〜Third conflict〜
 
<14>
 
 スコール・レオンハート<レオン>
 

 

 

 

 

 

 クラウドの顔は少しばかり赤かった。

 

 傷だらけの彼がこの家にやってきて、少しばかり時間が経った。

 これまでの人生があまりに過酷だったせいだろう。不意に訪れた安息の日々に、彼は驚き、おののき、どうすればよいのかわからぬ様子であった。夜になると不安になるようで、寝付けない日も多かったのだ。

 そのたび、俺の部屋へ連れていったり、俺が彼の部屋へ泊まりに行ったり、何度そんな夜を明かしたことだろう。

 外敵から身を守るように、ギュウッと小さく丸まって眠るクラウド。側に居る人間を確認したいのか、俺の夜着を握りしめて放さない白い、綺麗な手…… 桜色の頬がいつもうっそりと蒼く染まっていて、ひどく疲労しているように見えたものだ。

 ここしばらく、そんなこともなくなり、ようやく落ち着いてきたと思ったのに……

 

 とにかく今はセフィロスのことを思い出させたくはない。いずれ過去に対峙し、折り合いを付けねばならぬ時期が来ようが、少なくとも今はまだその時ではないのだ。

 クラウドの部屋の扉を閉めた後、俺は意識的に、自分の身の回りの匂いに注意してみた。

 『血の香り』がするとクラウドが言っていた。

 血の匂い……セフィロスの整った姿態……生温い深紅の血液……

  

 俺自身はひどく鈍感なせいか、クラウドのような感情の起伏は少ない。だが、あのときの光景を思い浮かべると……

 傷ついた身体を投げ出すように、寝台に倒れかかっていたセフィロス。

 ……血の気のない透きとおるような頬……深い影を落とす、長くて美しい睫毛……

 青白い絖のような肌……微かに吐息が弾んでいて……前のめりに倒れてきた身体を肩でささえた。確かな重量感はあるものの、思ったほど重いとは感じなかった。

 それよりもドクンドクンと脈打つ心臓の鼓動が、たいそう新鮮感じたのを覚えている。

 腹に縛り付けた包帯の苦痛に、背に爪を立てられたときも、わなわなと奮える指先が、堪えきれぬように縋ってきた様も、これまで『人』として認識してこなかったセフィロスを、妙に人間くさく……ある意味、身近に感じたものだ。

 

 こういう形ではなく、いずれきちんとセフィロスと話をしてみたい。

 そう思い始めたのは、間違いなく今日の一件がきっかけであった。もちろんそんな簡単なものじゃないとは思っている。

 クラウドに植え付けられた病巣の深さに鑑みても、セフィロス自身の病み方も尋常じゃないのだろう。

 だが、それを理解してやれる人間が居るのならどうだろうか……?

 クラウドにしてやるように、望まれるままに抱きしめて守ってやるような愛情の示し方はできなくとも、クラウドを理解できるということは、セフィロスをわかってやることも可能なのではなかろうか。

 

 ……いや……いやいや、先走りすぎだ、スコール・レオンハート。

 セフィロスは一度たりとも、俺にそんなことを希ってはいない。頼まれるどころか、そんな話をしたことさえもないのだ。今、俺がそんなつまらぬことを口にしても、失笑されておしまいだろう。下手をしたら、無遠慮な問いかけに、さらに警戒を強められてしまうかもしれない。それは得策とは言えないだろう。

 せめてもう少し、彼のことを理解できる機会があれば……彼と触れ合える時間がなければそれは不可能だ。

 

 

「……オン」

 もちろん、クラウドの前でそんな真似をするわけにはいかない。

 もう幾度か……あの男と話し合える機会が欲しい……

「レオン!」

 

「え? ……あ、ああ」

「どうしたんだよ。お茶入れたし。あれ、クラウドは?」

 不思議そうにリクが訊ねた。きっとクラウドを連れてここに戻ってくると思っていたのだろう。

「彼、どうかしたのか?」

「あ、ああ」

 どうやら惚けている間に居間まで戻ってきてしまったようだ。

 いけない。どうしても自身の考えに没頭してしまうと周囲が見えなくなってしまう。このクセのおかげで、何度クラウドの機嫌を損ねてしまったことか。

「ああ、悪い。……クラウドはちょっと……その、風邪気味みたいだ。部屋で寝るように言ってある」

「え、そうなのか? なんとなく元気ないなと思ってたけど……」

 思案顔のリク。

「いや、大丈夫だ。元気はいいんだがな。あまり丈夫じゃないところもある。気にする必要はないさ」

「でも……俺たちのせいってことない? 疲れさせちゃったから……」

 いや、そういう言い方をするのなら、俺のせいになるのだろう。自制するつもりではあったが、やはり行為に及べば、彼の肉体に何の負担も与えないというのは不可能だ。

 

「違う違う。……きっと腹でも出しっぱなしで寝コケたんだろ」

「……レオン冷たい」

 いっそ冷ややかにそう宣ったのは、最年少者、ソラであった。

「うん、レオン、冷たい……」

 と同調するリク。

「そ、そうか? そんなことはないと思うが……むしろ……」

『むしろ足蹴にされているのは俺の方……』と口走りそうになり、あまりの情けなさに口を噤む。

「レオン、冷たいよ。クラウド、ずっと居間で待ってたのに。……そりゃまぁ、ふくれてたけど、部屋に帰らないでそこに居たんだぞ」

 まるでクラウドの変わりに怒っている様子で、ふくれっつらをするソラ。

「きっと、レオン、帰ってくるの待ってたんだよ」

「そ、そうなのか……」

「ふたりとも仲いいんだね。クラウドってずいぶん、レオンのこと好きみたいだよね。なんだか兄弟みたい……っていうか……いや、もうちょっと……」

 形のいい口元に、指先を持ってきて、神妙な面もちでつぶやくリク。

 俺は慌ててふたりの言葉を遮った。

 

「ま、まぁいいだろう、それは! それより、リク。さっきの資料のことなんだが……」

 ぐいと彼の肩を引っ張り、俺の私室へ引っ張って行く。PCの置いてあるそちらのほうが都合がよかったからだ。

 リクにはそのまま俺の部屋でPCを使いながら、読み進めてもらえればいい……そう思っていた。

 

 ……ソラにセフィロスの話を聞いてみようと考えたのだ。

 それならリクが側にいないときの方がいい。当然心配するだろうし、なるべくクラウドの耳に入らないようにしたかったからだ。

 いや、まだ今は、『セフィロス』という言葉を聞く人間を最小限に抑えたかった。

 

 まるでその名は、禁忌の呪文のように、何故か俺の心をざわめかせるのであった……