うらしまクラウド
〜クラウド in ホロウバスティオン〜
<1>
 
 クラウド・ストライフ?
 

 

 

 

 

 

 ガツンと一発……後頭部を殴られたような衝撃で、俺は最悪の目覚めを迎えた。

 頬の下に、ザラついた地面の感触……

 

 ああ、失敗した。

 俺としたことが、フェンリルを飛ばしていて、ずっこけるなんて……

 荷物の配達は皆終えていたからいいようなものの……やはり仕事中に邪心は禁物だ。

 ついつい、先週の夜のことを思い出していたのだ。そう……ヴィンセントと過ごした週末の夜。

 おっと、一週間も前のことで、浮つく俺を冷ややかな眼差しで見ないで欲しい。こっちとしては毎晩でもかまわないのだが、俺の大切な人は極度の恥ずかしがり屋で、体力もない人物なのである。

 そこあたりを十二分に配慮していると思っていただきたい。今の俺は以前よりもだいぶ成長したのではないかと、自負しているところだ。

 

 ……しかし、頭が痛い。

 だが、いつまでも冷たい地面に横たわっているわけにはいかないし、家ではヴィンセントが待っている。ギシギシときしむ身体に鞭打って、俺はやっとの思いで身を起こした。 

「……う……」

 こぼれ落ちる呻きをなんとか堪えて、こめかみを押さえながら立ち上がる。

 

 ……そして次の瞬間、期せずして俺は「は……?」とマヌケた声を発してしまったのである。

 

 どんよりと濁った空……コスタデルソルとは思えない、冷ややかな空気……まるで穴蔵にいるような湿気……それよりなにより、今現在、俺が二本の足で立っているのは、まさしく崖っぷちとでも称すべき、水晶に囲まれた一角であったのだ。

 

 ……確かに荷物の配達で遠出してはいたものの、こんな場所を走っていた覚えはない。

 

 そして、次の瞬間、目に入ってきたのは、セフィロスの長身であった。

 

 

 

 

「セ、セフィ……ッ?」

 俺の叫び声に、彼がこちらを見た。

「セフィってば! な、なんでこんなところに居るんだよ? って、ええッ?」

 なんと、セフィロスはマサムネを手に、民間人と相対しているのだ。
 
 町中で抜刀するなど冗談ではない! クソ長い日本刀がギラギラと歯を剥いている様など、一般人に見せていい光景であるはずがなかった。

「ちょっ……! セ、セフィ!! なにしてくれてんのッ、アンタ!」

「…………」

 一言も発さず、怪訝な表情で俺をにらみつけるセフィロス。

「ボケッとしてないで、刀しまってよ!」

 俺はセフィロスを怒鳴りつけると、向こう側に突っ立っている人物に目を向けた。対峙している度胸のある男は、俺よりも、少しばかり年長に見えたが、どうみてもごく普通の人間だ。

   

 まったく冗談ではない!!

 ただでさえ、セフィロスだのヤズーだの、目立つ連中が居ることで、隣近所からも注目されやすいのに!! 

 こんなところでトラブルなんぞ起こしたら、あの家に住めなくなる!! ようやく軌道に乗り始めたデリバリーサービスの仕事だって続けられなくなるだろう。

 それよりなにより、ヴィンセントがどれほど悲しむかッ!

 

「ちょ……ちょっと、セフィ、はやく謝ってよッ! あ、あの、スンマッセン!! ホント、この人、ちょっとアレなんで……もう、ホントすいませんッ! おケガとかないですか?」

 俺は額に傷のある男に、平身低頭謝罪した。

 だが、彼もまたひどく珍妙な表情で、こちらを見つめるだけだ。

「あ、あの、ホント、すいません! この人、アレ……可哀想なヤツなんで……もう、ホント、悪気ないんで……」

「……おい」

 ようやく背後にかばったセフィロスが低い声を出した。

 

「セフィ、なにしてんだよ! もうっ、この期に及んでメーワクかけてくれるなよ!」

「…………」

「ああっ、ちょっ……しかも、なに、その格好ッ! コスしてハシャイでる場合じゃねーだろッ! いったいこの人に何したんだよ!」

「おい……貴様、クラウド……か?」

「ハァァァ? アンタ、バカじゃないの? それでごまかせると思ってんのッ? 今さらすっとぼけるのもいいかげんにしてよッ!」

 相手の手前、俺は機関銃のようにセフィロスを叱りつけた。

「……なッ……!」

 ひどく不満げに息を飲むセフィロス。だがヤツを完全に無視し、俺はさっきから呆然と突っ立っている人に、ペコペコと謝罪を繰り返す。

 

「…………」 

 とうとうセフィロスは、その後、一言も発さず、なんと黒い翼をはためかして上空へと姿を消してしまったのだ。一般人の目の前で!! 

 ああ、もう、フォローの言葉も見つからない。

「ちょっ……うそォォォォ! な、何考えてんだよ、アイツ! ひ、人前で!! あ、い、いや、あのアレ、ウチの人間とかじゃないんで。一時的に預かってる遠縁のそのまた遠縁の、もう何親等?ってくらい遠い親戚だからッ! もう、ホント、迷惑かけないよう注意しときますんで……あ、あのご近所とかには、どうか……その……」

「……クラウド?」

 ようやく……ようやく、目の前の彼が口を聞いてくれた。

 意外なことに、俺は俺を見知っているらしい……ということはストライフ家のことも知っているのだろう。

 近所に彼のような男がいることなど全然知らなかったが、俺は外出していることが多いし、もともと避暑地だから人の出入りは激しい土地柄だ。

 

「そ、そうだけど……」

 俺は警戒しつつもひとつ頷くと、

「俺のこと知ってるの?」

 と続けた。

「よかった……心配したんだぞ」

 彼はホッと息をつき、微笑んだ。

 すると、ブルーグレイの瞳がやわらかく融け、彼がたいそう整った造形をもつことに気づく。最初は額の傷ばかり印象に残っていて、怖そうなイメージが強かったのだ。

「え……え……と、し、心配って?」

「…………」

「あ、あの……?」

「クラウド……まだ怒っているのか?」

 彼はため息をかみ殺すようにそうつぶやいた。

「今朝のことは俺が悪かった……だが、おまえはもともと好き嫌いが激しいし、もう大人なのだから、ある程度、バランスよく……」

「い、いや……ちょっ……ちょっと! 何の話?」

「……今朝の話ではないのか? ……ああ、では昨夜のことか?」

 ますますウンザリとした様子で……それでも必死にその気持ちを抑えるように、傷の男は口を開いた。

 

「……何度も言っているだろう? ……おまえの気持ちはとても嬉しいし、正直……その、可愛いとも思っている……本当だ」

 噛んで含めるように言い募る彼。

 ……しかし……なに? 『カワイイ』って?

「……え? ええ? い、いや……あ、あの……」

 だが、俺の気も知らず、彼はとつとつと続ける。

「……クラウド。俺はおまえのことを誰よりも大切に思っているんだ。……いつもそう言っているだろう?」

「ちょっと……なに?……キ、キモ……」

「……だからこそ、おまえの身体の負担になるようなことをしたくない……わかるな?」

「……わ、わかるな?って言われても……あの……俺……」

「……クラウド?」

「あ、あの、どちらかの『クラウド』さんとお間違えなのでは?」

 俺は、まさかと思いながらもそう言ってみた。いよいよ彼の表情が悲痛になってゆく。

 奇しくも、このときの俺のセリフは大当たりだったワケだが、当事者同士にとっては思いも寄らないことであった。