うらしまクラウド
〜クラウド in ホロウバスティオン〜
<8>
 
 スコール・レオンハート(レオン)
 

 

 

 

 

 ……なんの手がかりもない状況のまま、一週間近くになろうとしていた。

 

 もちろん、手をこまねいて眺めていたわけではない。

 マーリンの家から、古い文献を借り出したり、日中も陽のあるうちは、町中を歩き回った。

 ……だが、俺たちの数日間は徒労に終わりつつあるようだった。

 

 クラウドがこの家にやってきてから、ちょうど一週間目……

 俺たちはややぐったりとした気持ちで、居間のソファに転がっていた。

 ……とはいっても、転がっていたのはクラウドだけであったが。

 

「あ〜……お腹空いた〜……」

「…………」

「レオン、メシ〜〜…………」

「……わかった、わかった……」

 

「……メシ〜…………」

「わかった……」

 やれやれ。

 何の収穫がなくても、人間、腹は減るものだ。

 だが、さすがにこうも不毛な状況が、連日に渡って続くとなると、ストレスも溜まってくる。

 せっかちで飽きっぽいクラウドなど、俺以上に苛ついていることだろう。

 

「……なにが食いたい?」

 気遣うわけではなかったが、そんなふうに訊いてやる。

「えっとねー、ビーフシチューとパンプディングとポテトサラダ〜。あ、プディング洋梨入れてね。お砂糖多めね。カラメルソース付けて。俺3コ食う」

「わかったわかった」

 適当に返事をし、台所に立つ。

 

 クラウドはソファに転がり、溜め息など吐いている。

 

 ……可哀想に。

 俺を気遣い、あからさまに表に出すようなことはしないが、やはり不安なのだろう。

 

 不安といえば、あのときのセフィロスの言葉……

 

『あの子の精神状態が不安定だと言ったな? ならば、不安の原因の潜む、この場所へなど帰ってこないほうがよいのではないのか?』

『もしかしたら、別世界へ行けたことは、アレにとって幸運だったのかもしれないぞ』

 

 ……この言葉を否定できない俺が居る。

 

 クラウドにとって、一番、よい状態はどんな形なのだろう……

 このまま……誰も彼の生歴や、性癖など、知らない世界へ行ってしまうほうが楽なのだろうか……?

 ハートレスもアンセムも……13機関だの、化け物が居ない世界で静かに……密やかに……

 時間はかかるかもしれないが、普通の男性として安寧に生活していくことが可能なのではなかろうか……?

 

 ……ああ、いけない。

 料理の最中は本当に物思いに耽ってしまいがちだ。なにも考えなくても手が覚えているから、それにしたがって動いていればいつの間にか完成してしまう。        

          

      

    

    

 ……バタン

 

 とドアの閉まる音。

 クラウドが部屋を出たのだろうか。ああ、手洗いか。

 

 案の定、ボウッとしている間に手元の鍋に、並々とシチューが煮え立っている。到底ふたり分という分量ではなかったが、余ったなら明日の朝食にでも回せばいい。

 

「あ、レオーン、シチュー、もうひとり分、追加な! あ、あと、プディングとサラダも!」

 間仕切りの向こうから、元気な声が飛んでくる。

 ……これまでの量では足りなかったとでもいうのだろうか……

 俺より小柄のくせに、1.5倍は食っていると思うのだが。

「ああ、よけいに作ってるから……間に合うだろ……」

 やや疲れた声でそう応える俺。

 

「……レオン、グッジョブ! よかったな、十分だって!」

 またもや妙に元気な声。

 ……というか、誰に話しかけているのだ、彼は。ひとり遊びということもないだろうに。 

 手早くポテトサラダを完成させ、パンプディングをオーブンに放り込むと、エプロンを付けたまま、俺は居間に戻った。

 

「…………」

「ほぅ……ホロウバスティオンの英雄は料理もするのか……」

「するする! 美味いんだって、コレ! あ、お疲れ、レオン。俺ら、とりあえず、3個ずつあれば間に合うから。ま、でも、4個ずつならもっと嬉しいけど、ねぇ?」

「……食ったことがないからわからん」

「レオンの手料理美味いって、ホント。まぁ、ヴィンセントにはかなわないけどね。ヴィンセントのはゲージュツだから。おやつのクレープとかもさ〜、ちゃんとチョコとか生クリームとかデコレーションしてあんの。あの銀色のキラキラしたトッピングとかアーモンドとかも散らせてあってさ〜。間に挟むのじゃないからさ。我が家はナイフとフォークだから、コレ」

「クレー……?」

「クレープだよ、知らないの? ゲージュツ性の高い甘いお菓子だよ。あ、ヴィンセントはケーキやパイ作んのも上手いけどね〜」

 

「……クラウド」

 ……このときの俺の声はかなり低くなっていたと思う。

 そう……まるでゾンビのうめき声のように……

「……それ……」

「おいおい、それって何だよ。シツレーなヤツ」

 ……こいつは……この子は本当にわかっていないのだろうか……?

 俺の話など、右から左に聞き流しているのではなかろうか。

 

「……なんで、ここにアンタがいるんだ」

 極当然といった顔でクラウドのとなりに座っている男……

 何度見ても、知った顔だ。

 

 銀の長い髪に、人形のように整った白い顔……座っていても、そうとわかるほどの長身の男……

 ……そう、もちろん、セフィロスである。

 

「ちょっ……そんな言い方ないでしょ、わざわざ訪ねてきたのに。あ、セフィロス、ポカリ? 麦茶?」

「……ポカ?」

「ポカリだよ、ポカリスウェット。アルカリイオン飲料。なんか、こっちのセフィって、浮世離れしてて楽しい! あ、そんでね、話のつづきなんだけどさ。その後、うちのセフィなんて言ったと思う?『オレ様の知ったことか』だって! ね、信じられる? 居候のくせに図々しいったらないよね?」

 機関銃のごとく語りかけるクラウド。

 ……ずいぶんと楽しげだ。何故に、セフィロスがこの家へやってきたなど、すべき質問は多岐に渡ると思うのだが、話の流れは大分異なっているようだ。

 

「そんでさ、ヴィンセントに……あ、ヴィンセントって前も言ったけど、俺の恋人ね。すんごい綺麗って言った黒髪の人!」

「……ポカ……リ?」

「え? ああ、はいはい、ポカリね。レオン、ポカリ一丁ッ! あ、オレにも!」

「…………」

 ……やれやれだ。

 しかし、聞いているのかいないのかわからないが、あのセフィロスが無言のまま、騒々しいクラウドのとなりに座っている姿は、ある種の感慨さえ呼び起こす。

 

 仕方なくふたり分の飲み物を携え(俺はお茶の方がいい)、できあがったばかりのシチューやら何やらの夕食をトレイに乗せ、ダイニングに運んだのであった。