うらしまクラウド
〜クラウド in ホロウバスティオン〜
<2>
 
 クラウド・ストライフ?
 

 

 

 

 

 

 

 俺の言葉に、彼は眉間を中指でそっと押さえると、疲れたように頭を振った。

「……やれやれ」

 と吐息する。

 

 ……いや、どっちかっていえば、こちらの方が大分ウンザリしているのだが。

「いや……あの悪いんだけど……俺……アンタのこととか全然知らないし……」

 コイツの話を聞いていると、俺とこの男が特別な関係にあるように推察されるのだ。確かに目鼻立ちの整った美丈夫だとは思うが、俺にはヴィンセントがいる。

「わかった……ではどうすれば気が済むんだ? なにをして欲しい? 何か買って欲しいものでもあるのか?」

「ちょっ……ちょっと待ってよ、アンタ! さっきから聞いてれば、キモチ悪いことばっか、ウダウダと……俺とアンタは初対面だろーがッ!」

 さすがに苛ついて言い返した。

 もちろん、セフィロスのヤツが何かしたならば申し訳ないと思うし、詫びも入れようが、あまりにも彼の話は素っ頓狂だ。

 なにが『誰よりも大切にしている』だ。そんな大事な言葉、人違いで軽々しく口にするものではない。

 言っておくが、俺はヴィンセントにしか、そんなことは言わない。『誰よりも大切』なのは、ヴィンセントだけだ。同じセリフをもし彼が言ってくれたのなら、天にも昇るほどに嬉しいと思う。

 

「……おまえはクラウドだろう?」

 怪訝そうな顔つきだが、やや不安が見て取れる。ようやく他人の空似に気づいてくれたのだろうか。

「……確かに俺の名はクラウドだけど、アンタの知ってるヤツじゃないよ。今朝も昨夜もないったら。俺とアンタは正真正銘の初対面」

「……本当なのか……?」

「ホントだってば」

「…………」

「あ、そうだ。悪いけど、コスタデルソルへの道、教えてくんない? できればイーストエリアに近いルートのほうが助かるんだけど。 セフィ、先に行っちゃったみたいだし……俺も早く帰らなきゃ」

 バイクは後で取りに来るにしても、『事故』などという情報が、先に伝わってしまったら、ヴィンセントなど卒倒するかもしれない。彼はものすごく心配性なのだ。

「…………」

「ねぇったら? アンタ、なに惚けてんの?」

「……『コスタ……デルソル』? 『イーストエリア』……というのは? 初めて耳にする言葉だが……」

「はぁ? 何言ってんの? 見かけない顔だけど、アンタ、観光客?」

「いや……俺はもうずっとこの土地に住んでいるが……」

「……じゃあ、ここなんて場所?」

 言葉にしがたい違和感が胸奥にわき上がってくる。

「なにを聞いているんだ……ホロウバスティオンに決まっているではないか」

 至極当然のように、傷の男は答えた。

 

「ホ……ホロウ……?」

「ホロウバスティオンだ」

 ……聞いたことのない名だ……いや、荷物の配達に行った場所なら、必ずチェックをしているはずだから、名前くらいは聞き覚えがあるはずなのに。

「…………」

「……なんだか……話がかみ合っていないようだな」

 形の良い口唇に、指先を押し当て、彼は低くつぶやいた。

  

 ……確かに。

 よくよく考えてみれば、さっきのセフィロスもいつもと違う雰囲気だったし、そもそも、このような土地柄、コスタデルソル付近にはありえない。

 

「……なんか、そうみたいだね」

 仕方なくも、そう認めざるを得なかった。

「……俺の名はレオンという。さっきも言ったように、この土地で生活している」

 彼は静かな口調でそう名乗った。

「俺は確かに……クラウドってゆーんだけど……でも、やっぱ、俺……アンタとは初対面だよ……」

 

「……行こう、クラウド」

 レオンが言った。

「……え?」

「いずれにせよ、こんな場所では話もできない。ひとまず街に戻ろう」

 それは願ってもない申し出だった。

 とりあえず、他の人間たちや街の様子を見てみたい。こんな水晶に囲まれた絶壁に突っ立っていては、本当におかしな気分になってくる。

 俺は彼の提案に即座に頷いて、すぐさま一緒に歩き出したのであった……

 

 

 

 

 ……残念なことに、道行く人々……街の様子……どれもこれも、俺には見知らぬものばかりであった。

 この場所……ホロウバスティオンとレオンが言っていた街は……綺麗で愛らしいつくりではあるのだが、なんというか、妙に童話めいた印象があって、人工的な作り物のような雰囲気を感じる。

 いや、もちろん、この土地で生きている人々に対して、そんな失礼なことを口にする気は毛頭ないが、やはり俺の知っている場所とは大きな隔たりがあるのだった。

 

「……どうだ、クラウド?」

「う……ん、やっぱ、俺の知らないトコみたい」

「……そうか」

 彼はそうつぶやいた。

 それにしても、このレオンという男は、ほとんど感情を表に出さないのだ。街を歩いている時、顔見知りの婦人に声をかけられても、知り合いだか友だちだかに、手を振られても、能面のような表情で応対している。

 せっかく整ったご面相をしているのに、なにやらもったいないような気がしなくもない。 

「……それで、これからどうするつもりだ?」

「……どうしようかなァ……参っちゃうな……ホント」

 俺は溜め息を吐いた。

「…………」

「俺さァ、ウチに大切な人、いんだよね。早く帰らないとすごく心配かけちゃうよ……」

 わずかに首を傾げたヴィンセントの姿が思い浮かぶ。不安を映し出す、紅い瞳……

 次に浮かんだのは悪魔の微笑だ。

 あのクソヤロー! セフィロスめ!

 ただでさえ、ヴィンセントにちょっかい出すくせに、俺が不在となったら何をしでかすかわからない。ヤズーやカダージュが付いているとはいえ、何だかんだ言っても、セフィロスは最強なのだ。華奢なヴィンセントなど、片手で組み伏せられてしまうだろう。

 

「うがぁぁぁぁあ!」

 バリバリと頭を掻き抱いた俺を、レオンが奇妙な顔つきで眺める。

 だが、今の俺には人目を気にしている余裕は、露ほどもなかった。

「ああああーッ! まずいって、それは!ホント、やばいって……俺がいない間にヴィンセントに何かあったら……」

「お、おい……」

「もう……もう……どうしよう! ねぇ、アンタ、何か心あたりとかないの?」

 ほとんど八つ当たりのように、俺はレオンに詰め寄った。

「……生憎だが……」

「もうっ! 役に立たないなぁ!」

「……す、すまん」

「はぁぁぁ〜……」

 俺はがっくりと項垂れた。ついでに腹がグーッと鳴る。

 

「……クラウド、よければうちに来ないか? 帰る方法を見つけるにせよ、何にせよ、落ち着ける場所がないと困るだろう」

 レオンが静かにそう言ってくれた。

 それほど年の差があるようには見えないが、彼はずいぶんと思慮深い人間らしい。

 彼の申し出は非常にありがたく、またいちいちもっともであった。

「……あ、う、うん。そうだな、迷惑かけるけど……」

「いや、まったくかまわない。……それに、俺にとっても手がかりは必要だから」

 ひどく聞き取りにくい声音で、ぼそりと彼はつぶやいた。