うらしまクラウド
〜クラウド in ホロウバスティオン〜
<7>
 
 スコール・レオンハート(レオン)
 

 

 

 

 

「クラウド、足下に気を付けてくれ」

 俺は彼に注意を促した。

「うん。なんかジメジメしてんね、この辺。街の方は全然そんなことないのに」

「ああ、低地は湿気が多くてな。……昨日の闇の淵もそうだっただろ」

「そういえばそうだったな。……な、レオン、もう一度、あそこ行ってみよう」

 クラウドが言う。

 ……確かに。

 あの場所は俺たちにとって、因縁の深い場所だ。すぐさま帰還のほうほうは見つからずとも、なんらかの手がかりを得ることは出来るかも知れない。

 

 あそこへ寄るなら、城へ行く前のほうがいいだろう。

 俺たちは二股に別れた道を、右に折れ、低く傾斜した坂道を下っていった。

 

「……着いたぞ、クラウド」

「うん。……うわぁ、なんか、異常な雰囲気だよね。まさに異世界ってカンジ」

「……そうだな。気温も平地より低いし、陽の光も弱い」

「…………」

 黙ったまま、歩き回るクラウド。

「……おまえはその辺りに倒れていたんだ。起きた途端、セフィロスに怒鳴りつけたわけだが……肝が冷えた」

「う……だってさ。つい……」

「セフィロスも驚いただろうな。彼があんな顔をしているところを初めて見た」

 その時の情景をありありと思い出し、申し訳ないとは思いつつも、口元がゆるんでしまう。

 

 すると、 

「見せ物ではないのだがな……」

 という、俺の声でもクラウドのものでもない、低く冷ややかな声音が背後から聞こえた。

 ふたりして、風を起こす勢いで振り向く。

 

 そこには昨日と変わらない……氷の精のような男が立っていた。

 

 ……セフィロス。

 彼は俺たちと目が合うと、ゆっくりとこちらへ歩みを進めてきた。

 

 そっとガンブレードに手をかける。今は闘り合う必要はないのだが、ほとんど条件反射だ。

「……また逢ったな、ホロウバスティオンの英雄……それと……」

 アイスブルーの瞳が、ゆっくりとクラウドに向けられる。

「……クラウド……?」

 と、やや尻上がりに、疑問を投げかけるセフィロスであった。

 

「あ、いや、あの、その! き、昨日はスイマセンでした!」

 ザシャっと音が聞こえそうな勢いで、唐突に謝罪するクラウド。まるでコントのような頭の下げ方に、俺は場違いにもずっこけそうになった。

「あ、あの、ホント、ごめんなさい。人違いだったみたいで……っつーか、合ってるんだけど、キャラが違ったみたいでッ いきなり怒鳴ったりして、スイマセンでした!!」

「…………」

 ……セフィロスも黙り込んでいる。

 

「あ、あの、俺の世界にも『セフィロス』がいるんスよ、コレ。アンタにそっくりで、まぁ、もうひとつの世界の『セフィロス』だと思ってもらえばいいんだけど」

「……もうひとりの……私……?」

「あ、う、うん。そんで昨日、目覚ましたとき、この場所が認識できていなくて、アンタのこと、いつも一緒にいるセフィだと思ったの」

「…………」

「い、いきなり抜刀してるもんだから、つい焦っちゃって……」

「…………」

「あ、あの、怒ってます?」

 沈黙を守るセフィロスに、おっかなびっくりといった様子でクラウドが訊ねた。

「……もうひとりの私というのは……興味深いな」

「あの……話聞いてます?」

 ……端から見ている分にはなかなか面白い掛け合いである。

 だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。これから城まで足を運ばねばならなかったし、可能ならば、マーリンの家にも寄って行きたかった。

 

「……セフィロス、アンタはなにか知っているのか?」

 こちらから先を促してみる。

「…………」

「……すまないが、なにも知ることがないのなら、俺たちは先を急いでいる。一刻も早くクラウドを連れ戻してやらなければならない」

「……連れ戻す?」

「そうだ……彼はひどく不安定な精神状態にある。少しでも早くこちらの世界へ戻してやらなければ……」

「果たして、それがあいつにとっていいことなのかどうか……」

 俺の言葉を遮り、冷ややかな口調でセフィロスがささやいた。

「……セフィロス?」

「あの子の精神状態が不安定だと言ったな? ならば、不安の原因の潜む、この場所へなど帰ってこないほうがよいのではないのか?」

「…………」

「もしかしたら、別世界へ行けたことは、アレにとって幸運だったのかもしれないぞ……フフフ」

「…………」

 言葉が出てこない。

 すぐさま切り返すことができなかった。

 『クラウド』にとって、今のままのほうがいい……?

 ……確かに、トラウマの原因であろう、目の前のセフィロスとは、もう二度と遭遇することは無かろう。だが……

 ……バカなことを……何を考えているんだ、俺は……

 

「あ、いや、それはちょっと、ダメでしょ」

 あっさりと、あまりにもハッキリとクラウドが言った。セフィロスが奇妙な面持ちで、彼を見る。

「いや、あの……コレ、言っちゃっていいのかな、レオン。いいよね?いいよね? 別に、隠すようなことじゃねーし」

「……? な、なんだ……?」

 いったい何を言おうというのだろうか。訊ねる声音がうわずってしまう。

 

「じゃ、言っちゃうねッ! ……あのですね。こいつらデキてんスよ。なんかもぉ、同じツラしてこーゆーコト言うのも恥ずかしいんだけど、なんつーか、こう客観的に、ラブラブみたいな?」

「…………」

「お、おい!」

「だから、やっぱ、もとの『クラウド』がこっちに戻って来なきゃならないワケなんですよ。まったく、もう参っちゃうッスよねぇ?」

「…………」

「あ、それに、俺の方も自分の世界に大切な人いますんで。すごい綺麗でやさしい人なんスよ。長い黒髪でね……すんごく物静かな人で、いっつも小さい声で『クラウド』……って……いやいや、照れるなァ〜!もォ!」

 ……そんなこと誰も聞いていないだろうがッッッ!!

 頬を染めてバリバリ頭を掻くクラウド。……悪い気がないのはわかるのだが……

 

 ……言葉が足りなかった……

 もうちょっとハッキリ言っておくべきだった。

 ……だが、昨夜、こちらの『クラウド』がセフィロスとの関わりの中で、心身共にダメージを負った、と話しておいたのに……

 

「だからさ、ま、あの、こっちのセフィロスさんも、あんまし『クラウド』にはちょっかい出さないで、若い二人の未来を、生温かい目で見守ってやってくださいよ、ね?」

 一応、俺たちのために機嫌を取ってくれているのだろう。

 にっこりとお愛想笑いをかますクラウド。

 

「…………おまえは面白いキャラクターだな」

 ぼそりとセフィロスがつぶやいた。皮肉な微笑みを浮かべて。

 ……俺としては、もはや穴があったら入りたいくらいの心境だったが、ひとりで退場するわけにはいかなかった。

 

「クラウド、さっさと来い!」

 大きくため息をつくと、俺はさっさときびすを返した。

「なんだよ、レオン、急に! あ、じゃ、ゴメン、俺たち急ぐから。そんなわけだから、セフィロスも何かわかりそうなことあったら、教えてね」

「…………」

「……ほら、行くぞ、クラウド! 時間がないのだろうッ!」

「わかってるってば! じゃあね! あ、ホント、この前のコト、ゴメン! 気ィ悪くしないでね!」

 セフィロス相手に、手を振ると、ようやくクラウドが走ってきた。

 

 ……天然なのだろうか。このクラウドも、なかなか恐ろしいヤツだと俺は感じた。