〜Third conflict〜
 
<9>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 翌日……

 さすがに身体の疲れが残っているような気がしたが、それは俺などより、クラウドのほうだろう。

 案の定というべきか、いつも通りというべきか、彼は俺の傍らで、スースーと規則的な寝息を立てたままだ。

 胸元や脇腹に微かな鬱血の後が残っているのを見取って、俺は少しばかり反省した。

 

 彼を起こさぬよう、そっとベッドから滑り降り、素肌にそのままガウンを引っかける。

 ……着替えは……ああ、乾燥機に放り込んだままだ。アイロンを掛ける必要のないシャツだが、きちんと乾いていてくれればよいのだが。

 

「……おはよう、レオン」

 居間の扉を開けると、驚いたことにリクが居た。しかも寝間着ではなくきちんと平服に着替えている。やましいことがあるせいか、ビクリと背が震える俺であった。

「あ、ああ、ずいぶん早いな、リク」

「ああ、目が覚めちゃって。先にバスルーム使わせてもらった」

「あ、いや、それは全くかまわないんだが……朝っぱらから、そんなものを読んでいるのか?」

 ついついそんな言葉が口をつく。

 彼は、昨夜渡したはずの、シークレット資料を読み続けていたのだ。

「何もそんなに根を詰める必要はないだろう?」

「ははは、別にそんなんじゃないよ。早くに目が覚めちゃったからね。ベッドで読んでてもよかったんだけど、ソラが眠り込んでるから」

「あ、ああ、そうか」

「あいつは昔からネボスケなんだ」

 クスッとリクが笑った。

「ふ……ああ、そうなのか。じゃ、俺もシャワーを済ませてくるからな」

 そう言い残して、さっさとバスルーム入った。

 頭から熱い湯を浴びて目を覚ます。

 髪を洗い、昨夜の汗を流し、少し滲みるくらい、ゴシゴシと身体を洗った。クラウドではあるまいし、いつまでも余韻に浸っているわけにはいかない。

 

 着替えを済ませて、居間に戻るとリクはさきほどと同じ姿勢でページをめくっていた。

 

「やれやれ、おまえは案外、学者とか……向いてるかもな」

 そう声を掛けると、彼は淡く笑った。整った容姿が少しだけ幼くなる。

「う〜ん、どうだろう。ただ、けっこうひとつのことに集中しやすいかもな。そうなると周りのことが気にならなくなる」

「ああ、やっぱり典型的な学者タイプだ。ソラとは大違いだな」

「そりゃ違うよ。ソラと一緒にされちゃかなわない」

「ははは、ひどいこと言ってるな。さて、先に朝飯にするか? 腹減っただろ」

「そうだな。でもソラはそろそろ起きてくると思う。クラウドは?」

 そう聞き返すリク。

 

「……彼はいつも朝が遅いんだ。大抵別に作って食べさせている。好き嫌いも多いしな」

「レオン、面倒見いいな。ソラの言ったとおりだ」

「そうか? ああ、まぁ、どちらかというと、人に期待するより、自分でやってしまったほうが気が楽とは思うかな」

「俺と同じだ」

 そう言うと、リクは「アハハ」と声を立てて笑った。なんとなく彼には親近感のようなものを感じる。

「では、クラウドの分だけ別にして、三人分作るか」

「あ、俺、手伝うよ」

「いや、いい。客人なのに」

「気使わないでくれ。かえって心苦しく思ってしまう。こう見えても、けっこうレパートリーあるんだぜ」

 そういいながら、俺の隣に並ぶリク。目線は少し下になる。

 手際よく野菜を洗い、卵を処理してゆく。

 

 ……彼との同居だったら、ざそかし楽だろう……と感じると同時に、わがままクラウドの顔がひょこんと浮かんできて、俺は苦笑した。

 

 

 

 

 その後、すぐにソラが起きてきて、三人で食事を済ませる。

 クラウドはまだ目覚めない。そんなつもりはなかったのだが、昨夜はかなり無理をさせたのだろう。

 

「クラウド、すげー寝坊」

 ソラが言う。自分もつい先ほど起きてきたばかりなのに。

「ああ、彼は低血圧なんだ。朝が弱い。まぁ、もうしばらくしたら起きてくるだろうから……」

「つまんないの」

 ブスッと口をとがらせると、もともと年齢よりも幼く見える彼の顔がさらに子供じみて映るのであった。

「リクはさっきから書類ばっか見てるし」

「できればソラにも手伝って欲しいんだけどな」

 リクがコーヒーを啜りながらそう言った。

「だって、つまんないもん。そんなの読んでも」

「面白いものじゃないけど、けっこう知らなかったこと書かれてるぞ。逆に言えば、こいつに書かれていること以外の話をすれば、お互いかなり補完できるってことになるよな、レオン」

 唐突に振られて、俺は急いで頷いた。

「あ、ああ。そうだな」

「だったら、リクがわかった後で、おれに教えてよ」

「相変わらずだなァ、ソラは」

 ふたりの言い合いを端から眺めつつ、俺はクラウドのことを気にしていた。

 

「……あ、レオン。これ、ここで終わっちゃってる」

「ん?」

「これ……」

 そう言われ、読みかけの書類を見せられる。

 

 ……しまった!

 この部分はメインCPから抽出していない。以前も言ったが、メインCPには不具合が生じている。それゆえ、必要なデータは直接抽出した後、他でスキャンしてから落としているのだ。

 うかつだった……ここのところ慌ただしい毎日を送っているせいか、つまらないミスをしでかしてしまった。

 

「ああ、コイツはまだ落としていないな……メインからCDに引っ張って、スキャンかければ、すぐにでも見られるが……」

「メインっていうと、メインCP? 城の中枢部にあるんだったよな?」

「……ああ。すまない、リク。先に他の資料を読んでいてもらえるか? ひとっ走り行って取ってくる」

 俺はそう言った。

「え? 別にいいよ。そんなに急がなくても……」

「いや、その分のデータもけっこう重要なことが書かれているんだ。時間が惜しいし、城に案内するのは、あらかたの資料を読み終えてもらってからのほうがいいと思う」

「……ああ」

「なに、バイクで飛ばせば、一時間もせずに戻ってこられるだろう。すまないが、その部分を飛ばして先を読んでいてくれ」

「わかった」

「それから、クラウドが起きてきたら……ああ、まぁ、まだ大丈夫かな……」

 時計を眺めつつ、そう判じる。

「いいよ。彼が起きてきたら、食事、温めて出すから。大抵のことはできるから、俺」

「すまない、よろしく頼む」

 リクに後のことを頼むと、バイクに飛び乗り、俺は一路城に向かった。