KHセフィロス様の憂鬱
〜おまけのうらしま外伝〜
<17>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 

 

 そう……不思議なことに、彼は気持ちを露わにしない人なのに、その周囲を取り巻く空気が、感情の起伏に合わせて様々な色を纏うように見えるのだ。

 

 初めて逢ったときは、その髪の色のように冷たい金属の銀色…… いつぞや、別世界に迷い込んだクラウドの件で、我が家にやってきたときは、淡いアイボリーのような色彩を纏っていた。

 

「だって、明日にはもう帰っちゃうつもりなんでしょう? だから、セフィの顔、ゆっくり見られるのも今夜が最期……そう思うと、なんか寂しくてねェ〜……」

「……おまえは……エスタの大統領……なのだろう」

 わずかに困惑の色を交えて、セフィロスがつぶやいた。

 民族衣装風の長い筒頭衣を纏った彼は、以前目にした漆黒の翼と身の丈ほどの長刀を持つ、最強の戦士には見えなかった。

 まるで……ああ、おかしな例えかもしれないが、彼の翼の色が白であったのなら、天の御使いだと言われてもそのまま信じることができてしまえそうな……そういった風情なのだ。

「……大統領なら……普通の者どもよりも無理が利く」

「まぁね。確かにそういう部分もあるけどね」

「ならば……折りを見て、息子に会いに来ればよい」

 ボソボソと聞き取りにくい低い声でセフィロスがささやいた。

「え?」

「……息子に会いに……ホロウバスティオンに来れば…… そこには私も居る……かもしれない」

 言葉の苦手なセフィロスにしては、かなり頑張って見つけ出したセリフなのだろう。

 逆に言えば、わずか数日共に居ただけで、アホで無神経なクソオヤジは、セフィロスからそれだけの言葉を引き出したのだと言える。

 ……少々落ち込む俺であった。

 

「うん、うん! きっと逢いに行くからね! いやもう、ぶっちゃけスコールとか、どうでもいいんだけどさ! ホロウバスティオンには、クラウドくんとセフィが居るモンね〜★」

「……食べる」

「ん?」

「食事をする。おまえたちもそこに座っていろ。……私が終わるまで」

 もうほとんど食べ終えたところだったが、目の前で椅子を指さされると大人しく彼が済ませるのを待つしかないと思えた。

 

 ……本当におかしな人物だ。

 いつもなら、端で見ていて苛つくほどに、素っ気ないのに。

 それとも、セフィロスがこんな態度を取るのも、ラグナのせいなんだろうか……? こんなふうに、わがままを言える環境を、このわずかな時間で作ってしまったというのだろうか……?

 だとしたら……俺は……

「なぁに、黙りこくってんだよ、スコール。気色悪ィ」

「……いや、別に」

「スコール様、おかわりはいかがでしょうか? お若い方はまだまだ入るでしょう」

「え……あ、いや……そうだな」

「あ、俺も〜、じいさん」

 手回しのよいことに、ラグナは給仕のじいさんを呼びつけておいたらしかった。セフィロスが目覚めたら、すぐに食事ができるようにという気配りだろう。

「セフィロス様……それはカレー……ですが?」

 目の前に並べ掛けられた料理より、俺の目の前の皿に気を取られている様子のセフィロス。ぼうっと見ているだけなのだが、周りの人間には彼が何を言いたいのかわかる。

 ラグナのようにワガママで押しつけがましくはないが、セフィロスもけっこう自分の意志を強固に通すところがあるらしかった。

 対人間に対してより、食べ物への執着が強く見えるのだが。

「セフィはカレーのほうがいいの? 確かに美味しいけど、これは辛いんだよォ?」

 子供に話して聞かせるように、ラグナが言う。セフィロスは不快を示すこともなく、コクと頷いた。

 ……カレーが何かも知らないくせに。好奇心の強い男だ。

 そういえば彼がうちに来たときも、スポーツ飲料やデザートのプディングなどを、まじまじと眺めつつ、不思議そうな面持ちで食べていた。

「……これがいい」

「はい、承知いたしました」

 給仕のじいさんは、あっさりとセフィロスの要求を聞き入れ、すぐに俺たちと同じカレーの皿を彼の前に置いた。

「あ、セフィ。これ口直しにね。パイナップルとか合うよ。スコールはピクルスがいいらしいけどね」

「……ん……」

「どう、美味しい?」

「……うまい」

 言葉少なに、彼は讃辞を示した。年寄りの給仕が嬉しそうに微笑み、アルコールランプに掛けた鍋をおいたまま、退室していった。

 セフィロスはそれを見送ることもなく、ただ黙したまま、静かにスプーンを操る。彼は何かに集中すると、他のことが留守になるらしい。

 そういえば、コスタ・デル・ソルで世話になったヤズーが、そんなことを言っていた。菓子などを食べ出すと、黙り込んでずっと食べ続けてしまうらしい。

 

 ……なんだか、アンタを見ていると、ひどく困惑し、焦燥を感じるのだが……セフィロス。

 クラウドを散々弄び、痛めつけ、なかなか消えぬ傷痕を刻んだアンタのはずなのに……

 もちろん、それにはどうしようもない内的要求が在ったのだろうけど……俺はクラウドを守る者として、アンタに対峙する立場にある。

 ……だが、何とか分かり合うことはできないのだろうか?

 そう……確かに俺は愚鈍な男だが、人の真剣な話には耳を向けられると思っている。

 だから、もし、セフィロスに支えが必要なら……生きていく上で、誰かの手が必要ならば、いつでも俺は手助けしたいと……そう思っているのに。

 

「やっだァ〜、何、セフィのこと見つめてんの? スコール、キモーイ!」

「な……ッ」

「やだねェ、この子は。セフィ、明日、気をつけなよ。おめーも送り狼とかになってんじゃねーぞ、アホ息子」

「馬鹿なことを言うなッ!」

 叩きつけた言葉のイキオイが鋭すぎたせいか、食事中のセフィロスが顔を上げて俺を見た。

「…………ッ」

 何か言葉を捜して、フォローすればいいのだろうが……

 ラグナのように口がまわる俺ではない。

「……アホ親父! セフィロスに失礼だろッ……!」

「俺は心配してんの〜」

「その心配がよけいだというんだ!」

 俺とラグナのやり取りを、どうでもよさそうに眺め、セフィロスはまた、もくもくと食事を続けた。

 あんなふうに、拗ねて見せたり、食事の最中、席を立つなとまで言いつけたくせに、彼の興味は「次」へ移ってしまっているのだ。

 目の前の初めて食べる不思議な味の食物に……

 もはや、俺とラグナの会話など、何の興味も示すことなく。

 

 俺は人知れず、そっと心の中でため息を吐いたのであった……