〜Third conflict〜
 
<5>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

 さて、こうしてはいられない。

 こちらからの申し出とはいえ、予想外の展開なのだ。

 とりあえず、ソラとリクの横になれる場所を作らなければならない。

 空き部屋がひとつあるが、そこは書庫にしてしまっている。申し訳程度に置いてある応接セットにも本が山積みになっている状態だ。

 だが、そこならば二組のソファをソファベッドに折り倒し、布団を運び込めば、十分使用に耐えるはずだ。

 ……まずは本をかたづけなければ。

 

「すまない、ふたりとも。少しここでゆっくりしててもらえるか。ああ、なんなら先に風呂を済ませてしまってくれ。眠れる場所を作るから」

「あ、いや、それなら俺も手伝うよ」

 すぐに、そう申し出るリク。

 そんなやり取りをしているところ、クラウドが割って入ってきた。

 

「なんでよ。レオンの部屋、提供すりゃいいじゃん。アンタの部屋ってパソコンくらいしか置いてないし、ベッドひとつ運び込むくらい余裕だろ」

「……ま、まぁ、それはそうだが……では俺はどこで寝ればいいんだ?」

「仕方ないから、オレのところに居候させてやるよ」

 ひどく偉そうに宣うクラウド。

「え……い、いや……だが……」

「遠慮すんなって。オレの部屋ってアンタんとこより広いじゃん? しばらくの間なら置いてやるよ」

「…………」

 邪気のない物言いに、脱力する俺。

 そして、俺の後ろに隠れるようにして、リクが吹き出すのをこらえていた。

 

「いや……クラウドの部屋は……その……おまえ片付けとか……ほとんど……」

「なぁに?」

 またもや猫のような大きな目でにらまれる。

「置いてやるんだから、ちょっとばかり掃除すんの、手伝ってね。そーいうわけで少年たち、お風呂に入ってきなさい。お兄さんたちは準備があるから」

「ははは、そうだな。じゃ、『お兄さんたち』の好意に甘えようぜ、ソラ」

「うん。風呂一緒に入ろうぜ、リク」

 そういうと、先ほど教えておいたバスルームにふたりが姿を消した。

 

 ……資料解析をするよりも、遙かに疲労しているおのれに気が付いた……

 

 

 

 ★

 

 

 

 ゴミを捨て、着替えをすべてランドリーに放り込み、クラウドの部屋は一時的に元の姿に戻った。

 ……そう、ゲストルームとしての本来の姿に。

 

「いやー、綺麗になったなァ! やればできるな、オレも!!」

 いっそ清々しいほどに、邪気のない悪魔の物言いだった。

 クラウドはほとんど見ていただけで、「あそこ汚なくね?」とか言っていただけだったのである。

「…………」

「なに、シケたツラしてんの?」

「……いや」

 俺は力無く答えた。

 

 すると、さきほどの居間がにぎやかになった。ふたりが風呂を済ませてきたんだろう。

「お、ガキども、上がったようだな。オレも風呂入ってくる」

「ああ、行ってこい」

「オレ、風呂上がったら、ポカリな。麦茶、嫌い」

「……ああ」

 畳んだばかりのパジャマを引っ張り出して、クラウドは姿を消した。

 ヤレヤレだ。

 

 だが、まぁ、クラウドの提案に従うのも悪くはなかった。

 ……というか、実は、俺も一考していた案である。

 さっきも言ったとおり、クラウドの部屋はこの小さな家の中では、ずいぶんとマシなゲストルームなので、置いてある家具もよいものなのだ。

 今、腰掛けているソファも、ソファベッドになるものだが、他のものよりずっと大きい。長身の俺でさえ、きちんと収まるだけのスペースがある。

 ならば少年二人を、簡易ベッドを収めた俺の部屋へ止まらせ、俺とクラウドがゲストルームを使う。

 とても、すんなりとした案だ。

 

 ……こんな大仕事をさせられるのでなければ、の話しであったが。

 

 今度はひどく散らかす前に、こまめに片づけをさせることにしようと思う。

「……年齢の割にずいぶんと子供じみたヤツだ……」

 つい、そんなつぶやきが口をつく。

 だが、表情のない仮面を被って、人と交わらない彼を見ているよりも、ずっと……ずっといい。

 少しずつ、少しずつかもしれないが、彼からセフィロスの存在を消していきたい。その名に怯えたり、姿に恐怖することがなくなるように……クラウドを彼から解放してやりたい。

 

 ああ、いかん。

 また、物思いに沈んでいた。クラウドがここに来てから、ひとりで過ごす時間が極端に減ったせいか、こんなときには気が付かない間に考え事をしている。

 俺は、ソファに枕と布団を用意すると、居間に戻った。

 

「レオン、ここ風呂デカイな! おれたちふたりでも余裕で入れた」

 すぐにソラが言う。

「ふぅ……なんか人心地ついたってカンジだな……」

 とリク。

 

「あー、あちっ〜、レオン、ポカリ」

 と、クラウド。彼の方はたった今上がってきたところだ。

 彼は風呂が早い。すぐにのぼせてしまうのだ。

 

 冷蔵庫からスポーツ飲料を取り出すと、クラウドに渡してやる。

 濡れた髪をタオルで拭っているが、不思議なことに、クラウドのトンガリは濡れてもしょげないのだ。いつでもチョコボの尾のように、ツンと立っている。

 

「レオンとクラウドもふたりで入ればいいのに」

 ソラが言う。

「ああ、さすがに大人ふたりはきついな。おまえももう少し大きくなるとキビシイと思うぞ」

 ぽんとソラの頭に手を置く。

「ちぇ〜! おれもずいぶん伸びたと思ったのに、リクすごいんだよ。ホント、信じらんないくらい伸びたよなぁ!」

「まぁな。俺、好き嫌いないしな」

 意地悪く微笑んでリクが言う。

「おれだってもう無いぞ!」

「レオン、ソラは生野菜の苦いヤツがダメなんだ。ほら、セロリとかそういうの」

 くすくす笑いながらリクが小声で告げ口した。そんなふうに笑うと、おとなびた面差しが少年のそれに変わる。

 

「ははは、そうなのか。なんだかソラとクラウドはよく似ているな。彼もけっこう苦手なモノがあるしな。なぁ、クラウド?」

「……え、あ……ま、まぁな」

「どうした、クラウド? 顔が紅いぞ」

 なぜか風呂から上がってきたときより、真っ赤な顔をしているクラウド。

「湯あたりしたんじゃないのか? 大丈夫、クラウド?」

 ソラがソファを空けて、座るようにすすめてやる。

「あ、いや、平気。部屋行って休むし。おまえらも今日は早く寝たほうがいいぞ。疲れてるだろうしな!!」

 妙に早口にそういうと、彼はタカタカと行ってしまった。

 いつも、いつまでも居間でゴロゴロしていて、注意されてようやく部屋に戻るのに。

 

「……? おかしなヤツだな。じゃ、ソラ、リク、さっき案内した部屋を使ってくれ。俺も風呂を済ませてくる」

「うん」

「あ、レオン。昼に言っていた資料は……」

「ああ、デスクの上に出しておいた。だが、クラウドの言うとおり、今日は疲れているだろうし、早めに寝ろよ」

「ああ、ありがとう」

 ……まったくしっかりした少年だ。17才になると言っていたが。

 俺があの年頃のときは、とてもあんな風ではなかった。おのれの置かれた状況を、そして為すべきことを、客観的に思考する余力すら持ち合わせていなかった。

 

 落ち込みそうになったとき、わがままクラウドの顔が頭に浮かんできた。

「……まぁ、まだマシかな」

 と、本人に聞かれたら血を見ずには済みそうもないセリフをつぶやき、俺はバスルームへ入った……