KHセフィロス様の憂鬱
〜おまけのうらしま外伝〜
<10>
 
 ラグナ・レウァール
 

 

 

 

 

 

 官邸はいわゆる超高層ビルで、地上60階建てである。

 もっとも、エスタには高層ビルが多いから、それほど目立つわけではないが、他と違うのは、地上一階には大きな中庭があり、四季折々の植物が花開いていることだ。

 機械文明の発達した国家の、共通な憂いであるが、どうしても街の中が無機質で緑が少なくなってしまう。利便性に富むとはいえ、俺はやはり草木の多い世界の方が好きだ。

 植物は、季節移り変わりや一日の時の流れをさりげなく告げてくれる。疲れた頭や身体を、人間が気づかぬ間に癒やしてくれるのだと思う。

 そんなわけで、首相官邸の中庭は、憩いの時を持てる、とても大切なところなのだ。

 

 ちょうど官邸の裏側にあたるこの場所は、表側からは特別な通路を通らないと行けないようになっていて、立ち入りが可能なのは補佐官クラス以上だ。

 他国の要人を案内したり、今のように俺がプライベートの友人を連れて歩くくらいである。

 

 背が高いわりには歩くのが遅いセフィロスの手を引き、俺は目的地向かって足取りを速めた。

 あたり一面に咲き誇る薔薇苑を見れば、きっと彼も目を瞠り、喜んでくれるだろう。

「……そんなに強く引っ張るな」

 ぼそぼそと文句を言うセフィロス。

「え、い、痛かった!? ごめんごめん! こっち痛いほうの腕だっけ」

「……そうではない。手を引かれるなど……他人に見られたら恥ずかしいではないか。別に逃げようとしているわけでもないのに」

「あははは。そうだよねー。ついね。セフィって、何考えてるかよくわかんないんだもん。だから、こうしてちゃんと手、握ってないと、ふわふわどっか行っちゃいそうで」

 俺は冷たい白い手を、ギュッと握り直してから、そう言ってやった。

「……どこにも行かぬ」

「うん、へへへ」

 早歩きに近くなっていた歩調を緩め、並んでゆっくりと歩く。

 観音開きのガラス戸をゆっくりと開くと、かぐわしい薔薇の芳香が鼻腔をくすぐった。

「……ほぅ」

 と、セフィロスが小さく息を飲んだ。

「ね? えへへへ、綺麗でしょう?」

「……ああ」

 風景から視線を動かさず、セフィロスは静かに頷いた。自然な動作で俺の手を解き、ゆるやかに降りたって行く。

 半円形をした大理石のエントランスを降りると、石畳で遊歩道が造られており、中央には聖母像の噴水がある。

 薔薇は中庭の外周を取り巻き、今を旬に蕾を綻ばせていた。

「……めずらしい色だな……美しい」

 答えを期待してのことではないのだろう。

 棘を取ってある薔薇に、そっと手を触れセフィロスはつぶやいた。

「うん。綺麗だよねー。クリーム色っつーか、肌色?」

「……アイボリー」

「あ、そーそー、それ。真っ白よりも、こういう色のほうが何か落ち着くと思わない?」

「……ああ、そうだな。気に入った」

 俺は瀟洒な作りのベンチに座っていたが、彼はとなりに来ることもなく、ゆっくりと遊歩道を薔薇の道に沿いつつ、眺め歩いていた。

 つくづく面白い人……というか興味深い人だなぁと思う。

 

 

 

 

 何事についても、無関心でありながら、俺がしばらく顔を見せないと、今朝ほどのような嫌みを口にしたりもする。だからと言って、こまめに声を掛け、遊びにさそったりするると、「鬱陶しい」と言わんばかりに無視したりもしてくれる。

 食事ひとつを取ったって、ただ出されたものを、機械的に口に運んでいるだけに見えるが、「ミネストローネが好きだ」などと言ってみせたりもする。

 素っ裸の着替えを見られても、一緒に風呂に入っても、何の躊躇もないセフィロス……そのくせ、手を繋ぐことに恥じらいを見せる。

 なんというか、本当に不思議な感覚をもった人だと思う。

 彼はそれほどスコールと年がかわらぬはずなのに、あまりそういった「年齢」とか「出身」とかその手のことを想像しにくい人物なのだ。もちろん、俺よりもずっと年下なのだが、クラウドと接するような気分とはまったく異なるのだ。

 ……いやいや、せっかくふたりでここに来たのに、ひとりで考え事をする必要もない。時を置かずにスコールのヤツもやってくるだろうし、彼と過ごせる時間も後わずかだろう。

「風、強いね、寒くない?」

「……いや……」

 声を掛けてもこちらを振り返りもしてくれない。

 昼前の涼しい風が、長衣の裾を揺らせ、彼の髪……長い銀糸も、ゆるやかに虚空に遊んでいた。

「ねぇ、そんなに薔薇が気に入ったなら、部屋に飾らせようか?」

「……切ってしまうのは好ましくない」

「へへへ、セフィ、やさしいねぇ」

 俺の物言いが気に障ったのか、ついとこちらを振り返ると、またもや素っ気なくツンと顔を背けてしまった。やれやれだ。

 目を離した隙に、彼はすいすいと歩みを進め、噴水の前まで行ってしまった。

 しばらくぼんやりと流れ落ちる水を眺めていると、すっと片手をそれにかざす。

もちろん、落下する水流はセフィロスの手の平に当たり、パチャパチャと水の粒になって跳ね返っている。

 俺は慌ててベンチを立った。

 差し出された彼の手を取り、強引に引っ込めさせる。

「ちょっ……ダメだよ、セフィ。何してるの。服が濡れちゃうだろ」

「…………」

「あーあー、ほら、袖口とか前身頃に水しぶきが飛んでるじゃん。ただでさえ、薄い生地なんだから」

「…………」

「大丈夫? 寒くない」

「……ここは……あまりにも機械的で……情緒のない場所かと思っていたが……」

 俺の問いには答えず、夢見るように言葉を紡いだ。

「何のことはない……きちんと自然の営みがなされているではないか……」

「セフィロス?」

「…………」

 ぼんやりと流れ落ちる水を眺め、虚空に双眸を遊ばせる彼。

 氷のような瞳が、よりいっそう冴え、色を失うほどに透き通ってゆく様を見て、俺は言葉にしがたい不安に襲われた。

 そのせいで、握りしめた手に力が入ってしまったのだろう。

 彼は眉を顰めて俺を見た。

 

 ……と、ちょうどその時であった。