KHセフィロス様の憂鬱
〜おまけのうらしま外伝〜
<13>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 

 

 

 

 

「何なのだ……あの男は……」

 口に出すと、ドッと疲れを感じる。ソファに投げ出すように身を沈めると、俺は大きく吐息した。

 なんとかクラウドを言い含めて、ホロウバスティオンまでやってきたのだ。セフィロスは俺をこちらの世界に戻すため、コスタ・デル・ソルの『クラウド』に頼まれて、手を貸してくれた。その結果、どういう理由にせよ、彼はひとり、向こうの世界に取り残され、あろうことか負傷までしたのだ。

 そう考えれば、一も二もなく、彼を迎えに行くべきなのは、当事者である俺の役目であるとも考えたのだが……

 セフィロスは、俺が迎えに来たことを迷惑に思っているのかもしれない。

 彼の行動に、いちいち意見する人間などいなかったのだろう。自堕落な振る舞いに、つい口うるさく注意してしまう俺を疎ましく感じていても不思議はない。

 史上最強の戦士で、あの美貌だ。自我の弱い者ならば、魅入られたが最後、自らの命すら彼のために投げ出すだろう。そういうカリスマ性がある人物だ。

 うちに居るクラウドでさえ、未だに『セフィロス』という呪縛から完全には解き放たれていない。

 

「スコール様」

 きっと俺はいつものくせで、ぶつぶつと口の中で考えコトをつぶやいていたのだと思う。間近で名を呼ばれ、実は飛び上がるほどに驚いたのだ。

 だが、そんな素振りは見せず、落ち着いて顔を上げた。

「スコール様。お食事の仕度が整っております。セフィロス様とご一緒でよろしゅうございますね」

 白ヒゲの年輩の給仕にそう訊ねられた。給仕というよりも、「執事」といってやったほうが、似合うような彼は、ずっと以前から官邸で働いていて、ラグナの信用を得ている。

 気むずかしいセフィロスの給仕役を頼んだのも、その信頼ゆえであろう。

「あ、ああ……すまない。ちょっと考え事をしていて」

「スコール様は昔から考え深い方でございますな」

「……茶化さないでくれ。ラグナよりは多少考えている程度だ」

 冗談でもなくそう答えると、給仕のじいさんはホッホッホッと咳き込むように笑った。

「セフィロス様は難しそうな御方ですな。大統領閣下もずいぶんとご心配しておられましたが」

「ぼんやりしているくせに、けっこう頑固でわがままで……いったい何を考えているやら……」

 ハァァと大きく溜め息をつく。すると次の瞬間、頭の上から声が降ってきた。

「頑固でわがままで悪かったな……」

 低くて小さな声。だが、ひどく不快そうで傷ついたような声音だ。

「セフィロス様。お好きなスープをご用意したしました。お昼ご飯にいたしましょうね」

 孫に語りかけるようにじいさん給仕がいうと、セフィロスは素直にもコクンと頷くのであった。

「おい、ちょっと……アンタ…… 違う、今のは言葉のアヤで……」

「どうせ、私はぼんやりしている。そのくせわがままで頑固だ」

「いや、あの……」

「だったら迎えになど来ぬがよかろう。頼んだワケでもないのに」

 ツンと顔を背ける。

 ……ダメだ。完全に機嫌を損ねてしまったらしい。

 クラウドといいセフィロスといい……どうして俺の側に居る連中は、こう身勝手で自己中心的なのだろう。

 だが、今回ばかりはそうも言っていられない。俺のせいで負傷したセフィロス。その彼を迎えに来たのだから、なんとか気持ちよく、一緒にホロウバスティオンに連れ帰らないと……

「いや、すまない。心ない物言いをして。違うんだ……『ぼんやり』というのは、おっとりしていていいという意味で……」

「そうは聞こえなかった」

 給仕の注いでくれたスープをゆっくりと飲むセフィロス。

 ミネストローネだ。ずいぶんと庶民的なスープだが、こういったものが好みなのか。

「さぁ、スコール様もご一緒にどうぞ。せっかくスープが冷めてしまいますよ」

 そう急かされ、俺は仕方なくセフィロスの向かいの席についた。目を合わせてもくれないのに。

「ではおふたりともどうぞごゆっくり……」

 丁寧にそう告げると、我々の憩いの時間を邪魔するのは本意でないとばかりに、年輩の料理人はさっさと下がってしまった。

 ふたりで黙々と食事を続ける。

 ……気まずいことこの上ない。どうも、俺はすぐにふてくされる(?)キャラクターに縁があるようだ。

 クラウドしかり、セフィロスしかり……

 それに比べると、コスタ・デル・ソルに居たヴィンセントさんは、なんて素直で正直で真面目で話のしやすい人であったろうか。またヴィンセントさんとはまったくタイプは異なるが、明敏で気配り上手のヤズーと会話するのも楽だった。あちらの『クラウド』は、あっけらかんとした性格だったから、特に気遣う必要もなかったし、『セフィロス』に至っては、まさしく『最強の男子』といった雰囲気であった。

 それに引き替え、うちに居るクラウドの難しいこと……卵から孵った雛鳥のように、ピーチクパーチク…… セフィロスはセフィロスで薄羽蜻蛉のごとく、捕らえ所が無くてふわふわしている。

 

 


 
 

 

 目の前のセフィロスが、無表情のまま、淡々と食事をする。

 そしてペースが遅い。

 クラウドみたいに、食べている最中、他のことに気を取られて遅くなるのではなくて、「食べる」という動作、それ自体が遅いのだろう。

 昼の食事はきっとセフィロスに合わせて作ってあるのだろう。

 スープに簡単な前菜、サラダ、メインも一口サイズの魚料理で、正直男にとってはもの足りない。給仕の彼はそのあたりも読んでいて、しっかりと俺の席のとなりにおかわりの分を置いていってくれたのだが、セフィロスは最初に配られた分を食べ終えると、もうそれ以上は欲しくないと言った。……無愛想にだ。

「……ふぁ……」

 腹が膨らむと、彼は本格的に眠くなったのだろう。湯に入って温まったせいもあると思う。サニタリーを使い終えると、彼はゴソゴソとベッドにもぐった。まだ食卓に着いている俺に見向きもせず、だ。

 

 ……ラグナのクソバカ野郎め!

 この『間』をどうしろというんだ。何度もいうが、俺はとにかく気の利いた男ではない。その自覚はある。

 一応、泊まって行けと言うのなら、そのあたりを配慮して、早々に別室を用意すべきだろう。この部屋で一緒に食事を取るまではよいが、セフィロスがローブ一枚でベッドに潜ってしまったのに、俺がいつまでもここでグズグズしているのはおかしいではないか。

 俺はゴホンとひとつ咳払いをすると、セフィロスに声を掛けた。

「……セフィロス。では、俺は外に出ている。何か用があれば声を掛けてくれ」

 もう寝ているかも知れないし、返事が無くても一応退室の旨は伝えておこうと思ったのだ。踵を返したとき、小さな声が背後から追ってきた。

「………………だ?」

「え? 何だ?」

「……どこに……行くのだ……?」

 こちらには背を向け、横になったままだ。

「あ、いや……ちょっと出ていようと思って」

「……どうして?」

「いや、別に……理由はない……が」

 おろおろと俺は答えた。セフィロスの咎めるような口調が気になる。何か気にさわることをしたのだろうか。クラウドにしてもセフィロスにしても、俺から見ると、唐突に怒り出したり、不機嫌になったり、泣き出したり(これはクラウドだけだが)するように見える。

 せめて、感情を露わにする予告でもしてもらえれば、対処のしようもあるが、彼らは本当に唐突なのである。きっとヤズーやヴィンセントさんのように、機微に長けた人ならば、一歩先を読んで、上手く対応できるのだろうが、俺には到底そんな技量はなかった。

「…………」

「……セフィロス?」

 今もだ。きっと何かセフィロスは思っていることがあるに違いない。

 だが、俺は上手い対処ができない。言葉に出して言ってもらわなければ動くことが出来ないのだ。

「……さきほど……」

 ボソボソと低い声でセフィロスがつぶやいた。あまりに低くて小さく聞き取れない。しかたなく俺は寝台の側まで歩いていった。

「……なんだ? セフィロス」

「……さきほど……ラグナが……」

「ラグナが……?」

「会議が終わったらすぐ戻るからと……」

「ああ、そうだな。何やら言っていたな」

 素早く応じると、彼は横になったまま、目線だけで睨み付けてきた。

「どうした? ラグナに急ぎの用でもあるのか? 俺でもできることなら言ってくれれば……」

 噛んで含めるようにそう語り掛けたが、セフィロスはふと視線を外し、またボソボソつぶやいた。

「……すぐ……戻るから……ここで待っていろと……」

「だから?どうしたんだ?」

 少し苛ついた声で先を促した。ああ、きっとコイツがいけないのだろう。クラウドと会うまで自覚したことはなかったが、俺は思いの外せっかちらしい。

 よい表現をすれば、「行動に無駄がない」ということになるのだろうが、多少回り道をしてやったほうが、思いを通わせられる人間もいる。そろそろそれを知るべきなのだろうが、ついつい事務的で機械的な対応になってしまう。

 対クラウドは、それでも大分慣れてきたのだが、セフィロスには免疫が少なかった。

「………………」

 すぐに黙り込んでしまう。負傷したせいで少し気持ちが弱くなっているのだろうか。ベッドに横たわる彼に、いつもの魔的な威圧感はなかった。

「あ、いや、悪かった。苛ついた声を出してしまって。アンタ、怪我が完治していないのに。……その、さっきも怒鳴ったりしてすまなかった」

 ベッドの向こうに回り込み、セフィロスが寝たままでも、ちゃんと俺の顔を見ることのできる位置まで行って謝罪した。

「何かして欲しいことがあれば、遠慮なく言ってくれ。俺は鈍感だからアンタの気持ちを察することが出来ない。すまないが……言葉にしてもらえれば有り難い」

 我ながら堅苦しい物言いだとは思うが、今後のことも含んだ上、そう彼に『お願いした』。

「……おまえが……」

 吐息と共に、セフィロスがつぶやく。低い小さな声で。

「……おまえが……どこかに行こうとするからだ……」

「え……あ、い、いや、アンタが眠るのに、邪魔になるかと思ってな。ひとりの方が居心地がいいだろうし」

「………………」

 セフィロスはじっと俺を見た。だが、あまりにも無機質なアイスブルーの瞳は、俺を通り越してあらぬところを眺めているだけのようにも見えた。

「……ここに……居ればいい……」

「セフィロス……?」

「そこに……座って……」

 ベッドサイドに高そうなカウチソファが置いてある。それを顎で示すセフィロス。普段ならまず近寄ることの無いような、豪奢な貴族趣味の作りだ。

「こ、ここか?」

 黙って頷くセフィロス。

 仕方なく言われるままに、俺はカウチソファに座った。独り用なのに、ずっしりと重厚で横幅も十分にある。身体が沈むような心地だ。

 きっと初めての感覚に、不思議そうな顔をしていたのだろう。

 セフィロスが、横になったままこちらを見て、ふ……と笑った。邪気のない微笑だった。

「ん……それでいい…… ふぅ……」

 ようやく満足したように吐息すると、彼は切れ長の双眸を綴じ合わせた。

「お、おい……どう……」

 彼は俺に何をさせたかったのだろう。気になって声を掛けようとしたが、すでにセフィロスはスースーという規則的な寝息を立てていた。

 仕方なく椅子に戻る。その動作さえにも気を使う。せっかく寝付いたのに、目を覚まさせては気の毒だ。

「スー……スー……」

 眠る姿は健やかなのに……そんなにも目の前に広がる世界はセフィロスの「敵」になってしまうのだろうか。ピリピリと神経をとがらせ、少しでも安寧な場所を探さずには居れないような空間なのだろうか?

 ……それは俺にもわからない。たぶん、セフィロス自身にしか。

「スー……スー……ん……」

 寝返りを打ったときに、腕が布団からはみ出してしまう。真っ白な陽に焼けるところなど、想像もつかないほどに繊細で白い腕。ある意味、剣士の腕には見えない。長い銀の髪が、彼の動きに合わせて、シーツを滑り、枕元でとぐろ巻いた。

 わずかに躊躇したが、そっと腰を浮かせて、剥き出しになった彼の腕に毛布をかけ直す。

 起こしてしまうかと懸念したが、それは杞憂であったようだ。

 半開きの、色味の薄い口唇からは、途切れることなく寝息が続いていた……