〜Third conflict〜
 
<2>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 クラウドの食事が終わるのを待ち、俺たちは連れだって家を出た。
  
 今日は急ぐわけでもないので徒歩で行く。

 

 もっとも、マーリンの家まではゆっくり歩いても20分程度の距離だ。やわらかな日差しの中、足をすすめるのも悪くない。

 

 彼の機嫌はもうすっかり直っていた。基本的に気分屋なのだろう。

 そういうところが扱いにくくもあるし、可愛らしいような気もする。やはり年下なのだな、と感じるのだ。

 

 クラウドの歩みはずいぶんとゆっくりだ。

 特に何か話しかけてくるわけでもなく、ふらふら辺りを見回しながら歩いてゆく。俺はどちらかというと、目的地に向かってまっすぐ進むほうなのだが、クラウドは歩くことそれ自体を楽しんでいるようにも見える。

 

 ……ああ、そうだ。

 途中にあるドラッグストアに寄らなければ。

 今朝方の騒々しいやり取りを思い出したのだ。

 

 俺自身はあまり物事に頓着しない方だが、クラウドはそうではないらしい。いや、彼の場合、こだわる部分と、無関心な部分のギャップが激しいのだ。

 部屋の整頓や資料整理などは苦手……というか関心がないらしく、数日前の着替えがそこらに放ってあったり、読みかけの本が、付箋も貼らずに開き伏せされていたりする。

 俺はそういった身の回りのこと……殊に自室は使いやすいように、きちんと整頓されていないと落ち着かない方だ。もちろん潔癖性というわけではないが。

 

 クラウドがこだわるのはさっきのような事柄……口にするのもはばかられるが、避妊具だの何だの……ああいったこと。

 自惚れた言い方をさせてもらえば、俺との関わりのある物事については、ひどく敏感で、彼の口にしたことや希望を忘れていたりすると、地団駄踏んで怒り出す。きっとないがしろにされているように感じてしまうのだろう。

 決してそんなことはないのだが、俺はあまり気の利いた方ではないし、日常の多忙に取り紛れて失念することもある。

 そうなると……まぁ、今朝のような出来事が発生するわけだ。

 

「……オン」

 

「ねぇ、レオンってば」

 急に側近くで声が聞こえて、俺は物思いから引き戻された。もともとひとりで思索する性格なのだ。つい、ふと、自分の考えの中に埋没してしまっている時も多い。

 

「……あ、ああ、何だ?」

「どうしたんだよ、ぼけっとして。まぁ、アンタが惚けているのはめずらしくないけど」

「……ああ、おまえのことを考えていた」

 俺は正直にそう告げた。途端に顔を真っ赤にするクラウド。

「な、なんだよ、ソレ! 言っとくけどな! そんなこと言って機嫌取ろうとしてもダメだからッ! 今朝のこと、ちゃんと覚えてるから、オレッ!」

「…………?」

「レオンってさぁ、だいたいズルイよね? オレが本気で怒ってんのに、そうやって嬉しがるようなコトバ捜して来てさ。でも、オレ、そんな軽くないから。簡単な男じゃないからね。見くびんないでよね!」

「…………あの」

「だから、なんつーの? そーやって口先だけでごまかそうとしないで、ちゃんとオレの気持ち受け止めて、それに全身全霊で応えるようなさ……そういう態度が欲しいワケ」

「…………」

「あ、ちょっ……全身云々とか言ってもそーゆー意味じゃないから。変な意味じゃないからね? 勘違いしないでくれよな!」

 ツンと顔を背けるクラウド。チョコボの尾のようなトンガリがひょいと一緒に動く。

 

「いや、あの、そこの角、曲がるぞ」

 そういいながら、腕時計に視線を落とす。

「…………アンタ、今の大事な話聞いてた?」

「ああ、聞いてた聞いてた」

 俺は適当に頷いた。ドラッグストアに寄るとなると、約束の時間にギリギリだ。

「ホント?」

「ああ、全身が大事なんだろう」

「そこだけかァァ!」

 頭一つ低いところから怒鳴りかかるクラウド。

 

「ああ、クラウド、時間がないが、ドラッグストアに寄って行こう」

「……ハァ? ドラッグストア? 何か用があんの?」

 ふて腐れたように訪ね返してくる。やれやれ、自分で不満をぶちまけたくせに。

 早足で歩く俺の後を、面倒くさそうに付いてくる。

 『すぐに済むから』と了承をとって、店内に入ると俺はさっさとレジに向かった。

 

「すまないが、これをストロベリーフレーバーに取り替えてくれ。それからもう一箱追加で頼む」

 先日のレシートと、一箱分の料金を添えて差し出す。

 愛想のよい女性店員が快く承知してくれた。幸いちょうど入荷したところだと言う。

 

 ……ホッとした。

 また別の店を回らなければならないとなると、さすがに手間だ。

 カウンターにはそれらしきものがすぐに置いてあり、慣れた手つきでさっさと中身の見えない紙袋に包んでくれた。

 

「よかったな。これでいいんだろう?」

 俺はすぐ後ろに立っているクラウドに声をかけた。

 だが、彼は岩のように、無表情で硬直している。

 ついさっきまで、だらだらと文句をつぶやきながら、後ろからくっついて来ていたはずなのに。

「用事はこれだけだ。急いで行くぞ」

「…………」

 無言のまま後をついてくるが、店が見えなくなったところで彼は爆発した。 

 

「ちょっ……ア、アンタってどうしてそうデリカシーが無いんだよッ! オ、オレの目の前で……ッッ!」

「……え? だが、おまえがコレがいいと……」

「この無神経ヤロウ! レオンのバカーッ!」

 

 『レオンのバカーッ』という罵声が、マーリンの家まで響いていなかったことを、俺は切に願った……