うらしまクラウド
〜クラウド in ホロウバスティオン〜
<9>
 
 スコール・レオンハート(レオン)
 

 

 

 

 

 

「……待たせたな」

 ついつい剣呑な物言いになる。

 だが、クラウドは意にも介さない。

 

「いよッ! 待ってました。 よかったね、セフィロス!」

「…………」

「……口に合うかわからないが」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ! ほら、セフィロス、食べて。美味しいから」

 ……よくよく考えてみれば、俺も俺だ。

 なにが「口に合うかわからないが……」だ。

 メシ時に突如乱入してきた、招かざる珍客に向かって何を遠慮しているのだ。

 

「……美味い」

 セフィロスが低くつぶやいた。聞き取れるかどうかわからないような、小さな声で。

「でしょー? ですよねぇッ?」

 とにぎやかなクラウド。

 

 まぁ、美味いと言われて不快に思うことはない。

 正直な話、味にうるさそうな彼に「美味い」と言われたのは、気分が良かった。

 ……もちろんあからさまに喜んだりはしないが。

 そういえば、目の前に座るセフィロスに、いつもの威圧感がない。

 

 ……ああ、なるほど。

 何か思うところがあったのか否かはわからないが、服装が異なるのだ。

 今日の彼はごく普通の人間に見えた。 

 どこにでもあるような生成りのシャツ、黒のパンツ。もちろん、身につけている人間がセフィロスなので、それこそ一級品になるわけだが。

 

「……なんだ、この濁った水は」

 眉を顰めてつぶやく様子は、クラウドのセリフではないが、いささか浮世離れした青年貴族のようにさえ見えるのだった。

「だから、ポカリだよ。ポカリ。飲んでみ? 美味いから」

「……へぇ」

「ね、ウマイでしょ? 熱っついシチューと合うでしょ?」

 クラウドの言葉に、グラスに口を付けたまま頷くセフィロス。

 

 ……なかなか口火を切れないまま、時間だけが過ぎていく。

 ひたすらしゃべりまくるクラウド。

 話の中心はヴィンセントさんのことばかりで、ほとんどがノロケ話だ。そして時たま、あちらの『セフィロス』の話題になるが、悪口のオンパレードである。

 こちらのセフィロスは、無言のまま相づちを打つだけだが、案外興味を持って聞いているのが、俺にも伝わってきた。

 

「そんでさ。約束の地を見つけたら、俺とヴィンセントを連れて行くっつーのよ。まぁね、これまでのいきさつを考えれば、セフィのキモチもわかるっつーか。ホラ、俺だって大人だしね。でも、俺たちには俺たちの生活っつーか、未来設計があんの」

「…………で?」

「そう! そんでね。俺がヤなのはさ〜。ヴィンセントが、まんざらでもなさそうなんだよね! あ、もちろん、ヴィンセントが愛してんのは俺だよ、コレ、悪いけど。でも、なんつーか、セフィロスのことも放っておけないみたいでさ…… 『君がそう望むのなら……』とか、俺に断りもなくそんなふうに答えちゃってんだよね。もぉ、参っちゃうよ! ヴィンセント、人がいいからさァ! どーですよ、セフィロスさん! 同じ『セフィ』として、コレ!」

「……『セフィロス』は強いのか?」

「強い強い! もう、ヒグマ並ですよ」

 ジェスチャー付きで答えるクラウド。

 ……しかし、『ヒグマ』とは……もう少し何か例えがなかったのだろうか。

 

「……おまえは『セフィロス』とどういう関係なのだ?」

「え? あ〜……そ、そこはソレ……アレですよ、ほら。」

 何故か言い淀む『クラウド』。

「わからん」

 と、セフィロス。もちろん、俺もわからん。

「だからさァ……今は敵っつーか……やっぱ、うん、そう、敵」

「敵と一緒に生活するのか」

 鋭いところを突くセフィロス。世間ずれしていないわりには、なかなかよいテンポだ。

「う〜ん……まぁ、今は一時休戦……だね。こう大人の事情っていうか……」

「昔の関係は?」

 直球のセフィロスであった。綺麗な顔をして淡々と突っ込んでゆく。

 

「昔? むかし……昔は……ホラ、アレ……俺も若かったし……こう世の中知らなかったんだよね。若気の至りっつーか……こうフラフラと……」

「フラフラと?」

「もう、ちょっ……なに、そんなに突っ込むんだよ。『セフィロス』とは言ったって、別の世界のことなのに……」

 若気の至り……ああ、なるほど、彼ならば、いくらでも『若気の至り』がありそうだ。

 

「『セフィロス』の側に居たのか?」

「……まぁ、ね。付き合ってた頃もあるよ。……子どものときだったけど」

「…………」

 俺がマジマジとクラウドを見遣ると、彼は不満げに頬を膨らませた。

「何見てんだよ、レオン! だれだって若気の至りってあんだろ? アンタ、無いの? ねぇ、無いって言えんのッ?」

「……俺はまだ若いからな」

「なに、その切り返し! 勝ち誇んないでよ! どーせー俺は汚れてますよ、ええ、もう、世俗の垢でドロドロですよ、コノヤロー。セフィと付き合って、散々やりたい放題した挙げ句、今度は純情なヴィンセントを手玉に取ってるって言いたいんだろ!」

 ……いや、言っていないわけだが。

 

「……帰りたいのか?」

 会話の途中であったが、ボソリとセフィロスがつぶやいた。

 

 彼の声は本当に低くて小さい。俺も人のことは言えないと自覚しているが、男の低い声とはこんなにも聞き取りにくいものなのだろうか。我が身を省みて、いささか反省する。

「そりゃ、あたりまえじゃん。なに言ってんの?」

「……『セフィロス』も……敵もいるのに?」

「だって、あの世界にはヴィンセントが居るもん。ヴィンセントには俺が付いてなくちゃ!」

「…………」

 何の迷いもなく言い放ったクラウドを、セフィロスはわずかに笑みを湛えた面差しで眺めていた。