとき、居間の電話が鳴った。急いで手を拭い、俺は早足で居間に戻ろうとした。

 クラウドは電話に出るのがあまり好きではないのだ。

 だが、少々手間取り過ぎたらしい。俺が顔を出したときには、

「はい、あの……レオンの家です」

 と、クラウドが受話器に向かってボソボソつぶやいていたのであった。

 しかし『レオンの家です……』とは。

 せめて、俺の姓を告げるとか何とか……やりようはなかったのだろうか。

 彼は強靱な剣士であるが、どうも日常生活における常識というか……ごくあたりまえのことができなかったりする。

 

「え? ああ、うん、オレ! うん、元気ッ!」

 途端ににぎやかなクラウドの声。めずらしくも彼あてのコールが、携帯ではなく家の電話に入ったようだ。俺は踵を返し、もう一度風呂場に戻ると、残量の少なくなったボディソープを注ぎ足し、替えのタオルを確認した。

 どうやらクラウドが風邪気味らしいのだ。彼は認めないが、今朝からクシャミを繰り返している。いわゆるひき始めで、発熱している様子はないのだが、そういうときのケアこそが一番肝心なのだ。

 きちんと食事をし、風呂で温まって汗を流し、充分な水分を取って眠りにつく。そうすれば、我々のような年齢ならば翌日には完治してしまうはずだ。

 だいたいクラウドは、寒がりの暑がりで、普段は寒い寒いと縮こまり、風呂に入った後は「暑〜い!」と叫んで、下着姿のままソファでごろごろしているのだ。何度注意しても態度が改まらず、挙げ句の果てにはそのまま眠ってしまったりする。

 そんな彼を抱え上げてベッドまで連れていくわけだが……当然布団に入れた頃には身体も冷えてしまっており、今回のように風邪を引くのだ。 

 

 ……それにつけても、「今日はすぐに風呂に入って寝る」と約束したのに……いったいいつまで無駄話をしているつもりだろうか。

 俺はわざと足音を立て、居間に戻った。

「そう、信じられないよねー。フツー、あの展開ってあり得ない! ホント、抗議メールでも送っちゃおうかと思ったもん」

 声高々にしゃべるクラウドの側で「ゴホン!」と咳払いする。

「うん、でもさ〜。結局、理屈じゃ割り切れないってコトでしょ? でも、やっぱ愛人の元にはいかないよねー。うんうん、そう。奥さんも悪かったってのはわかるけどォ〜。最近、当たりの連ドラないよねー。次の月9は期待してるんだけどねー」

 ……延々とテレビドラマの話か!

 風邪ひきのくせに、ずらずらしゃべっているクラウドもクラウドだが、わざわざ夜に電話を掛けてきて、こうもくだらない話題で引っ張るのはどこのどいつなのだろうか。

 世の中、あまりにも自己中心的で勝ってな人間が多すぎる!

 まぁ、この場所でそんな悪態をついても致し方がない。

 

「クラウド、風呂の仕度ができたぞ。早く入れ」

 コクコクと頷いてはみせるものの、一向に電話を切る素振りは見せない。

『あ、うんうん、それでさァ』

「クラウド! 風邪が悪化するだろう。電話は明日にしろ」

 もう一度、今度はややキツイ口調でそういうと、彼は整った顔をしかめて受話器に向かった。

『怒られちゃったー。まぁ、オレが悪いんだけどさァ。うん、うん。え? ううん、大丈夫大丈夫。そしたら、オレ、風呂入ってくる。レオンに代わるね。 ……ええ? あははは! オレも! また電話して、待ってるから。じゃ、レオンに代わります』

「クラウド? 誰なんだ?」

「オレじゃなくて、レオンに電話だったの。ハイ、ラグナさん」

 そういうと、彼はあっさり受話器を俺の手に押しつけた。

 バカ電話の相手はクソ親父か!!

「それじゃ、お風呂入ってくる。ありがと、レオン」

「あ、ああ。きちんと温まれよ。ちゃんと100数えるんだぞ!」

「はいはいはい」

 こちらを見もせずに、適当に返事をするとようやくクラウドは風呂場に消えた。

 

 

 

 

「……俺だが」

 われながら無愛想と感じる声がこぼれた。

『よぉ、スコール! 元気ィ?』

「早く用件を言え。ホロウバスティオンに遊びに来るなどという話ならば断る」

『ちょっ、なにソレ! おまえ、ホント、可愛くないねー。クラウドくんはあんなにいい子なのに! 嘆かわしー!』

「……用事があったんじゃないのか?」

 イライラと俺は聞き返した。

『あるもーん。ありますゥ。けっこうおまえにとっちゃ大事なことだと思うけどォ〜。もぅいいよーだ。教えてやんない』

「……アンタはガキか。いいから早く言え。俺は忙しい」

 溜め息混じりに繰り返すと、それ以上もったいぶるつもりもなかったのか、

『チッ、仕方なねーな。よーし、ありがたくも教えて進ぜよう』

 などと、えらそうに前置きをしてから、口を開くのだった。

『……実は……って、あのさ、クラウドくん、お風呂?』

「……? ああ、そうだが」

『じゃ、そこにいないんだよな』

「だからバスルームだと言っているだろう」

『そっか。まぁ、別にかまわないのかもしれないけど。……俺、セフィ預かってるから』

 ……多分俺はたっぷり十秒ほど、息を止めていたのだと思う。

「なんだと……?」

 と聞き返したおのれの声音が、おかしな具合にしゃがれていた。

『だから、セフィ、ここに居るの。俺の部屋のとなり〜』

 へらへらという笑いを伴う脳天気な声に、血液が一気に逆流した。

「おいッ! 何だと? どういうことだ!? どうして、アンタのところにセフィロスが……」

『だって、仲良しだもん』

 この野郎……!!

『友だちっつーかァ、もうちょっと親しい感じだしィ。一緒にお風呂入ったしィ。髪の毛も洗ってやったしィ』

「アンタ、フザケてんのかッ!!」

『何怒ってんだよー。セフィが俺のとこ居ちゃいけないの〜?』

「黙れッ! 馴れ馴れしく『セフィ』などというな! ……まったくどういうことなんだ! 人に心配掛けて……!」

 後半部はもちろんセフィロスへの苦情であった。ラグナに言っても致し方ないとは解っていながらも、どうしても口をついて出た。

 コスタ・デル・ソルから無事帰還して今日の日まで、一体何度アンセムの城に足を運んだことか。いやただその場所へ行ったというだけではない。中を歩き回り彼の人の影を捜し尽くしたのであった。

 もちろん、家にはクラウドが居るから、あからさまに動けるわけではない。細かな時間をつなぎ合わせ、気を使い、必死になって足跡を追った。だが、ついに再会することはできなかったのだ。

 それがエスタに……しかもラグナの側に居るだと?

 しかもとなりの部屋……? 風呂……? 洗髪……!?

 俺は誰とも無しに大声で怒鳴りつけたい衝動に駆られた……