KHセフィロス様の憂鬱
〜おまけのうらしま外伝〜
<18>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 

 

 

「じゃあ……身体に気を付けてね。生水とか飲んじゃダメだよ?」

「……ああ」

「腕の包帯も一日一回は必ず替えてね。お医者にも診せた方がいいかも」

「……うむ」

「あ、ゴハンはちゃんと食べなね? 食欲が無くても、少しでもいいからさ。セフィは背が高いし、大きいんだから、いっぱい栄養とらないと……」

「……努力……する」

「……あー、ゴホン」

 延々と続く、別れのセリフに区切りをつけさせるべく、俺は大きく一つ咳払いした。

 傍らで控えているキロスが、横を向いて吹き出す。

「ラグナ、いいかげんにしろ。飛行時間もかなりある。いつまでも引き留められたら、セフィロスが疲れてしまう」

「うっせーな。わかってるよ」

 べーっとガキのように、息子に向かって舌を出すと、ヤツは打って変わったやさしげな表情でふたたびセフィロスに声をかけた。

「そうだ、セフィに渡したいものがあるんだ。ラグナさんからのプレゼントだよ」

 おちゃらけた態度でそう言うと、ラグナは奥に向かって目配せした。

 

 ビロードの置き台が、シズシズと運ばれてくる。きちんと正装した女性は、一礼してラグナの前にそれを差し出すと、すぐに退場していった。

「これ、セフィに……」

「…………?」

 長身のセフィロスが、不思議そうに首を傾げた。

 今日の彼は、品の良いスーツを着ている。やや時代がかったシンプルなアスコットタイが、冷たい美貌によく似合っていた。長い髪は、細いリボンで括ってあり、どこぞの国の青年貴族で充分通る、いでたちであった。

 ……それに引き替え……取るものもとりあえず、着の身着のままで飛んできた俺は、着古したブルゾンにブラックデニムのパンツだ。なんだか金持ちの坊ちゃんを拐かす、指名手配犯のように見えてしまわないだろうか。

 

「……でんわ?」

 セフィロスがめずらしそうに、その小さなものを手にとって確認した。

「そう。携帯電話だよ。ほら、フレームの脇にセフィの名前が彫ってあるでしょ」

「……ああ」

「ホロウバスティオンとエスタはすごく離れているからね。普通の携帯電話だと電波の具合がよくなくてお話できないんだよ。でも、これはウチの技術者に作らせたものだから特別なの。ちゃんと通じるからね」

「……なまえ……」

 ラグナの話が耳に入っているのか否か、セフィロスは名が彫られている部分を、指でなぞりながら眺めていた。

「うん、綴り、これでいいんでしょ?『Sephiroth』だよね?」

「……ああ」

 表情を変えずに頷くが、なんだか少しばかり嬉しそうに見えるのは、俺の妬み心がそうさせているのだろうか。

「色々考えたんだけど、やっぱ、セフィはメタリックシルバーがいいかなって思ってさ。髪の色と同じのね。黒だと強すぎるし、色つきだと軽い感じだしさ。どうかな?」

「……ああ、気に入った」

「ホント! よかったぁ! で、こうやって……これ!」

 ラグナはひょいと電話を受け取ると、手早くボタンを押してから、それをセフィロスに戻した。

「これね、俺の直通番号だから。メールはこっちね! 寂しくなったらいつでも連絡してね!」

 ……クソ親父!!

 こういうことに関しては、なんて手回しのいい野郎なんだ!!

 

「セフィからなら必ず電話取るからね」

「……大統領殿は多忙だ」

 素っ気なく告げたセフィロスの言葉に覆い被せるように、ラグナが勢い込んで言った。

「大丈夫!大丈夫だよ! もし、万一その時出られなくても、すぐ折り返しするから。マッハだからね!」

「……わかった」

 低くささやくと、なんと気むずかしいセフィロスが、「くすっ」と笑ったのだ。

 皮肉な微笑なら、何度も向けられているが……俺など、一度たりとも、そんなふうに微笑みかけられたことはなかった。

 ……不快だ。

 まったくもって不愉快だ!!

 俺のほうが、ずっと以前から、彼のことを気に掛けていたのに……!

 クラウドの仇敵とわかっていても、なんとか彼の気持ちも癒してはやれないかと……!!

 

 

 

 

 

 

「セフィロス、時間だ」

 俺はシンプルにそう告げた。アホラグナの引き留め工作に付き合っていては、何時に出発できるかわからない。フライトだけでも五時間近いのだ。彼の体調を慮れば、さっさと帰路につくべきなのに。

「セフィロス、行くぞ」

 きっと不機嫌極まりない表情をしていたのだろう。彼は俺を振り返ると、目を伏せ無言のまま頷いただけであった。

「御二方、ご搭乗くださいませ」

 マイクを通して放送が流れた。俺はさっさと歩き出したが、名残惜しげに搭乗口までラグナがくっついてくる。

 キロスも補佐官という役目上、いたしかたなく、アホ親父の後に続き、護衛官になにやら煩雑な指示を出すことで時間をつぶしているようだった。

 

「……ラグナ・レウァール」

 彼が独り言のように親父の名を呼んだ。

「ん? なぁに?」

「ひとつ……忠告をしておく」

「う、うん?」

 見慣れない神妙な顔つきで頷くと、親父はセフィロスの言葉を待った。