〜Third conflict〜
 
<13>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

 トントンと扉を叩く。

 返事がない。

 

「……おい、クラウド、入るぞ?」

 どうせふてくされてベッドの中にでも潜り込んでいるのだろう。こいつのやることは子どもと同じなのだ。

 返事がないのをよいことに勝手に扉を開け、中に入る。

 案の定、彼は猫のように縮こまっていて、布団を小山のごとくふくらませていた。相手に不信感をもったり、不安になったりすると彼はよくこういう体勢を取るのだ。

「……おい、クラウド」

「…………」

「クラウド、怒ってるのか?」

「……別に」

 むっつりと言い返す。なにが「別に」、だ。あまりにあからさまな、不満一杯の口調に、俺は思わず吹き出しそうになってしまった。

 

「悪かったな。資料の一部が歯抜けしていたんだ。ひとっ走り城まで行って来た」

「……知ってる。リクが言ってた」

「そうか、ただそれだけだから、機嫌を直して……」

 俺がそこまで言いかけたときだった。

 クラウドが、もそもそと布団の中から這い出してきた。擦れて桃色になった頬、蒼い瞳が少し充血している。布団に潜り込んでいたせいだろう。チョコボの尾のような髪は、ぴょこんとおかしな具合に立ち上がり、年齢より下に見えるクラウドを、さらに幼く見せるのであった。

 じっと俺を見つめるクラウド。最初は怒ってふて腐れているだけかと思ったが、なにやら妙に真剣な表情をし始めたのだ。

 

「……どうした?」

 俺は思わずそう訊ねていた。

 神妙な面もちで鼻をヒクつかせているクラウド。

「血のにおい……する」

 ぼそりと彼はつぶやいた。

「え……?」

「レオン、血の匂い、するよ? ……どうしたの? どっかケガしたのか?」

「いや……」

 否定しようとしてハッと気がつく。

 血の匂い……といったら、『アレ』が理由としか思えない。

「レオン?心当たり、あるんでしょ? なにか無茶なことしたんじゃないだろうな?」

「……いや、何でもない」

「レオン……」

 物問いたげな瞳でまっすぐこちらを見る。

 

「……すまん、シャワーを浴びに行って来る」

 俺は早々に、クラウドの側を離れようとした。

 ……だが、今度は彼が放してくれないのだ。俺はもともと嘘を吐くのが上手いほうではない。というか、有り体に言えばヘタクソなのだ。

 鋭敏なクラウドは、些細なことでもすぐに感づく。ひどく不安そうな面もちで詰め寄られると返事に窮してしまうことも度々であった。

 

「レオン?……ね、レオン? 何かあった?どうしたの?」

「なんでもない」

「だって、血の匂いするよ? ケガしてるんじゃないの? 相手、ハートレスとかじゃないよね。アンタがあんな連中に遅れを取るはずないもん」

 パジャマ姿のまま、腕の服地をギュッと掴み締めて放してくれない。

「……怪我人の手当をしてやっただけだ。その時の血が着いてしまったのかもしれない。俺は何ともない」

「怪我人……?」

「あ、ああ、……親しい人間というわけではなかったが、怪我をしているのを放っておくわけにはいかないだろう」

 やや言い訳がましく、小声でつぶやいた。つい、クラウドから目線を外してしまうのは、どうしても後ろめたさが消せなかったからだ。

 

「……ホント?」

「ああ。ウソをつくようなことではないだろう」

 疑わしそうな眼差しで瞳を覗き込んでくるクラウドに、少しばかりやわらかな口調でそう言ってやった。

「……だって、アンタ……心配かけないようにって……ウソつきそうなんだもん」

「俺が言い訳に困惑している相手はおまえだけだ。PCのウイルススキャンをかけていたら、思ったより手間取ってしまったんだ。……きっと怒ってるだろうと思ってな」

「べ、別に、怒ってないよ」

「でも不機嫌だ」

「不機嫌じゃないもん」

 ツンとそれこそ『不機嫌』そうな顔つきで横を向くクラウド。

 

「やれやれ。とにかく何の心配もいらない。……おまえこそ身体がつらいようなら今日は休んでいろ」

「ん……」

「じゃあ、また後でな、クラウド」

「うん……」

 しおらしく頷くクラウド。

 具合が悪かったり、体調がよくないときだけは大人しい。あまり甘やかすのはよくないと思っているのだが、不安げな様子に、なんでも言うことを聞いてやりたくなる。満足行くように接してやりたいと願ってしまうのだ。

 

「おまえの好きな菓子を買ってきてあるから、気分が良くなったら食ってくれ」

「うんッ」

「じゃ、俺はリクと別室でうち合わせしている」

「…………」

「そんな顔するな、仕方がないだろう、必要な打ち合わせなんだから」

「……別になにも言ってないもん」

「……わかったわかった。じゃあな、お休みクラウド」

「あ、レ、レオン! ……お、おやすみ……」

 部屋を出ようとする俺の前に回り込んで足止めするクラウド。

 困惑する目の前で少しばかり背伸びをしてみせる。まるで子どもが母親の口づけをねだるような仕草だ。

 どうも俺は、まだまだこういったボディコミュニケーションに慣れられないのだが、クラウドはそれがとても好きらしい。こういう小さなふれあいで喜ぶ姿を見られるのは、なんというか、『相手側』としては照れくさいというか……だが、微笑ましい気持ちになるには間違いなかった。

 形の良い唇に、そっと口づけを落とす。

 チュッと音がするのは、彼が吸うからだ。

 

 唇が離れた後、寝癖の残ったままの髪をそっと撫で、もう一度「おやすみ」と言ってやると、彼は素直に、コクンと頷き、ベッドに潜り込んだ。