KHセフィロス様の憂鬱
〜おまけのうらしま外伝〜
<12>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 

 

 

 

 

「では、ラグナくん、すぐに着替えて、最上階の会議室のほうへ」

 最後の最後まで、場の空気を一顧だにしないキロスが、クソ親父にそう告げて出ていった。

 わざとではないのだ。彼の場合はそれが地なのである。

「あーえー、じゃあ、スコールとセフィ、昼メシでも食べながら待っててよ。ちゃんと言ってあるから」

「……いつまでだ」

 俺が低い声で問いただすと、親父は「あー、すぐすぐ!」と面倒くさそうにそう言い放った。

「ホロウバスティオンに彼を連れ帰りたいのだが!?」

「あのなー、スコール。話したろ? セフィロスは肩に怪我してて、まだ体調が万全じゃねーんだよ。おまえならとんぼ返りに絶えられるだけの体力もあるだろうが、今からフライトしたら、ホロウバスティオンにつくのは真夜中……下手したら明け方近くだろ」

「…………」

「今日はおまえも泊まって行け。クラウドくんには言ってあるんだろ?」

 ……よけいなことを!

 とは思うが、セフィロスの傷うんぬんは俺も気になっているところだ。クラウドのことだけは本当に余分だが。

 

「……では、明日だな」

「ああ。ま、彼の体調が良ければな。だから、今日は早めに寝るんだよ、セフィ?」

 後半半分は、セフィロスに向かって言った言葉だ。思いやりと下心に満ちあふれていやがる。

 セフィロスは黙ったまま、コクリと頷いた。

「じゃ、ごめんね、セフィ。ホントはもっと一緒に居たいんだけど」

「……補佐官に叱られるぞ」

「う、うん。じゃ、もう行くから。晩ご飯は一緒に食べよう!ね?」

「……ああ」

「濡れた服はすぐに着替えるんだぞ。もし、疲れたようなら、お風呂入ってから昼寝しな。ちゃんと温まってな!」

「……ああ」

「じゃね!」

 ガキのように後ろ髪引かれる様子で、ソワソワしていたが、最後にソファに寄りかかったセフィロスの額にチュッと口づけて出ていった。俺があっけに取られているのも無視して……だ。

 セフィロスは鬱陶しそうに、眉を顰めたが、特に文句をいう素振りも見せなかった。

 

 

 

 

「ふぁ……」

「おい、セフィロス!」

「…………」

「セフィロス! どうしてラグナとそんなに親しくなっているんだッ? あんなお調子者で落ち着きが無くて……」

「……眠い……」

「え……ちょっ……人の話を……」

「ふぁ……眠……い……」

 ソファに寄りかかったまま、あくびを繰り返すセフィロス。さきほどまで普通に話していたのに、睡眠に陥るのが唐突だ。

 それより何より、どうしてこの男は、自らの置かれている状況とか、他者からどう見られるとか……そういったことを気にしないのだろう。

 今だとて、俺とふたりきりで、VIPルームに取り残された形なっているのに……

 

「おい…… セフィロス……」

 ぐったりと力の抜けている身体に触れると、ひやりとした感覚に驚かされた。どうやら、貫頭衣の前身頃が水濡れしているらしい。これでは冷たいだろう。

「セフィロス……セフィロス……!」

「…………」

「セフィロス……! おい、風呂に入れ! 服、濡れてるじゃないか」

 叱りつけるような口調でそう言うと、ひどく迷惑そうに眉を顰めて俺を眺めた。半分寝ぼけているような面もちだ。

「…………む……」

「眠るのはいいが、風呂に入って着替えてくれ。具合が悪くなったら、ホロウバスティオンになど戻れないぞ」

「……面倒くさい……」

「ダメだッ! ちゃんと着替えて…… ええと、バスルーム! バスルームは……」

 セフィロスが無愛想に、指を指した方向……あわててそこの扉を開け、湯船を確認する。そこはさすがにVIPルームらしく、湯が引かれているようで、いつでも入浴を楽しめるようになっていた。

「セフィロス、すぐに入れるから、ちゃんと温まってくれ」

「…………」

「セフィロス、聞いているのか!? ああ、そのまま寝てはダメだ! 風邪を引くし、傷口が悪化するだろうッ! ほらっ!髪にも水しぶきが跳ねたのではないのかッ!?」

 我ながら口うるさいと自覚しつつも、俺はいつまで経っても立ち上がろうとしないセフィロスにガミガミと注意した。

「……おまえは……」

 溜め息まじりに、セフィロスが薄目を開いた。

「……おまえは……ずいぶんと……口うるさい男なのだな…… ホロウバスティオンの英雄と称されるくせに…… 細々とした輩だ……」

「そんなふうに茶化した呼び方をするのはアンタだけだ。……ラグナが言っていた。肩に大きな傷を負ったそうだな」

「…………」

「……完治しきっていないのが心配なんだ」

「……治った」

「アンタはすぐそれだ」

「……本当に治ってる」

「まったく素直でない。痛みで発熱したという話ではないか」

「遙か昔の話だ……」

 そうつぶやくと、彼はふわぁ〜とふたたび、のんきにあくびした。

 本人は他人事のようにどうでもよさそうな態度をとる。にもかかわらず、ひどく心配して駆けつけてきた己が滑稽であった。それでついついキツイ物言いになっていたのだと思う。

「アンタが俺をどう思っているかなどということは知らない。だが、本当に心配して言っている人間の言葉を聞き分けられないのなら、それは不幸だ」

「……どうせ私はおまえのクラウドのように、素直で可愛らしい人間ではない」

 ふん……とそっぽを向いて、突っぱねるようにそう言った。

「……私のことなど放っておけばよいのに」

「おい、セフィロス」

「……わざわざ、エスタくんだりまで、ご苦労なことだ……」

「セフィロスッ!」

「おまえはクラウドを守りたいのだろう? アレをあんなふうにした私を憎んでいるのはないのか……? クックックッ……」

 俺の方を見ずに、喉元で低く嗤った。

「アレはそう簡単には『ふつう』に戻らぬぞ、レオン。幼い頃から私の側に居たのだから……私しか知らなかったのだからな……フフフフ……」

「セフィロス……ッ!!」

 口ではかつての虜を嘲笑い毒を吐く。だが、なぜか俺には、クラウドを唾棄するセフィロスのほうが苦しげに見えたのだ。

 いや……以前ならそんな風には思わなかっただろう。だが、多少なりとも『セフィロス』という人物を知った今、ただ不快に思い、怒鳴り返す気持ちにはならなかったのだ。

「もういい。早く風呂に入れ」

「…………」

「セフィロス!」

「……わかった……わかった……小姑のようなヤツだ」

 妙に俗っぽい表現をすると、セフィロスはその場でさっさと服を脱ぎだした。

 眉をしかめて、肩に宛てられたガーゼをひっぺがし、屑かごに放り込む。恥ずかしげもなく裸体を晒す彼……絖のような白い肌を、俺は無意識に凝視していた。だが、セフィロス自身は何も感じていないようだ。

 そのままローブを肩に引っかけ、風呂場に姿を消したのであった。