KHセフィロス様の憂鬱
〜おまけのうらしま外伝〜
<9>
 
 ラグナ・レウァール
 

 

 

 

 

 セフィロスが大統領官邸に姿を見せてから、四日が過ぎた。

 一日の終わりに、必ず彼は『ホロウバスティオンに帰りたい……』と、独り言のようにつぶやいた。

 

「エスタは居心地が悪い?」

 と、訊ねても、わずかに困惑したふうに眉を顰め、ゆっくりと首を横に振るのに……

 もっとも、セフィロスには申し訳なかったが、現在、ホロウバスティオン行きの飛空艇は欠航していたし、唯一、乗り付けることが可能なのは大統領旅客機なのだが、それを出すわけにはいかなかった。

 なぜなら、そいつは「大統領」が搭乗していなければならないから。つまりはこの俺がだ。唯一、俺が許可書を発行した人物にのみ許されるが、セフィロスひとりを搭乗させるつもりはなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

「おはよ、セフィロス。ご機嫌いかが〜?」

 幸いにも朝イチの打ち合わせがキャンセルになり、時間に余裕の出来た俺はいそいそととなりの部屋に顔を出した。

 来客用のVIPルーム。

 そこには、セフィロスがちょうど風呂から上がってきたらしく、ローブ姿のまま、窓から外を眺めていた。

「ダメだよ、セフィ。そんな格好で。着替えてから一緒に朝ゴハン食べよ」

「ん…… おまえも……?」

「うん。今日は午前中、時間あるんだ。よかったら一緒に遊ぼうよ」

 俺の物言いが可笑しかったのか、彼はフ……と小さく笑うと、素直に着替えを手に取った。

 エスタ独特の民族衣装、裾を引くほどの貫頭衣だ。それは頭からすっぽりと被り、足元まで覆い隠すような長衣で、デザインによっては聖職者の服装のようにも見える。

 特に、セフィロスのような容姿……長い銀の髪に、雪のような肌、恐ろしいほどに整った造形を有する人物が身につけると、もはや神々しいとさえも言えるような雰囲気になってしまう。

 俺が側に居ても、何の躊躇もなくローブを脱ぎ捨て、用意された衣を身につけるセフィロス。裸を他人に見られることに、「恥ずかしい」という感覚は無いようであった。

 

「へへへ、それで背中に羽くっつけたら天使だね〜」

 純白に金糸で刺繍のほどこされた貫頭衣。

 それは、ただでさえ常人並ならず整っていた彼の容姿を、よりいっそう、水際立たせたものにしていた。

「……くだらぬ」

「まぁまぁ、そうおっしゃらずに〜」

 不思議なことに、彼にはどれほど冷ややかな台詞を投げかけられても、素っ気ない態度をとられても、まったくカチンとくることはないのだ。

 そう、何を言われても、「うんうん」と聞いてやりたくなってしまう。

 クラウドくんとは異なるが、ある意味、この人も「可愛い人」なのかもしれない。

 もっともその「可愛さ」を理解できるには、それ相応の人生経験が必要ではあろうが。

 

 セフィロスは俺に促されるままに、きちんと食卓に着いてくれた。

 もちろん、事前に手配をすませておいたので、俺の分もきちんと並べられる。

『ゆっくり食べたいから、給仕はいらない』

 ということにさせてもらって、熱々のスープをボウルに注いでもらってから、料理人には退室してもらった。

 この官邸で長く働いてくれているコックは、白ヒゲを蓄えた年輩の男で、とても生真面目な人物だ。俺などきっと自分の子どもと年も変わらぬであろうに、ひどく丁寧に対応してくれる。

 もちろん、それは大統領という身分がそうさせている部分もあろが、それ以上に彼独自の人格……というか人と為りなのだと思う。

「それではスープのおかわりがござましたら、遠慮なくお申し付け下さい」

 最後にそう付け加えると、セフィロスのほうに会釈を寄越して出ていった。

「わ、今朝、ミネストローネだね〜」

「……彼の作るスープはとても美味しい。ヴィンセントとよい勝負だ……」

 言葉の後半部分は、ほとんど独り言であったのだろう。トーンが落ちて聞き取りにくかった。

「ん? ヴィンセント? だぁれ?」

「……おまえが言うところの『お友だち』だ」

「へぇ、料理が上手いんだねー。君に『ミネストローネが好き』って言わせるような人なんだから」

 俺は身を乗り出して、話をした。

 どうしてもセフィロス相手だと、こちらが積極的に会話するよう持っていかないと、すぐさま途切れてしまうのだ。

「……ヴィンセント・ヴァレンタインの料理は上手かった」

「ふんふん。セフィがそう言うなら、ホントにそうなんだろうねー。ちょっとどんな人か興味あるなァ。ヴィンセントっていうんだから男の人なんでしょ」

「……そうだ」

「年は?」

「さぁ……私より少し上か……ほとんど変わらぬと思うが……」

 ゆっくりと好物を胃に収めつつ、セフィロスはぼそぼそと問いかけに答えてくれた。

「……長い……黒髪をしていて……」

「俺の髪も黒っぽいよ〜」

「背は高いのだが……」

「俺も高いッス」

「ずいぶんと細身で……透けるような肌の色をしていた……不健康だな」

 俺の茶々入れには何の感銘も受けずに流し、少しばかり懐かしそうに目を細めた。きっと『ヴィンセント』という人のことを思い出しているのだろう。

 しかし、言うに事欠いて「不健康」とは。

 自分だって、そう健康的な日常を送っているようには見えないのに。

「ところで、ラグナ・レウァール……」

「ん、なに? おかわり?」

「……そうではない。ホロウバスティオン行きの件なのだが……」

 さすがにセフィロスをこの場所に引き留めてから、四日が過ぎているのだ。あからさまな態度には表さなくとも、いいかげんしびれを切らせてもおかしくはないだろう。

「うーん、俺も気にはなっているんだけどね。どうもホロウバスティオンの安全性が確保できないらしいんだ。だから民間の飛空艇は発着していないんだよ」

「…………」

「軍用機とか……大統領専用機なら可能なんだけど……」

「…………」

「だから、そう……俺の仕事のほうが片づいたら、専用機を出すように手はずを整えようと思っているんだ」

 本当はレオンが迎えにくると言ってやりたいところだったが、あいつは自分の名を出すなと言っていた。いささか良心が咎めるが、専用機を使うという点ではウソではない。

「…………」

「だからね、セフィには申し訳ないんだけど、もうほんのちょっとだけ待ってて。状況が整ったら、すぐに手配するから」

「…………」

「……怒った?」

「……別に」

「ねぇ、だからさ。セフィもここに居ることを楽しんでよ〜。さっきのコックさんもセフィのこと『綺麗な人ですね』って言ってたし。メイドさんやキロスだって、セフィのこと好きなんだよ?」

「…………」

「も、もちろん、俺だって! ぶっちゃけ、俺、もっと君と話をしたいの。だから、そんなにすぐ帰る帰るって言わないで欲しいなァ」

 端からセリフだけ聞いていたら、きっと女性を口説くセリフ以外の何ものでもないだろう。

「……おまえと話……とは言っても、大統領閣下はお忙しそうだからな。時間が取れぬのはおまえのほうだろう」

 ツンとそっぽを向くと、セフィロスは食事を終えたらしくさっさと立ち上がった。ハーブティーのカップだけ取り上げながら、ソファのほうへ歩いて行く。

「ご、ごめん。そんなつもりじゃないんだけど。ね、ねぇ、だったら、お昼前まで腹ごなしのお散歩に行こうよ! ここの中庭は本当に綺麗なんだよ。普段は立ち入り禁止だから誰もいないし、静かだし、きっとセフィも気に入ると思うよ!」

 慌てて取りなすように俺は告げた。顔を覗き込むようにして機嫌を取る。

「…………」

「ね? 噴水もあるし、花も季節によって植え替えるんだ。今は薔薇が綺麗に咲いているよ」

「………………行く」

 ようやく同意を示してもらって、俺はホッと安堵の吐息をついた……