うらしまクラウド
〜クラウド in ホロウバスティオン〜
<12>
 
 スコール・レオンハート(レオン)
 

 

 

 

 

 

 扉を開け、彼の姿を捜す。

 

 なんと言っても相手はセフィロスだ。

 わずかに目を離した隙に、風のように逃げられても不思議は無い人物なのだ。

 

 いつまでもニヤニヤ笑っている『クラウド』を置き去りに、俺はすぐさまセフィロスの後を追ったのだった。

 クラウドに宛った部屋の扉を開けると、ごく当然のようにセフィロスが居た。

 窓を開け放ち、やわらかな夜風に身を任せている。

 

 銀の髪が、微風にそよぎ、綴じ合わせた瞳の、長い睫毛までもが揺らめいているように見えた。

 

「……なにをしている」

 俺はバカな問いかけをした。

「……おまえの目にはどういうふうに映っているのだ?」

 そのままの姿勢で楽しげにささやくセフィロス。

「……風に当たっているように見える」             

「……そのとおりだ。心地良い……」

 白くて長い指が、銀の髪を静かに梳いた。

 

「セフィロス、傷に障る」

「……もう治った」

「鬱血があると言っただろう。身体を冷やすのは好ましくない」

「…………」

「窓を閉めて、ベッドに入れ」

 やや強硬にそう言うと、彼はやれやれといったふうに、溜め息を吐いた。

 となりの部屋で、カタンと軽い音がする……まさか、本当にクラウドが壁に張り付いているのではなかろうか。

 だが、セフィロスはそちらには何の注意も払わず、大人しく寝台に横になってくれた。 この部屋は来客用の洋間だ。ベッドもダブルとはいかないが、大きめのセミダブルで、大人ふたりが並んでも、どうにか余裕がある程度だ。

 

 彼は俺の言いつけどおり、寝台に身を横たわらせはしたが、ローブ一枚をひっかけたままで、シーツを引き上げようとさえしない。

 夜着から覗く、白い足首や、思いの外骨ばった腕……俺はそれらを覆い隠すように、毛布と上掛けを丁寧に掛けてやった。

 

「……いつまでそうして枕元に突っ立っているつもりだ、鬱陶しい」

 セフィロスが煩わしげに口を開いた。

 無理やり寝かしつけようとしたのが、不快だったのだろうか。どうやら気むずかしい彼の機嫌を損ねてしまったようだ。こちらを見遣りもせずに、ボソリとつぶやく。

「セフィロス……話が……したいのだが」

 俺は慎重に口を開いた。

「……おまえが寝ろと言ったんだろう」

「あ、いや……そうだな、寝ながら話をしてもいいだろうか」

「…………」

 白い顔が静かにこちらへ向けられ、アイスブルーの双眸に、俺の姿が映し出された。

 

「セフィロス?」

「……ふぅ……好きにすればいい」

 あからさまに吐息すると、彼は独り言のようにつぶやいた。

「では失礼する」

 バッと布団を持ち上げ、セフィロスのとなりに潜り込む。彼は鬱陶しげにそっぽを向く。

 仲の悪い男ふたりが、ひとつ寝台の上で横臥している様はひどく滑稽ではあろうが、今は非常事態だ。否応はなしだ。

 

「セフィロス……恐縮だが、右手を出してくれないか」

「……は?」

「片手を貸してくれ」

「……何なんだ、おまえは……」

「すまないが、言うことを聞いてくれ」

 辛抱強く、そう繰り返した。

「……言葉づらは丁寧だが、物言いは強固だな」

 冷ややかに批評するが、意外にも彼はおとなしく片手を差し出した。

 しかし、居間から持ち出してきた『モノ』を取り出すと、さすがのセフィロスも目を丸くする。

 ……繰り返すが、非常事態ゆえ、致し方がないのだ。

 

 俺は、自分の左手と、彼の右手を手錠で繋いだ。

 カシャンと硬質の音が部屋に響く。

 間違いなく、俺の手首と彼のそれがしっかり繋がれているのを確認し、ようやく寝台に横になった。

「……おい、何の真似だ?」

「手洗いに行きたくなったら起こしてくれ」

「……何の真似だと訊いているんだ」

 セフィロスの口調が剣呑になる。

 

「話の途中で逃げられると困る」

「…………」

「正直、現段階では、まともに闘ってアンタに勝てるかどうかわからない」

 真面目な気持ちでそう答えた。まぎれもない本音であった。

「……ほぅ、賢明だな。さすがホロウバスティオンの英雄」

「茶化さないでくれ」

「誉めているのだ」

「……どっちでもいい。それよりセフィロス、アンタと話がしたい」

 どうも言葉遊びのような会話は苦手だ。

 俺は真正面から、切り込んでみた。

 

「……話、ね」

 天井を見つめたまま、彼が笑った。薄い口唇がクッと持ち上げられる。

「……面白い質問なら答えてやってもいい」

 セフィロスはそう言って笑った。

「アンタはクラウドのことをどう思っているんだ。……となりの部屋にいるアイツのことじゃなくて、元の『クラウド』のことだ」

「……率直だな」

「……大切なことだ。できれば真面目に答えて欲しい」

 となりに横たわるセフィロスを見遣り、そう繰り返した。

 

「……おまえには……もうわかっているのではないのか……聡明なレオン」

「からかわ……」

「……からかってなどいない」

 俺の言葉を遮ったセフィロスの口調は、静かではあったが、ひどく断定的な響きがあった。

「……俺がわかっているのは……いや、ただそう感じるというだけのことだが……」

 どう切り出せばよいのか、言葉の選択に迷う。もともと俺は話をするのが得意ではない。

「…………」

 セフィロスが言葉の続きを待っている。俺は意を決して口を開いた。

「……言葉を飾っても仕方がない。俺から見ると、アンタのほうがクラウドに執着しているように見える」

 我ながら、あまりに憚りのない物言いに、嘆息する気分であった。