KHセフィロス様の憂鬱
〜おまけのうらしま外伝〜
<15>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 

 

 

 

 

「腹、減ってないの? スコール」

「あの量で大の男が足りるか。……充分に減っている」

「セフィはあれで足りちゃうんだよね〜。大きいのに。不思議〜。じゃ、先に食うか」

 ラグナがそういうと、タイミングを見計らったように、執事……もとい給仕のじいさんが扉越しに小声を掛けてきた。

「ラグナ様、スコール様、別室に御用意がございますが……」

 ラグナの側に居るのが長い故、行動の形式を理解しているのだろう。それでもやはり気の利かぬ俺などから見たら、大した能力だと思う。

「セフィロス様の分は別に御用意してございます」

「あ、そう。じゃ、食うわ。行こーぜ、スコール」

「……ああ」

 俺たちは、寝ているセフィロスを起こさぬよう、そっと部屋を辞したのであった。

 

 隣室に移り、充分に「大人の男向け」のメニューを食う。

 それはなんとカレーライスなのだ。もちろん、カレーだけではないが、そいつがメインで後はスープとサラダ、チップスというごくシンプルなメニューだ。

 俺の好物なので、来たときにはよく給仕のじいさんが作ってくれる。

 こいつは本当に美味くて……以前レシピを書いてもらったにも関わらず、自分で作ってもなかなか彼の味にはならない。

 きっと俺は無言でガツガツと食っていたのだろう。

 ものめずらしそうに、ラグナが俺を見た。

「なんだ、鬱陶しい」

 クソ親父に見られて嬉しいことなどひとつもない。突っ慳貪な物言いでやり返す。

「んー、いや、一生懸命食ってるとこは、子供だなーって」

「バカ言うな。腹が減っているだけだ。それにじいさんの作るカレーは美味い。このスパイスの効き方が……いくらでも食える」

 当の本人は「まだおかわりは充分ございますゆえ」とだけ、言い残し、早々に退室してしまっている。きちんとランプで温めている替えの分を置いた上でだ。

「そうだな。俺も気取ったメシより。カレーとかラーメンとかのほうが好きだ」

「……ラーメンはクラウドが好きだな。スープは全部飲むなというのに、言うことを聞かないんだ。ったく子供というのは、ああいうヤツのことを言うんだ」

「クラウドくんね〜。可愛いなァ〜」

「あいつは年より幼いからな」

 素っ気なくそういうと、俺は手ずからお代わりをよそった。そうそうここに来ることはないのだから、余分に食いだめだ。

「な、ところでさ、スコール」

 少しだけ真面目な声を出して、ラグナが話しかけてきた。

「……何だ」

「セフィのことに決まってんじゃん」

「……だから何だ?」

「あのさ、ホロウバスティオンに帰りたいっていうけどさ。住んでるのってそこなの?」

「……多分な」

 ぼそりと俺は答えた。

「なんだよ、家とか知らねーの?」

「………………」

「なーんだ。それほど親しいわけじゃないんだな」

 カッチーンと頭の中で、火打ち石が叩きつけられた。

「自分のほうが懇意というような物言いをするな。……彼がここでアンタの世話になったのはまったくの偶然だろう」

「なに怒ってんの?」

「……怒っていない」

「なにムッとしてんの?」

「……ムッとしてなどいない」

 辛抱強く反撃した。

「まぁ、それでさ。話っつーのは、ホロウバスティオンなら、おまえの居る場所と同じじゃん?」

「……そうだな」

「そんなら、セフィの傷がよくなるまで一緒に居てやれよ」

 ヤツは至極あっさりとそう言ってのけた。

 ……口にしたくても、どうしても出来ないその言葉。それが簡単にできるのなら、とっくにそう申し出ている!!

「……それは無理だ」

 俺は低くつぶやいた。うめき声のようになっていたかもしれない。

「どしてよ」

「家にはクラウドが居る」

「あー、まぁね〜。クラウドくんはちょっと難しそうだからねー」

「難しいどころではない。ようやく人並みになってきたところだ。様々な面においてな」

「苦労しますなァ、スコールくん」

「茶化すな。……それにセフィロスはクラウドに輪をかけて難解な人物だ。とてもふたりを一緒にはできない」

 溜め息を吐きだし、そうつぶやくと、ラグナはひどくあっけなく、

「そりゃそーだわな」

 などと宣った。

 またもやカッチーンだ。

「……ならば、わかりきったことを訊ねるな!」

 強い口調で文句を言ってやった。

 もしそれが可能ならどれほど有難いことだろうか。俺は決して聖人君子などではないが、クラウドのことは責任をもってなんとかしてやりたいと思っているし……恩人という観点でいうのなら、セフィロスのことも放ってはおけない。

 ふたりを同時に見ていることができればどれほど安心できるか……だがそれは現実的な考え方ではなかった。

「まぁまぁそうじゃなくてさ。一緒に住むのが無理でも……」

「バカを言うな。無理に決まっている」

「わかってるわかってる。だから聞けよ。一緒に住むのが無理でもさ。こまめに訪ねたり世話をしたりはできるだろ。せめて、しばらくちゃんとしたもの食わせて、眠らせないと」

「……それはそうだが……」

「家の場所、聞いとけよ。あの怪我、おまえに関係あるなら、なおさらその辺ちゃんと面倒見ろよな」

「……アンタに言われなくても考えている」

 憮然とした面持ちで俺はそう応えた。

「そーですかそーですか。おい、スコール、おかわり!」

 ……きっとセフィロス相手なら、彼の分までよそってやるくせに。だが、ラグナは手先が不器用なのだ。こいつにやらせると、せっかくのメシがまずそうに見えてしまう。

 てきぱきとお代わりを渡し、俺はもう一度、大きく吐息した。

「なんだよ、辛気くさいヤツ」

 などと、無礼なことをいうラグナ。

「失敬な。……言ってもらえれば、俺はいくらでもセフィロスの世話をする心づもりがある。だが、それを彼が望むか否かは別問題だ。……たぶん、嫌われていると思うし……」

「なんだ、スコールって、セフィに嫌われてんの。おまえ、すぐ怒るもんね。説教侍だよね」

「お、おい……」

 口に出して『嫌われている』と言うと、あらためて苦いものが込み上げてくるようだ。

 しかし、言うに事欠いて説教侍とは……俺はそんなに口うるさく叱っていたのだろうか?

 美味いカレーの味すらもわからなくなるほど、俺はぐったりと落ち込んだ。

 次の瞬間、あどけない表情で眠り込んでいたセフィロスを思い出し、何とも表現しがたい徒労感に襲われたのであった。