〜Third conflict〜
 
<10>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 城門前のエリアからは、バイクではすすめない。

 このあたりは、起伏が激しく湿度が高いせいか、天候不良が発生すると、たちまち工事が頓挫してしまうのだ。

 

 町はずれに路駐し、俺は急ぎ足で城に向かった。正門を通りすぎ、すぐさま裏入り口へ足を進める。

 

 長い廊下を過ぎ、アンセムの私室に到着する。

 部屋の電気を付け、一応、ぐるりと室内を見回し、メインCPルームへつづく道へ移動した。

 リモコンの端末を入力し、解錠する。

 

 ここはメインCPルーム。

 無機質な機械部屋だ。

 シドはともかく、女性陣などは、この冷ややかな雰囲気を好まないようだが、俺などにとっては、むしろスッキリとしていて居心地がいい。メインCP始め、他の端末も文献資料も、機械的に整理整頓されている。

 もっとも現在は読解分析のために、引き抜かれている部分もあるから、歯抜け状態になってしまってはいるが。

 オレは、メインCPのシートに腰掛け、真新しいCDを挿入した。ウィルスチェッカーが働き、問題がないと判定した上で、ダウンロードしていってくれる。

 しばし、待ちの時間だ。

 

 手持ちぶさたの時間は、ついつい考え事をしてしまう。

 昨日の今日のせいか、どうしても脳裏に浮かんでくるのはクラウドの姿だった。

 

 最初は、無愛想だが優れた剣士と目に映った。いや、そう思っていた期間が一番長かったと思う。

 そして、闇の淵でズタボロにされた彼を助け……セフィロスと対面した。

  

 腰まで届く銀の髪……恐ろしいほどに整った造形……笑うと薄い口唇がうっすらと朱味を帯び……凄絶な印象が強まった。

 

 クラウドを家に連れ帰り、傷の手当をして……彼の話を聞いた。

 自らの性癖……セフィロスとの関わり……そして、彼が俺のことを特別に思っているという……告白。

 未だに、自身が同性に嗜好があるとは思っていないが、クラウドだけは特別らしい。

 ああ、そうはいっても、彼に対して、いわゆる性愛といったような……肉体の欲求を強く感じることはなかった。そう言った意味合いでは、俺の性的嗜好はノーマルなのだろう。

 だが、恋情は感じずとも、クラウドへの愛情は本物だと自認している。

 

 微笑みかけてくれたとき……そして今朝のように彼の微睡みを眺めているとき、その思いはより強まる。

 これまで、過酷な生を辿ってきたクラウド……だからこそ、今のこの平穏を守ってやりたい。俺が側にいることで、彼がこのまま幸福だと感じてくれるのなら、ずっと望むようにしてやりたい。

 もし、それを阻害するものがいるのなら、俺は死力を尽くして戦うだろう。

 

『ピッピッピッ……データ保存、終了。』

 事務的な音声が、ダウンロードの終了を告げる。

 物思いから引き戻され、俺は小さく吐息すると、トレイからCDを抜き取った。きちんとケースに収納し、懐に入れる。

 さて、これで用事は済んだ。

 いずれ、リクにもこの場所を案内してやらなければならない。

 

 俺は早々にCPルームをクローズし、アンセムの私室に戻った。

 そこでも資料の一部を失敬してゆく。リクに渡すものではなくて、これから読解・分析しなければならない分だ。

 一通り室内を点検し、俺はきびすを返した。

 

 ……いや、返そうとした。

 

 鼻腔をくすぐる不穏な匂い……

 ……血……?

 

 間違いない、血のにおいがする。

 こんなところで……?

 

 俺はすぐさま、アンセムの私室に戻り、デスクの下、巨大な書棚を点検する。考えにくいが、怪我をした小動物が紛れ込んだのかもしれない。

 さきほどのCPルームでは、そういった気配はまったくなかった。

 

 私室のつづきに寝室がある。

 そこの鍵は、デスクに保管してあり、外部から侵入する方法などないはずだ。

 ありえないことだとは思うが、俺は一番下の引き出しから、キーケースを探り出すと、静かに寝室の鍵穴を回した。

 

 ギィィィィとにぶい音がする。建て付けが悪くなっているのだろう。

 ……無理もない。

 主が姿を消してから、一度も使われなかったであろう部屋なのだ。

 アンセムの私室にも言えることだが、無機質なコンピュータールームとは異なり、私室も寝室も、非常にクラシカルで趣のある作りになっていた。その点においても、彼が貴族的だという印象を強めているのだ。

 

 ……さらに血のにおいが強くなる。

 俺はそっと背からガンブレードを引き抜き、後ろでに隠したまま、歩みを進めた。

 

 ……不穏な血臭の源は一目瞭然であった。

 

 巨大な寝台の上に、うずくまる影……

 横になっているわけではない。壁を背に寄りかかり、両足を投げ出している。

 

 カーテンを引き、陽光を遮断した部屋……そのほの暗い空間に銀糸がキラキラと輝いている。

 

 ……セフィロス……

 

 ただでさえ、白皙の相貌といった風情が、今は死人のように蒼みがかっていた。

 長い睫毛が、綴じ合わせた瞳を覆い、長い銀の髪が、額と頬に張り付いている。 

 ……そして脇腹の出血が、白いシーツを鮮やかな朱に染めていた。

 

 意識があるのなら、俺が入ってきたことに気が付かないはずはない。

 

 ……死んでいる?

 一瞬、俺はそう思った。

 気を抜かぬまま、一歩、二歩と寝台に近づく。

 とうとう俺は、ベッドサイドまで歩みをすすめてしまった。それでも彼は目を開けなかった。