〜Third conflict〜
 
<11>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

「……おい」

 静かな声で呼びかける。

 ……やはり反応がない。

「……セフィロス?」

「…………」

「おい、セフィロス……!」

「…………」

 ピクリと瞼が揺れたような気がした。細心の注意を払って、側近くに寄る。俺は軽く肩に手を添え、黒い長身をそっと揺すってみた。

 

「……セフィロス!」

「…………ッ」

 喉の奥で、息を飲む音が聞こえた。氷の瞳が徐々に開かれてゆく。

「……おい?」

 俺がもう一度呼びかけた時だった。

 彼の切れ長の双眸がカッと見開き、背に片方だけの黒い羽が現れた。

 バサバサと大きく羽ばたき、その拍子に黒い羽が飛び散った。

 

「……貴様は……」

 爛々と瞳を輝かせ俺をにらみつけ、掠れた声で言葉を紡ぐセフィロス。

 ……ひどく警戒している様子だ。

「……ああ、フフ……ホロウバスティオンの英雄……久しぶり……だな」

「……レオンだ。この傷は……?」

「フン……油断した」

「……おい?」

「……キーブレードの勇者……なかなかやるではないか。……面白い技を使う。……子どもだと思って甘く見すぎた」

 ……ソラか……

 確かに、ソラならば可能性がある。

 光に守られたキーブレードの勇者……闇の具現であるセフィロスにとっては仇敵になるのだろう。

 彼自身の強さと、彼を守る者たちの念……そして勇者の証のキーブレード。

 

「……フ……なんて顔をしている」

「……相手が悪かったな、セフィロス」

「次はこうはいかん」

「無駄なことだ。やめたほうがいい」

 そういうと、彼はアイスブルーの瞳で、ギッと音が出るほどに俺をにらみつけてきた。黒の羽がバサバサと威嚇するようにうごめいた。

 しかし、それも一時のことであった。

 ふぅ……と深く吐息すると、疲労に耐えきれず目を瞑る。そして目を閉じたまま、彼は独り言のようにつぶやいた。

 

「……今なら……簡単に殺せるぞ……」

「…………

「私を排除したいのだろう?」

「…………」

「……どうした? またとない好機だというのに……」

 セフィロスの言葉を無視し、アンセムの私室にとって返す。必要な道具を手にすると、すぐさま、寝室に戻った。

 ツカツカと寝台に歩み寄り、片足を乗り上げる。

 不審げに薄目をあけて、こちらを見るセフィロス。脇腹の痛みのせいだろう。白い額には苦痛の脂汗が浮いていた。

 

「……セフィロス、身体を起せるか?」

「……? ……なん……だと?」

「脇腹の出血を止める。身体を起こして俺につかまってくれ」

 極めて事務的に指示する。

「……なにを言っているのだ……貴様は……」

「血を止めなければ、このまま死ぬのを待つだけだ。それでもいいなら好きにしろ」

「…………」

 

「……動けない」

 ようやく彼は低くつぶやいた。

 無理もなかった。やられたのが昨日だとして、一両日経っている。流血の分量は多くないにしても、止血さえまともにしていないのは致命的であった。

 

「わかった。そのままでいい」

「…………」

「羽を引っ込めてくれ。手当をするだけだ」

 静かな口調でそう言い聞かせると、すっと闇に融けるように黒翼が消えた。

 

 俺は薬箱をベッドの脇に置き、幅広の包帯を取り出す。ガーゼに血止めをたっぷりと塗りつけ、油紙を敷き、当て布を用意した。

 それらをすぐ手に取れる位置に置くと、俺はセフィロスのうずくまる寝台に乗り上がった。壁に寄りかかった彼を引き寄せ、そのまま重力に従って、前倒しになる身体を抱き止める。

 

「……くッ」

 セフィロスが耳元で呻いた。ほんの少し身じろぎしただけで激痛が襲ってくるのだろう。脇腹の深手は左側だ。

 彼の身体を抱いたまま、片手で胸元のベルトを外す。コートの前ボタンをはだけ、傷口に障らないよう、上衣を脱がせた。

「はぁっ……はぁっ……」

 苦しげな吐息が耳元にかかる。しなやかな筋肉のついた広い背……どこもかしこも、人肌とは思えない白さだ。そのせいか、よけいに傷口の血の色が生々しく見えるのだった。

 

「血止めをする。少し痛むだろうが……俺につかまって動かないでくれ」

 そう告げると、さきほど用意した道具をたぐり寄せた。

 じくじくと血がにじみ出した、傷口にガーゼをそっと当てる。セフィロスの身体が緊張し、俺の背にしがみついた彼の指に力が入った。こいつには十二分に血止め薬が塗りつけてある。おそらくそれが滲みたのだろう。

 

「あッ……くッ……」

「すぐに済む。こらえてくれ」

「……くッ……ぐぅ……ッッ!」

「……ぐッ……おい、貴様……わざと酷くしているんじゃないだろうな……」

「それだけの口がきけるのなら上等だ。……動くなよ」

「あうッ……!」

 服地の上からでも、ものすごい力で、ギリギリと背に爪が食い込む。

 グッとガーゼを押しつけ、出血を止める。そこを片手で押さえたまま、俺は、口ともう一方の手を巧みに動かし、彼の胴部に包帯を巻き付けた。

 ようやく手当を終え、患部を確認すると、幸いにも出血は落ち着いたようで、包帯に血が滲んでくるようなことはなかった。

 

「……よし、これでいい」

「……はぁ……はぁ……」

「ちょうどいい場所だ。横になった方がいい」

「…………」

 不愉快そうに押し黙ったままの彼の身体を、そっと引き離し、そのままベッドに横たわらせる。血で汚れたシーツを引きはがし、毛布と羽布団で素肌を覆ってやった。

 

「……おかしなヤツだ、貴様は……」

 未だに、わずかに弾んだ息の中、セフィロスはいつもの低い声でボソリとつぶやいた。

「私は貴様らの敵だぞ……」

「……怪我人を嬲る趣味はない」

「…………」

「……だが、クラウドに手を出したら、その場で殺す」

「……フフ……アレを気に入ったのか」

「そうだ。クラウドを大切に思っている」

 俺はきっぱりとそう答えた。

  すると、彼は「フフン……」と鼻で笑った。いつもと同じ顔で……だが、ほんの少し苦しそうに……

 

「……セフィロス、この前の話の続きだが……」

「……?」

「あれから、熟考してみた。……確かにアンタの言っていることは理にかなっていると思う」

 やや唐突だったが俺はそう切り出した。セフィロスが不可解な面持ちでこちらを見る。

「アンセムという人物が現れ……この星が闇に染まったのは事実だ……そうなるべくしてなった……と言われても反論する材料がない」

「…………」

「だが……今、キーブレードの勇者が現れ、この地を救い、そしてここに生きる俺たちが、星を元の姿に戻すために尽力する……これだとて、『そうなるべくしてなった』歴史の一部だと言えるのではないか?」

「……フ……」

「アンセムが現れたのが歴史の必然なら、ソラがこの地に居ることだって、歴史の必然だ。俺たちはキーブレードの勇者を支援する。……この星のために、すべての生きる人々のためにな」

「……フフ……そうか」

「ああ」

「おまえは面白い男だ……それが答えなら……それもまた……いいのだろう」

 独り言のようにつぶやくと、彼は疲れ切った様子で双眸を綴じ合わせた。もう、会話をするつもりはないというように。

 

 薬箱を寝室に置いたまま、足音を立てずに部屋を出た。

 彼のことだ。多少なりとも回復すれば、後のことはすべて自分でできるだろう。

 

 俺の手に……身体に、セフィロスの肌の感触が残っている。

 

 確かに綺麗な男だとは思うが……ああしていれば普通の人間とさほど変わらないのに……いったい、彼の闇とは何なんだろうか……何故、彼は『ああいう存在』であるのだろうか?

 疑問は尽きなかったが、今はそれどころではない。

 

 クラウドのこともあるし、ホロウバスティオンの将来が掛かっている。しかも現状は一刻の猶予もないような状況だ。

 できることなら、セフィロスが……もう二度と俺たちの目の前に現れなければいいと……そう思う。クラウドのためにも……そしてセフィロス自身のためにも。

 彼がどうしても、クラウドに固執するというのなら、今度こそ本当に、俺はセフィロスと闘り合わねばならない。

 

「……それだけは避けたいな……」

 ぼそりとつぶやき、時計を見る。

 

 あろうことか、すでに2時間近くが過ぎており、俺は大あわてでバイクを飛ばしたのであった。