〜Third conflict〜
 
<6>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

 

 風呂から上がると、時計は22:00を指すところだった。

 なんだかんだと時間が経っている。

 もちろん、居間には誰もいない。ふたりとも部屋へ引き上げたのだろう。年若いから自覚が少ないのかもしれないが、肉体の疲労は身体を酷使するだけが原因で蓄積されるものではない。精神の疲労やストレスなど、すべてのものが体調に反映されるのだ。休息をしっかりと取ることも、剣士としては重要な要件である。

 

 今日はもう休むことにする。

 眠りに着くにはやや早めの時間だが、クラウドも既に寝ているかもれない。

 足音に注意しつつ、クラウドの部屋の扉をそっと開いた。

 案の定部屋の電気は消えていて、サイドボードのランプだけがにぶいオレンジの光を放っていた。

 

 そっとセミダブルベッドを覗き込むと、クラウドが心地良さげに眠っていた。

 こんなときの彼の面差しは、本当に健やかで安らかで、とても可愛らしい。

 ……ああ、よくよく考えてみれば、年下とは言ってもゆうに20才は越えている大人の男に『可愛い』はあんまりかもしれないが、クラウドは童顔だし、目元だけ桃色の白い肌は、幾分少女めいていて、彼をいっそう実年齢よりも幼く見せていた。

 

 他意もなく、白い額に口づけし、俺は簡易用のソファベッドにそっと身を滑り込ませる。

 幸い、クラウドは身じろぎひとつしない。起こさずに済んだようだ。

 

「……レオン?」

 ……と、思った途端に、彼に声を掛けられ、少し驚いた。

 

「あ、ああ、すまない。起こしたか?」

「……ううん。起きてた」

 そうだったのか? ……じゃ、さっきまで寝たふりをしていたとでもいうのか?

 きっと俺は珍妙な顔つきで彼を見つめていたのだろう。弁解するようにクラウドが口を開いた。

「違うよ、別にフリしてたんじゃないよ。なんかこう流れ的に……」

 ……全然意味がわからない。

 だが、深く訊ねる必要もないだろう。ささいなことだ。

 

「ああ、そうか。じゃあ、おやすみ、クラウド」

 俺はそういうと布団に潜り込んだ。

 

 ……明日は、リクの話しを聞いておきたいところだ。向こうは資料を読んでからと思っているかも知れないが。口頭で解説しながらならば、より理解も深まるだろうし、時間も短くて済む。

 

「……オン」

 

 とりあえず外出の予定はないから、一日付き合ってもらえればありがたい。そして出来ることなら、クラウドはどこかに出掛けてもらえれば、よりいっそう進捗状況は良好になるだろう。

 

「……レオン」

 

 いや、それより、城に連れて行って、アンセムの私室を見せた方がいいだろうが……

 

「レオンってば!」

「……え? あ、ああ、クラウド?」

「『クラウド?』じゃないよ……何してんの、アンタ?」

 ……何……と言われても。

 ソファベッドで眠っているだけなのだが。

 『何、考えてる』と言われれば、いろいろと思索していたという答えになる。

 

「いや……横になっているだけだが……」

 俺はそのままを答えた。

「……なんで、そっちで寝るんだよッ」

 小声で叱責する。

「……は?」

「さっき、おでこにキスしたじゃん!」

「あ、ああ……いや、とても可愛らしく見えたから、つい……すまない」

 正直にそういうと、暗がりでもはっきりとわかるように、クラウドがカーッと頬を上気させた。

「ちょっ……なに謝ってんのッ? だ、だったらさッ! なにもそっちに行くことないだろッ!」

「…………?」

「空気読めよ、空気ッ! 流れっつーか!」

 ……何も流れてはいないと思うのだが。

 

「こ、こっち入ってもいいぞ。ほ、ほら、広いしな、このベッド。セミダブルだろ」

 それはそうだ。

 客間のこの部屋のベッドは、男二人で横になっても十分な余裕がある。だがクラウドに半分譲れと申し出ても、素直にそうしてもらえるとは思わなかった。

 こちらとしても背中の痛くなりそうなソファベッドよりも、広い寝台のほうが助かる。

「いいのか?」

「も、もちろん」

 と、クラウド。

「すまないな」

 俺はありがたく好意に甘えることにした。

 クラウドが少し壁際に寄ってくれる。その隣の空きスペースに邪魔にならないように身を滑り込ませた。

「電気消していいか?」

「あ、う、うん」

 サイドテーブルのランプを消すと、室内は足下を淡く照らすダウンライトだけになった。カーテンの隙間から淡く月明かりが差し込む。

 ……今日も一日が終わる。

 俺はそっと双眸を綴じ合わせたのであった。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「……スー……」

「……!! おい……ちょっ……レオン?」

 うつらうつらとしたところで、いきなりクラウドに声を掛けられる。

 なぜか非難がましい声音で。

「……ん? あ、すまない、ぶつかったか?」

「ち、違うよ! ……ア、アンタ、何いきなり爆睡してんの?」

「……ああ、まぁ、早い時間だがな。寝ようと思えばいつでも眠れる」

 そう答える。これは特技でもあるのだ。

「……キスしたじゃん。アンタから……」

「……? え? あ、ああ……」

「…………」
 
「……それが、なにか?」
 
「…………」
 
「……クラウド?」

「……し、したかったんじゃないの? オレと」

 …………?

 ……あ……ああ……なるほど。

 そういう意味合いにも取れるのか。

 

「ああ、いや、違う。他意はなかった。ただなんとなく……ブッ!」

「『違う』ってなんだよ!『他意はなかった』って!!」

 油断していたところ得意技の枕攻撃を喰らった。

 クラウドは武器にできるものは何でも使うのだ。

「……い、いや……あの……」

「アンタって人のことバカにしてんのッ? ずっと起きて待っててやったのにッ!」

 ……ここで「どうして?」なんて聞こうものなら鉄拳制裁が待っている。

 俺は無難に口を噤んでいた。

「さっき、キスしてきたから、『ああ、やっぱ』って思ったのにッ! これじゃ、オレだけ勝手に期待してた、やらしーヤツになっちゃうじゃんッ!」

「い、いや……そんなことは……」

「…………」

 紅い顔をして俺をにらみつけるクラウド。

「……レオン、オレのこと……ホントに好きなの? 全然……アンタからそういうの……ないじゃん……」

 ……まずい。

 ここで泣かれたり、落ち込まれたりするのは本当にまずい。

 ようやく身体の傷も癒え、日常にとけ込めるようになったのに……クラウドは感情の起伏が激しいのが不安材料だ。

 

「い、いや……おまえの身体に……負担がかかるだろう?」

「…………」

「……それに……今日はダメだ。となりの部屋にソラとリクが居るんだからな」

「……いいじゃん、別に」

「い、いや、それはまずいだろう。相手は子どもなんだぞ?」

「オレがあれくらいの年は、やりたい盛りのやり放題だったよ」

 ……セフィロスとだろうか。

 もちろん口に出して、そんなことは絶対に訊かないが。

 

「……オレ、自信無くなっちゃうよ……レオン、オレのこと何とも思ってないんじゃないの? 同情してただけで……」

 ……何とも思っていないわけではないが、積極的に性行為の対象と見ていないだけなのだが……同情していた、というのは間違いではないと思われる。

「いや……大切な人間だと……」

「レオンの言い方は抽象的過ぎんだよッ!」

 叩き付けるようにクラウドが怒鳴った。

「しっ……! クラウド、となりに聞こえるッ!」

「なんだよ、もう! 世間体ばっか気にしやがってッッ!」

 ……いや、世間の目というのも、多少は気にすべきだと思うが。

 

「……違う、そうじゃない、クラウド」

 俺はすぐさま否定した。ここはそうすべきところだろう。

「オレより、女のほうがいいんだろッ! それとも誰か好きなヤツでも出来たんじゃねーの! 今日だってリクとばっかしゃべりやがってッ!」

 ……おまえは寝こけていたしな……

 そう言いたくてたまらないが、激昂するクラウドに反論してはいけないのだ。さらに感情を高ぶらせ、泣き出してしまうから。

 

「いや、落ち着け、クラウド……」

 ゼッゼッと肩で息をするクラウド。髪を撫で軽く背を叩いて宥めてやる。

「いつも言っているだろう……おまえのことは、誰よりも大切に思っているから……」

「…………」

 涙のにじんだマリンブルーの瞳で、じっと俺をにらみつける。

「……クラウド?」

「オレ……レオンのこと好きなんだよ? レオンもそうなら……もっとオレのこと欲しがってよ……オレばっかだと……切なくなるよ……」

 ズキンと胸が痛くなる。

 いや、違うんだ……

 俺だって、普通の男なんだから……身体の欲求がないわけではなくて……

 

 だが……『欲求』だけならば、無理にクラウドを相手にしなくても、ひとりでも処理することができるし……もともと淡泊な上、彼の身体に負担を掛けるのは、どうしても気が進まなかった。

 

 

 俺は小さく吐息すると、彼にささやきかけた。

「……クラウド……声……出さないでいられるか?」

 あきらめの混じった口調にならないよう気を付けてそう訊ねる。

「え……? あ、う、うん……」

「……我慢できそうになかったら途中でそう言うんだぞ」

 噛んで含めるようにそう告げると、俺は未だに息の早い彼の身体を抱きしめ、桜色の口唇に口づけた。