〜Third conflict〜
 
<1>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

「もう……もう……ッ レオンなんて大ッキライだ!」

 

 唐突にクラウドが叫んだ。

 シチュエーション的には、さわやかな快晴の、朝食の時間である。ただし、クラウドだけだ。

 彼はいつも俺より朝の起床時刻が遅く、食欲が出てくるのに時間がかかるため、別々に取ることも多いのだ。

 この日もそんなカンジの朝の時間だった。

 俺は彼の分の料理をテーブルに並べ、ソファに広げた日用品を戸棚に整理していたところだった。昨日買い物をしてきたまま、収納し損なっていたのである。

 

 ……それにつけても、あまりにもいきなりの爆発で、怒りの原因が思い当たらない。

 クラウドはたびたび突発的に怒り出すが、今日はずいぶんとひどい状況だ。

 

「…………?」

「どうせ、もう、オレのことなんて好きじゃなくなったんだろッ!? いいよ、もうッ!」

 さらに言い募るクラウド。激昂しているため、機関銃のような速さで怒鳴り散らす。

「…………」

「オレたち……もうおしまいだな……」

 低く彼がつぶやいた。

 ……なにか始まっていたのだろうか?

「アンタはオレの身体を弄んだだけだったんだ! オレ、もう出ていくッ!」

「…………」

 俺には口を挟む余地もない。

 

 勢いよく椅子を蹴り倒し、ドタバタと玄関まで走ってゆくクラウド。

「じゃあな、レオン……」

 涙を啜るような音と一緒にそうつぶやく。

「…………」

 俺が黙っていると、彼は一度だけ、家の中を振り返った。

 

「…………」

「…………」

 互いに沈黙が落ちる。

 

「…………」

「……なんだよ」

 先に口を開いたのはクラウドのほうだった。

 

「…………?」

「……何してんだよ、レオン!」

「あ……いや……」

「なに、ぼうっと突っ立ってんのッ! 早く止めろよッ! でないとホントに出て行くぞ! 今日こそは本気だからな、オレッッ!!」

 烈火のごとく叫ぶクラウド。ついでに顔も真っ赤だ。

 

「……じゃ、その……ま、待ってくれ」

 とりあえず指示どおり、そう言ってみた。

「……今さらおせーんだよ。アンタの気持ちがオレにはない事実を、知ってしまった今となってはな……」

 フッと寂しげに苦笑し、苦しげにつぶやくクラウド。

 なんというか……映画の一場面のような雰囲気を醸し出している。

 だが、オレには脚本どころかあらすじも見えない。

 ……どうしろというのだろうか。

 

「あの……すまん……流れについていけないのだが」

 俺は正直にそう申し出た。

 すると、クラウドはまさしく猫のように、アーモンド型の大きな瞳をカッと見開き、牙を剥いた。

「アンタ、オレの話、聞いてなかったのッ?」

 そういうと、今度はズカズカと大股で室内に戻ってくる。

 俺をキッと睨み付けると、中身を整理していた買い物袋からはみ出たソレを、むんずと掴んで目の前に突きつけた。

 

「なに、コレッ!」

「……え?」

「なんだよ、コレはッ!」

 ぐいぐいと手を突き出すクラウド。必然的によろけるように一歩引いてしまう俺。

「コレって……避妊具だろう。おまえが必要だと……」

「よしてよ! そんな、オレばっか期待しているような口振りは!」

「あ……ああ、すまない」

 ここでは一応謝罪する。

 ……非常に申し訳ないと思うが、俺から誘いをかけた記憶は一度もないのだが……

 

「だが、体内に直接射精されると、負担がかかると……おまえがそう……」

「ちょっ……モロに言うなよ、モロに!」

「……だが……その……後始末も面倒だって言ってただろ」

 本人から聞いたとおりの言葉を伝えた。

「……そうだよ、その通りだよ……でも、何、コレ!」

「……え」

「オレ、イチゴ味にしてくれって言わなかったっけ?」

「…………」

「ねぇッ?」

「……い、いや……ちょっと捜して……見あたらなかったから」

 俺は正直にそう告げた。

 いつも行くドラッグストアで購入したのだが、商品売場には見あたらなかった。それゆえ、類似品を選んだつもりではあったのだが……

 

「……ちょっと捜して……ね」

 フ……と、またもや、クラウドは疲れたように笑った。

「……アンタにとっちゃ、オレとの行為に使うものなんて何でもいいんだ。『ちょっと捜して』見つからなかったら、どれでもかまわないっていうんだね」

「……い、いや……あの……」

 ……いや、なんでもいいだろ?

 と正直、そう思ったのだが、クラウドの傾向と対策上、そんなことを口にしようモノなら、怒鳴られるだけでは済まない。

 

「そうだよな……別にどうでもいいよね、オレの希望なんて」

「…………」

「ソレ、舐めたり突っ込まれるのはオレの方だもんね。レオンにとっちゃ何だってかまわないよね。ツッコめれば」

「……い、いや、クラウド」

 突っ込むだの何だのと……ものすごい直接話法だ。

 ひどい恥ずかしがり屋のくせに、直接表現には抵抗がないのだろうか。

 

「アンタはいつだってオレの話、ちゃんと聞いてくれないもん」

「……クラウド……そんなことは……」

「今だって、ホラッ!」

 今度はズンズンとテーブルに歩み寄ると、オムレツの皿を指さした。

 ……いや、彼が指を突きつけたのは、オムレツそのものではなく、付け合わせのニンジンのグラッセの方だった。

「オレ、ニンジン嫌いだって言ったじゃん! つい先週だぞ、レオンにそう言ったのッ!何でオレの嫌いなもの並べるの? ゴハン食べられなくて栄養失調になったらどうしてくれんの? それともいい気味って思うのッ?」

「…………」

「なんだよ、その顔ッ!」

「……いや、わかった。……俺が悪かった」

 げっそりとして俺はつぶやいた。こちらにも言い分はあるのだが、不毛な争いはしたくない。

 

「その……避妊具の件は気遣いが足りなかったようだ。だが食事はなるべく好き嫌いをなくして欲しい」

「…………」

「ただでさえ、おまえは好き嫌いが激しいだろう。基本的な野菜類は食べられるようにしないと身体によくない」

「…………」

「……な? クラウド」

「……ふん、わかったよ」

 それでもまだ不満そうな様子だが、家出は取りやめになったらしい。

 パジャマのまま、もう一度、テーブルに着くと、今度はおとなしくオムレツを食べだした。

 ……ホッと一息だ。

 

 大きなスプーンで、黄色いそれを口に運ぶ姿は、なんだかとても子供じみていて、端から見ていると可愛らしくさえもあるのだが、性格は癇癪玉だ。いつ導火線に火がつくかわからない。

 もっとも、最近クラウドが怒り出すのは、もっぱらさっきのような、ささやかな事柄ばかりなので、セフィロスのことで消沈している姿を見ていた頃よりずっといい。

 

 ……クラウドがこの家に来て、早くも一ケ月が過ぎる。

 これまでずっとひとりで過ごしてきたオレだったが、彼の居る風景に徐々に慣れてきていた。

 

 そんなときだったのである。

 シドから朗報がもたらされたのは。

 

「クラウド、食事を終えたら出掛けるぞ」

「……? なに、今日、どっか行くの?」

 『まだ少しは怒っているんだぞ』というような表情でそう訊ね返すクラウド。

「ああ、マーリンの家へ」

「昨日も行ったじゃんかよ。ヤなんだよね、あそこ。狭っ苦しいところにゴチャゴチャ集まってて。女どもはうるさいし」

「そういう言い方をするもんじゃない。おまえのことは、皆ずいぶんと心配していたんだぞ」

「……頼んだワケじゃないもん」

「とにかく今日は来客があるからな。準備をしたらすぐに向かうぞ」

 雲行きが妖しくなる前に、言葉をまとめた。

 

「……来客? だれだよ、かしこまって」

「はは、かしこまるような相手じゃないんだ。……ソラが親友を連れてホロウバスティオンにやってくる」

 そう答えると、クラウドがマリンブルーの瞳を瞠った。

 

「ソラが……」

「ああ。……おまえはいつから会っていないんだ?」

「……一年前」

「そうか。あの年頃は身長が一番伸びる時期だからな。見違えたぞ」

「へぇ……そりゃ楽しみだな。……親友って……逢えたんだ……アイツ」

「ああ、頑張ったんだな。……たいしたものだ」

「……うん」

 クラウドが笑った。

 やはり彼の笑顔は綺麗だった。

 

 俺がそれを正直に告げると、やはり彼は真っ赤になって「恥ずかしい!」と怒り出すのであった。