KHセフィロス様の憂鬱
〜おまけのうらしま外伝〜
<19>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 

 

 

 

「どうやら……この場所も……不安定のようだ」

 独り言のように、セフィロスはつぶやいた。

 おおげさではなく、さりげなく周囲に目線を漂わせる。

「ホロウバスティオンほどではないが…… 安定しているとはいいがたい」

「え……?」

「……あそこだけかと思ったのだが……この場所、エスタにも、時折『時空の裂け目』が発生している」

「え? な、なんの話?」

 彼の話が理解できず、取り残されるラグナ。

 俺には予備知識があったので、セフィロスの言っていることは理解できる。

「おまえがそれを感じ取れる人間ならばよいが……そうでないのなら、気を付けることだ」

「え?え?」

「失敬、セフィロス殿。それはどういう意味合いなのだろうか? 貴殿がこの国に無為に迷い込んだことと関係があるのだろうか?」

 アホ顔さらして疑問符を並べている親父とは対照的に、キロス補佐官が理路整然と要点を尋ねた。

「……そう。補佐官のいうとおりだ。ホロウバスティオン、エスタ……そして周辺諸国の存在するこの世界自体が不安定な状況にあるのだろう。それゆえ、大統領子息までもが異世界に飛ばされた」

「大統領子息って…… このアホ息子!?」

「貴様に言われたくない! このボケ親父ッ!」

 すかさずそう返したが、親父はセフィロスの話に気を取られているようで、さらに反論してきたりはしなかった。

「……ホロウバスティオンから異空間の南国へ……そしてそこから、この機械仕掛けのエスタへ…… ならば、このエスタからまた異世界へ飛ばされてもおかしくはなかろう。むろん、ホロウバスティオンにも同様のことが言えるわけだが……」

「へェェ…… よくわかんないけど、じゃあ、セフィはどっか別の世界から、エスタに飛んで来たの?」

 まるで幼子が大人に訊くような口調で、尋ね返すラグナ。

「……そうだ。だから……注意しろ」

「う、うん。でも、どこから飛ばされるとか……わかんないし……」

「セフィロス殿、何か留意すべき点はなかろうか。場合によっては国全体に注意を喚起せねばならぬことに……」

 キロスが割って入った。

「……私は『時空のゆがみ』と呼んでいるが……見える人間には感じ取れるのだ。ああ、まもなくこの辺りに亀裂が生じるな、と……」

「ラグナくん、わかるかね?」

「……わかんね」

「……愚問だったね。君は人一倍鈍感な人物であった」

「おい、ちょっ……キロス〜ッ!」

「……これまで、国内で大きな問題になっていないのなら、被害は微細なのやもしれぬな」

 気休めではなかろうが、セフィロスが言葉を付け加えた。

「『時空のゆがみ』とは言っても、小指の先ほどの小さな亀裂が、数秒続く程度で収束してしまうものもあるし、人ひとり飲み込むものもある。……一概に言えぬ故、必ずしも危険があるとも言い切れぬのだ」

「……そっかァ、厄介なものなんだね。あ、でも、そいつのおかげで、セフィはエスタに来てくれたんだ。だったら、あんまし嫌がっても悪いかな〜、テヘテヘ」

 だらしなく照れ笑いなんぞしやがって、いい年扱いた親父が気色悪い!

 

 一旦会話が途切れ、再度、セフィロスを促そうとしたとき、彼は最後にもう一度だけ、口を開いた。

「……ラグナ・レウァール。もし……もし、おまえが……不幸にも時空の狭間に飲み込まれ、見たこともない南国の島に放り出されたとしたら……」

 そう言うと、彼は小さく笑った。

 そんなふうに微笑むセフィロスを見たのは、初めてだったと思う。

 なにかを懐かしむような遠い眼差し……氷の瞳が緩やかに融け、エアポートの灯りを淡く映し出していた。

「常夏の島で、私と似た男を捜すがよい。口はよくないが悪い男ではないようだ。……その傍らに、黒髪の男が居れば、尚のこと幸いだろう。ヴィンセント・ヴァレンタインは無口で内気な青年だが、やさしく面倒見がよい……」

「ああ、ヴィンセントって……この前、セフィの話に出てきた人だね? ミネストローネを作ってくれた人!」

 セフィロスは黙ったまま、ただ頷いた。

 ここにおいて、またもや俺は後頭部を蹴り飛ばされるがごときショックを受けた。

 

 ……ヴィンセントさんやコスタ・デル・ソルの『セフィロス』のこと。

 ……そんな話、俺には一言もしてくれなかったのに……

 

 

 

 

 

 

「……じゃ、セフィ。元気でね。いつでも連絡して。寂しくなったらこっちにおいでよ。俺、大歓迎だから」

「……あらためて……世話になったな、ラグナ・レウァール」

 セフィロスはそっと片手を差し出した。

 『握手』か? これまでそんな素振りを見たことは一度もなかったのに。

 だが、アホ親父のヤツは、あろうことかそのままセフィロスの手を通り過ぎ、背を抱くと彼の唇に接吻したのだった。

「おいッ……ラグナ!!」

「……さよなら、セフィ。お別れのチューだよ」

「……握手以外に方法があるのだな」

「これは握手よりも、もっと大事な相手にする挨拶だよ」

 そのまま、彼の白い頬をそっと撫で、ボロボロと涙をこぼした。

 そう……このクソ親父は、男のくせに、いい年扱いてごく簡単に泣くのだ。涙をこぼすことなど、まったく恥ずかしくないと思っているのか、気持ちの向くまま、泣いたり笑ったりする。

 クラウドのように幼さを残した青年ならば、まだ可愛げがあるが四十越えのオッサンが泣いても気色悪いだけだ。

 

「セフィは大事な友だちだからね」

「……ああ」

「うん。じゃ……ホントに、さよなら…… 短い時間だったけど、君が居てくれたおかげでとても楽しかった」

「…………」

「君みたいな人を、ひとりで放っておくのは気が進まないんだけどね」

「……問題ない。私はずっとひとりだった」

 ズキンと胸が痛んだ。

 何気なく応じたのであろう彼の言葉が、心臓に食い込むようであった。

 

「……ホロウバスティオンには、俺が居る。セフィロスはひとりではない。……アンタの心配は無用だ、親父」

 ついそんな言葉で彼らのやりとりを遮っていた。

 セフィロスは僅かに目を瞠ったように見えたが、すぐに元の……何の感情も読み取れない無表情に戻った。

「ハイハイ。可愛くない息子だねェ〜、おまえは。まぁ、いいさ。とりあえず、セフィを頼むぜ、スコール」

 女々しくも濡れた眼を、ぐいと擦ってラグナは言った。

「むろんだ。……セフィロス、行こう」

「……ああ。では」

 最期はそんな一言で、あっさりと踵を返すと、セフィロスは振り返りもせず、さっさと俺の後ろを着いてきた。

 

 大統領専用機は、VIP専用機でもあるので、それなりに大きく、内装も高級感のある作りになっている。

 一般機のファーストクラスよりも、遙かに豪華で重厚な座席につく。

 二人掛けの座席がいくつか並んでいるが、搭乗者は俺とセフィロスのふたりだけだ。俺たちは通路を挟んで、隣り合いになる席に、なんとなく腰を下ろしたのであった。

 

 彼は、搭乗してから、何もしゃべりはしない。

 どうやら窓の下に注意を払っているらしかった。

 ぼうっとしたまま、それでも手を持ち上げたのは、きっと両腕を振り捲っているラグナに応えてのことなのだろう。

 

 ゴォン……

 低いうなりを立て、機体が持ち上がる。

 特別機なので、振動や騒音も少ない。

 

 飛空艇が飛び立つと、セフィロスはやはり無言のまま、座席に座り直し、両目を閉じた。それは、俺とは会話したくないという拒絶の行動にも、ただ単に疲労したためとも取れる行動であった。

「……セフィロス、眠ったのか」

「……離陸したばかりだ。寝ているはずがなかろう」

 抑揚のない口調の中にも、なぜだかバカにされているような気がして苛立った。

 ……いや、いけない。

 俺のよくないところはこういうところなのだ。

 望んだ結果がすぐにでないと、焦燥し、気が急いてしまうところ。

 それは、ラグナとの決定的な差違でもある。

「……具合は大丈夫か?」

「問題ない……」

 素っ気なく応えると、彼はまた目を閉じた。

 俺は尚も彼に話しかけたいと思っていた。まだまだ尋ねたいことがたくさんあったから。

 あの後、異世界のコスタ・デル・ソルで一体何があったのか……肩の大怪我の理由だって聞いていない。ヴィンセントさんやあちらのクラウドとは、どういう話をしたのだろうか? そして向こうの『セフィロス』とは? 

 無口で無愛想な彼が、自分から口火を切ってくれることはなさそうであった。