KHセフィロス様の憂鬱
〜おまけのうらしま外伝〜
<16>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 

 

「おかわり、スコール」

 ずいと突き出される空のカレー皿。

 俺は無言のまま、二杯目をよそってやった。

「…………」

「おかわり」

「……おい、ラグナ。アンタ、ちょっとは遠慮したらどうだ?」

 いいかげんいい年なのによく食うオヤジだ。こいつとクラウドが一緒に居たら食費がすごそうだ。

「いいじゃん。まだいっぱいあるんだから。どうせ、セフィは寝てるし。あの人、カレーはちょっと無理なんじゃない? 辛いし。」

 そりゃそういう食い物だろう。子供じゃあるまいし……

 

「……彼はずっとあんな調子なのか? 浮世離れしているのは以前からだと思うが……」

「セフィのこと? さぁ、おまえのほうがよく知ってるんじゃねーの? 俺が親しく口聞けるようになったのは、この場所に彼が迷い込んでからだからな」

 ガツガツと食事を続けたまま、ラグナが答えた。

「……そうか。だが、いったいどうして、エスタに……?」

「さぁな。聞いてみたが、本人にもよくわかってないみたいだぞ。……心当たりくらいはあるのかもしれないが、あまり上手く説明できないみたいだ。あ〜、可愛いなァ、セフィってば」

「…………」

 にやにやとしまらないツラで気色の悪い笑みを浮かべるラグナ。

「おい、ラグナ。今さらだが言っておく」

 俺は一旦スプーンを止め、声をあらためて切り出した。

「見てわかるように、セフィロスは少し変わっているんだ。性格的なことだけではない。有する能力や、彼の目的もわからないことだらけだ」

「だからなんだよ、スコール」

「俺が言いたいのは、あの人に関わろうとするなということだ。きっと彼は迷惑に思うだろうし、アンタにはひとりの人間に、深くかかずらっている時間はないはずだ」

 目の前でにやける男に、忠告した。

「なんだよ、それ。友だちになってもいけないっていうのかよ」

 ムッとした様子のラグナ。

「……そうは言っていない。その程度のことならいいんだ。だが……」

「なんだよ、ハッキリ言えよ」

「まさかとは思うが……特別な関係になりたいなどとは死んでも思うなよ?」

 ゴホンと、ひとつ咳払いをして、俺は生来のフーテン男に苦言を呈した。

「……わかったな、ラグナ?」

「やっだァ、スコールってば、やらしぃ〜」

「おちゃらけるな。……気を回し過ぎだと言うのなら、それでいいんだ。だが、彼は不思議な人間だからな。ずっと見ていると、何だかおかしな気分になる」

「やれやれ。青いなァ、おまえは」

「……悪かったな」

「まぁ、いいさ。スコール、おっかわりぃ〜」

 俺の心配は杞憂だったのか、ラグナはいつもと変わらぬ様子で、ごく淡々と忙しくもチャラけた日々を送っているようであった。

 ……今の話は、むしろオヤジに、俺の身の内の不安をさらけ出したような格好になってしまった。

 クソッ……亀の甲より、年の功。

 いくら、落ち着きが無く、軽佻浮薄の輩でも、オヤジは親父だ。

 

 

 

 

 

 

「あっれェ、セフィ、起きたの!?」

 食事中だというのに、平気で大声を出すラグナの言葉に俺はハッと顔を上げた。子供じゃあるまいに、俺はスプーンを口にくわえかけたまま、思考停止してしまったらしいのだ。

 そう、セフィロスのことを考えると、動作が止まってしまうことが多い。クラウド相手の考え事は、身体を動かして世話をしつつ……というパターンが多いのだが。

「どうしたの、セフィ?」

「…………」

 セフィロスは、なぜか不愉快そうな……というか、恨みがましい眼差しで、俺たちを扉の影から睨んでいた。

 この部屋はセフィロスの部屋から続きになっている、控えの小部屋なのだ。普通ならVIPの護衛官などが、使用するもので、小部屋とはいえ、あらかたのものは揃っている。

「セフィもゴハンにする? 俺たち、もう終わっちゃうけど」

「…………」

「どうしたの? 機嫌悪い?」

 彼にそんなストレートな訊ね方ができるのは、身の回りではラグナくらいのものだと思う。

「ああ、セフィ、上に何か羽織ってこないと…… 部屋はあったかいけど、寝間着のまんまじゃ、心許ないでしょ。また、熱が出たら、ホロウバスティオンになんて帰れなくなっちゃうよ」

「…………」

「……セフィ?」

「…………言った」

「え?」

「……会議が終わったら……すぐ戻る……と」

 ボソボソと低い声でつぶやくセフィロス。

 察するに、昼間、ラグナが告げた言葉……「会議が終わったらすぐ戻るから一緒に夕食をとろう」という発言に言及しているたしかった。

 ようは約束を守らなかったラグナを咎めているのだろう。

 

「いや、あのね、一旦戻ったんだよ? でも、よく眠っているみたいだったし……」

「……側にレオンが居たはずだ」

「ああ、そうだけど、スコールのヤツが、先にメシ食っちゃお〜って……ほらァ、コイツ育ち盛りだからさァ」

「おい、ウソを吐くなクソ親父!!」

 言うに事欠いて、俺のせいか!?

 いや……だが、その前に、セフィロス。

 ……そこはいちいち怒るようなところじゃないだろう? クラウドならまだしも……どうもこの長身の麗人は、どこか普通の人間とはズレた感覚を有しているらしかった。

「……レオンは……私の寝台のとなりに座っていたはずだ……」

「ああ、いや……アンタが寝ている間に、ラグナが戻ってきたからな。それで……」

「……おまえは私の言ったとおり、となりの寝椅子に腰掛けていたはずなのに……」

「い、いや、だから……グッ!」

 ラグナの野郎が、テーブルの下で、俺の足を踏みつけやがったのだ。

「あ〜、ゴメンねェ〜。そんでセフィの機嫌を損ねちゃったんだね〜。それじゃあ、ここに晩ご飯用意させるから、一緒に食べようか〜?」

「…………」

「ね? 機嫌直してよ、セフィ。ホントは俺もこんなアホ息子と一緒じゃなくて、セフィと御飯食べたかったんだけどさ〜。あんまりよく眠ってるから、起こすの可哀想でね」

「…………」

「まぁ、寝顔を見られるのも、もう終わりかなって思うとさ〜……起こしちゃうの、もったいなかったし……」

 わずかにしんみりとした口調でラグナがつぶやくと、セフィロスは表情こそ変えなかったものの、纏う空気を緩めた。