うらしまクラウド
〜クラウド in ホロウバスティオン〜
<5>
 
 スコール・レオンハート(レオン)
 

 

 

 

 

 

 真剣な俺を横目に、彼はデザートに出した焼き菓子をバリバリと食っていた。目線だけ俺に向ける。

「いや、あの……ちゃんと聞いてくれるか……?」

「うん、聞いてる。あ、ワリ、お茶」

「…………」

 空になったカップに紅茶のお代わりを注ぐと、間髪入れずに角砂糖を3つばかり投入するクラウド。甘い焼き菓子に甘い紅茶……『クラウド』同士味覚も似通っているらしい。

 

「……ならば言うが……こちらの『セフィロス』は危険きわまりない人物だ。おまえの世界のセフィロス以上に要注意人物だと認識すべきと言えるだろう」

「へぇ……」

「……剣の腕も相当なものなのだろう。まだやりあったことはないがな」

「フーン。で、アンタとセフィロスの関係は?」

「無関係だ」

 俺はきっぱりとそう答えた。

「ハ? なに、今の。笑うトコ?」

「……なんだ、それは? まぁいいだろう。俺とセフィロスは何の関係もない。……敢えて言うなら、『クラウド』を介した顔見知りのようなものだろう」

「ふふ。アンタの言い方、面白いね」

 肩をキュッと寄せて、彼が笑った。

 

「……プライバシーに関わることだから、あまり詳しくは言えないのだが……俺の知っているクラウドは、彼との関わりの中で、心身ともに甚大なダメージを被っている。現在、静養中……というのが、一番近いと思う」

「……そうなの?」

「ああ。口にしにくいことだから……これ以上は言えないが」

「俺、同じ『クラウド』じゃん」

「だが、ここに居たクラウドではないからな」

 不満げに頬を膨らませる彼に、つい吹き出してしまった。

 ああ、姿形ばかりでなく、こんな仕草も似通っている。

 

「……そんなわけで、俺としては一刻も早く、もとのクラウドを手元に戻して、安静にさせてやりたい」

「ふーん、なるほどねェ。そりゃかまわないけど、アンタの知ってるクラウドってどこ行ったのよ」

「……それがわかれば苦労しないわけだが……これはあくまでも俺の推察なんだが、おまえと『クラウド』の居場所だけが入れ替わった……ということは考えられないか? そもそも、おまえはどうやってこの場所にやってきたんだ?」

 とても重要なポイントだ。俺は彼の返答に注目した。

「あ、う……ん、それがさァ……はっきりわからないんだよね。俺、仕事、荷物の配達してんだけど、帰り道で、バイクスリップさせちゃったらしくて。大怪我したような痛みとかはなかったんだけど、気がついたらあの場所に居た」

「……闇の淵か」

「闇の淵っていうの? あの水晶だらけの湿気多いトコ」

「ああ、土地の者はそう呼んでいる。もっともあの場所に近づく物好きなど、そうは居まいが」

 ……以前、傷だらけのクラウドを見つけたのも、あの場所だった……

 つくづくあそこには縁があるらしい。

  

 ……しかし、今の話では、なんの手がかりにもならない。

 バイク事故というのが、ひとつのポイントになるかもしれないが、それだとて人間が入れ替わる理由にはならないだろう。

「……しかし……参ったな」

 俺はつぶやいた。

 目の前の『クラウド』の方は、それほどダメージを受けているようには見えない。もともと楽天家なのか、深刻に悩んでいる様子がないのだ。

 ああ、もちろん、大切な人たちと離ればなれになっている不安はあるのだろうが、それにしても切羽詰まったようには見受けられない。

 同じクラウドでも、やはり資質は異なるらしい。

 

「まぁ、仕方ないじゃん。悩んでも」

 俺の心を見透かすように、クラウドが身を乗り出してささやいた。

「なんかさ、俺、元の世界でも、ものすごい色々なことがあってね。なんだかもう、生きてるのが不思議ってくらい悲惨な時もあったんだけど、なんだかんだ言っても、為るようにしかならないんだよね。ああ、別に投げやりとかあきらめとかそういうんじゃなくて」

「…………」

「本人があきらめさえしなきゃ、なんとかなんじゃないの?」

「……クラウド……」

「俺、あきらめる気ないしね。絶対、ヴィンセントのトコ帰るんだから」

「……そうか。そうだな」

 この前向きさは羨ましいくらいだ。

 冗談めかして言っているものの、彼も本当に過酷な運命を生きてきたのだろう。それが言葉の端々に……そして今日共に戦った、剣の腕にも現れていると感じた。

 

「あ、ねぇ……ところでさ。ちょっと……その……さっきから気になってんだけど……」

 今度は上目がちに訊ねてくるクラウド。口の周りに菓子のクズがついているのがご愛敬だ。

「なんだ?」

「いや……訊きづらいんだけどさ」

「……?」

「でも……まぁ、なんか聞かないでいるのも落ち着かないし……」

「……何なんだ?」

 重ねて訊ねると、ゴホンとひとつ咳払いをし、彼は口を開いた。

 

「あの……俺とアンタってどういう関係なの? あ、もちろん、こっちの『クラウド』のね」

「……え……あ、いや……」

「なんかさ、さっきからアンタの物言い聞いてると、フツーの友だちっつーか、仲間っつーか……そういうのとは違うよね」

「……ああ」

「あの、もしかして、そーゆー関係?」

「肉体関係がある。まだ数回だが」

 俺は正直に答えた。なんだか彼に隠すのもおかしいような気がして。

「ちょ、直球……まぁ、いいけど。アンタ、いい人だし」

「……そうか、ありがとう」

「いや、ありがとうって言われてもね」

 なぜか、クスクスと笑いをこぼしながら、クラウドがささやいた。

「っつーか、アンタ相手だったら、きっと『クラウド』のほうが受け身だよね……」

「……ああ、まぁ……だが、なるべく負担にならないよう配慮している」

「それはおやさしいことで」

 そんな言葉で茶化すと、クラウドは首を傾げて微笑んだ。

 

 ……ああ、やはり似ていると思う。

 日差しに透ける金の髪、健康的な桃色の頬、ツンととがった細めの鼻梁、気の強そうな眉……そして意志的な瞳。

 

 どうか……願わくば、俺の世界のクラウドが、無事で居てくれるよう……

 これ以上、過酷な目に遭うことがないように……

 

 『本人があきらめなきゃ、なんとかなるんじゃない?』

 

 先ほどの彼の言葉を思い出し、俺はやや過保護になっている自身に苦笑した。