うらしまクラウド
〜クラウド in ホロウバスティオン〜
<11>
 
 スコール・レオンハート(レオン)
 

 

 

 

 

 

風呂から上かってきても、テンションが高いのはクラウドだけであった。

 

 相変わらず、セフィロスの周囲にまとわりつき、ヴィンセントさんの話をしたり、早くもとに戻してくれと頼んだり、スポーツ飲料の蘊蓄を並べたりしている。

 セフィロスの表情はほとんど変化しないままだが、クラウドを無視したりはしない。ただ黙ったまま聞いているだけだ。

  

 湯に入ったにもかかわらず、ローブからのぞくセフィロスの肌は、雪のように真っ白で、まるで血の通わぬ蝋人形のようだ。

 

 ……血の通わぬ……

 ……!

 

「……あ」

 何の脈絡もなく、俺は唐突に思い出した。いや、失念していた自分が不思議なくらいだった。

 ……セフィロスの脇腹。

 ソラとの闘いで深手を負った彼の手当をしたことを。

 

「なに、どしたの、レオン?」

 アイスのスプーンをくわえたまま、クラウドがこちらを見る。

「…………?」

「ああ、いや……」

 あれからわずか数週間……こうして動いているということは致命傷ではなかったと思われる。

 だが、一両日、出血が止まらなかったような大怪我だ。

 実際、手当をしていたときも、止血は施したものの、縫合する必要があるのではないかと半信半疑であった。

 ……あの深手がこの短期間に完治するはずがない……

 だが、セフィロスはやはり『特別』なのであろうか?

 

「…………セフィロス」

 俺は思考しながら無意識に彼の名を呼んでいた。

「…………?」

「すまん。さきほどの話とは全く別件だ」

「……なんだ?」

「服を脱いでくれ」

 

 シ……ンという奇妙な雰囲気の沈黙が落ちる。

 

「……なに?」

 と、セフィロス。

「だから服を脱いで、身体を見せてくれ」

「…………」

 二度目の沈黙が落ちる前に、クラウドが口を挟んだ。

「ちょ……ちょっとちょっと、アンタ、レオンさん。何なの、トートツに。いきなりそんなこと言ったら、セフィびっくりだよ、暗くなるまで待って★コノヤロー!」

 風呂上がりにビールを飲んだクラウドのテンションは、ひたすら上がりっぱなしだ。

 ……ただの傷痕という表現ならばともかく、『ソラとの闘いで負った傷』などと口にしてよいのだろうか?

 ひどくプライドの高そうな男だ。機嫌を損ねて帰られては困る。

 まだ、クラウドを連れ戻すための方法を、片鱗すらも聞き出していない。

 

「もう夜だろ。……明るくても暗くてもいいんだ。早くしろ」

「いや、だから……レオン、今のは俺の絶妙なフォロー……しっかし、アンタ、ホント唐突だよな……」

「……おかしな男だ」

 クラウドの言葉に重ねるように、冷ややかな眼差しで、ボソリとセフィロスがつぶやいた。

「あ、いや、スイマセンねぇ。この男、ちょっと溜まってるんスよ。ほら育ち盛りだから。ガラスの二十代ですから」

 クラウドのフォローは、フォローどころか致命傷だ。ますますセフィロスの眼差しが冷たくなる。

 ……踏んだり蹴ったりとはこのことだ。

 彼の傷になど構わなければいいのだろうが、どうしても気になってしまう。理屈ではないのだ。

 紅い血がじくじくと滲み出している脇腹を固定し、腰骨から背を押さえつけながら包帯を回した。どこで闘ったのかは知らないが、アンセムの城まで辿り着けたのが奇跡とも言えるような深手であった。

 ……俺は医術の心得があるわけではない。戦闘時のための応急処置くらいは習っているが、きちんと体系立って医学を身につけているわけではないのだ。

 

「いいから見せてくれ。……クラウドはあっち向いてろ」

 俺はズカズカとセフィロスに歩み寄ると、無理やりローブの帯を引っ張った。

「…………」

 セフィロスは驚いたようではあったが、抗いはしなかった。もしかしたら、話の途中で俺の意図に気づいたのかもしれない。

 しなやかな肉の付いた身体は、どこもかしこもなめらかでつややかで、目のやり場に困惑するほど白く肌理が整っている。

 

「あっちゃー、レオン、大胆☆ 『クラウド』に言いつけちゃうゾ!」

「いいからおまえは、むこうを向いてろ」

 ……クラウド……黙っててくれ。ホントに……

 

 片肌を脱がせ、ぐいぐいとローブを引き下げている間中、セフィロスは椅子に腰掛けたまま、不愉快そうな面持ちでそっぽを向いていた。

 やがて、生々しい傷跡が目に入った。

 俺は、片膝を着いて、そこに見入る。

 

 青黒く、そして部分的に薄赤色に変色した皮膚……無理に引っ張ったように皮膚がひきつれてはいたが、傷口は完全にふさがっている。

 このまま無茶をせず、きちんと消毒を繰り返せば、時間はかかるだろうが、傷口も元の肌の色に戻ってくれるだろう。

 もっとも男性だから、それほど跡に残ることなど気にしなくてもよいのかもしれないが、なんせ相手はあのセフィロスだ。恐ろしいほど整った美貌に、やはり醜い傷跡は似つかわしいとは言い難かった。

 

「……もういいか」

 セフィロスの鬱陶しげな、低い声が俺を現実に戻した。

「ちょっと、もうそっち向いてもいい?」

 とクラウド。

「あ、ああ、すまない……」

 俺はどちらともなくそう答えていた。

 

「……ホロウバスティオンの英雄は、行動が突飛だな。貴様はもう少し落ち着きのある男だと思っていた」

 嫌みを含んだセフィロスの言葉。

 ……さすがにローブの帯を引っ張ったのは軽率だったと後悔している。

 

「……すまん」

「しかもそこで謝るのか」

「いや、あの……気遣いが足りなかった」

 灯りが煌々と照っている居間のど真ん中だ。

 俺がそういうと、セフィロスはいつものように『フフン……』と鼻で笑った。普通の人間の格好をしていても、鼻に掛けたような冷笑は、彼の美貌にさらなる凄みを加える。

 

「……腹の傷はもうなんともない」

 目線さえ合わせずに、彼はささやいた。

「……確かに傷口は塞がっているが、鬱血がある。無理に動き回るのは好ましくない。跡に残ってしまう」

「……お人好しのお節介だな、レオン。……あの子が好きそうな男だ」

「傷を看たのは俺だ。責任がある」

「……フフ、本当に面白い男だ。もう少し、おまえのことを知りたいな」

「迷惑だと言ったはずだ」

 

「あ、あの……スイマセン。いきなり、俺、部外者状況なんスけど、かなり際どい話、してます?」

 にょにょとばかりに顔を突き出し、興味津々の表情で、俺とセフィロスを交互に眺める。健康的な頬の色が、今はやや興奮気味でバラ色に染まっている。

 ……まったく、この『クラウド』にはかなわない。

 

「まぁ、いい……」

 謳うようにセフィロスが言った。

「今は『クラウド』のことだったな」

 それはセフィロスの言う通りだ。俺は同意を示すためにも頷いた。

 

「……あの子の部屋は?」

 独り言のようにセフィロスがつぶやいた。俺に向かって尋ねているのだろう。

「……それを訊いてどうする? 彼を連れ戻すのに必要なことなのか?」

「さぁな……」

「セフィロス!」

「疲れたから休むだけだ。……気の短い男は嫌われるぞ……フフ」

 クッと口角を持ち上げた艶めかしい横顔。

 

「……案内しよう。『クラウド』はすまないが、今夜は俺の部屋で寝てくれ」

 背後からこのやり取りを眺めているクラウドを、振り返ってそう言う。

 ……蒼の瞳を大きく見開いた……興味深そうな顔つき。野次馬根性まるだしとでも言えばいいだろうか。

 どうやら、彼は俺とセフィロス、そして『クラウド』の関係がひどく気になるらしかった。

「……無関係だからな」

 俺はボソリとつぶやいた。独り言のつもりだったのに、耳ざといクラウドがしっかり聞いている。

「なになに、レオン? ね、ちょっと、今どんな状況なんだよ! もしかしてアンタとこっちのセフィって……」

「バカなことを言うな、おまえは。気色の悪い!」

「ひっでー! ぶっちゃけあの人、相当綺麗だと思うよ? 俺の知ってるセフィみたく言葉悪くないし、なんか浮世離れしてて、お貴族さま的っつーかなんつーか……」

「……くだらん。ただの化け物だろう」

 我ながら八つ当たり気味の、ひどい物言いをした。

 クラウドの表現はやや誇張があるが、俺の目から見ても、『セフィロス』は、普通の人間ばなれした美男子で、この世と隔絶した精霊のように思えるのだ。

「…………」

「ちょっと、なにボケッとしてんの! 上手くコトを終えたら、ちゃんと帰り方聞いておいてよ!」

「バカをいうなと言っているだろう! 俺にその趣味はない!」

「あ、ほらほら、レオン! セフィロス、もう行っちゃったじゃん! 早く早く!」

「と、とにかくセフィロスの知っていることを聞き出してくる!」

 俺は適当に彼をいなすと、急いでセフィロスの後を追った。

 

「壁に張り付きつつ、健闘を祈っておりますッ! 隊長ッ!」

 ……どこまでも俺の言うことを理解してくれない『クラウド』であった……