うらしまクラウド
〜クラウド in ホロウバスティオン〜
<13>
 
 スコール・レオンハート(レオン)
 

 

 

 

 

 

 

「……私の方があの子どもに拘っていると……?」

 わずかな間隙の後、セフィロスが口を開いた。

 おだやかな口調からは、彼が、今の言葉に対して、何を思ったか読みとることはできなかった。

 

「……表面的にはそうじゃない。クラウドのほうが、ずっとずっとアンタに対する想いが強いように見える。善きにつけ悪しきにつけ……だが」

「……ふふ」

 彼が低く笑った。

 耳元でその声を聞くと、肌がゾワリと粟立つようだ。

「ここに住まうようになってからも、クラウドはたびたびアンタの名を口にした。『セフィロスが……』と。『セフィロス』の名に怯え、だが心のどこかで、アンタが迎えに来るのを待っているようにも見えた」

「…………」

 

「……クラウドは『自分はヘンになっている』と言っていた。『普通の人間ではないから』とつらそうに繰り返していた」

 白い頬を朱に染め、目元に涙をにじませて、必死に訴えていたクラウド。

 差し伸べた俺の手を振り払い、身を小さく縮こませて怯えていた姿を思い出す。

 

『オレ……ヘンなんだよ。普通じゃないんだ』

『セフィロスは……ただの退屈しのぎだったのかもしれないけど……でも、オレ……オレのこと……』

『オレの内側に入ってきて、オレにだけ特別な言葉をかけてくれる人は……セフィロスだけだから……』

『セフィロスに見捨てられたら……オレは……永遠にひとりになってしまう』

 

「……クラウドがそう言ったのか?」

「ああ。……だから裏切れない、離れられない、捨てられたくない……自分をわかってくれるのはセフィロスだけ……そういう構図が見えてくる」

 俺は事務的に言葉を紡いでいった。

 セフィロスは俺の傍らで、黙ったまま耳を傾けている。

 

「クラウドは剣士としては優秀だが、ひどく心弱いところがある。……いや、もはや病的に脆いと言ったほうがいいだろう。アンタはそこにつけ込んだんだ、セフィロス」

「…………」

「……彼の病因を利用した。アンタを慕っていたクラウドを、自分以外の何者も見えないように……『クラウドを理解してやれるのはセフィロスだけ』……そう彼の心と体に刻み込んだ……違うか?」

「……誰よりもあの子をわかっているのは私だ……その言葉に誤りはない」

「……そうだな。そうなのかもしれない」

 俺は素直に同意を示した。今この時……俺と一緒にこの家で暮らしていてさえ、誰よりもクラウドという人間を理解しているのはセフィロスなのだと、そう思う。

 

「あの子を手元に置いていても、なお……そう思うのか、レオン?」

 俺の心の中を見透かしたように、セフィロスが問うた。

「……ああ、認めざるを得ない……と思う」

「……で? 今の話と、クラウドに執着しているのが私だという言葉と、どのように関連するのだ?」

 まるで俺を試すように、次々に、彼は疑問を投げかけてきた。

  

 ……ああ、俺がこれを口にしてよいのだろうか。

 彼に向かって、口にしても許されるのだろうか?

 

 おそらく……誰にも知られたくないであろう事柄を……

 

<……クラウドとセフィロスは『同類』。寄り添える人がいなければ、生きていくことの出来ない……狂気に支配された、孤独な魂……『だからこそお互いのことが分かり合えるのだ』>

 

 セフィロスのことなど……彼の抱え込んでいる『モノ』についてなど、なにも知らない俺が……それを口にする資格があるのだろうか……?

 

<なぜなら……『クラウド』と『セフィロス』は……>

 口にして……よいのだろうか?

 

 

「なぜなら……『クラウド』とアンタは……」

 

「……私は……?」

「…………」 

「……レオン?」

 俺が黙り込んだせいだろう。

 セフィロスが傍らで名を呼んだ。

 

「…………」

「レオン……?」

「……いや……悪かった」

 彼の横たわる左手側から、顔を背け、俺は謝罪した。

 

「…………」

「……悪かった……この話はなかったことにしてくれ」

「……レオン」

「……疲れていると言っていたよな。眠ってくれ、セフィロス……」

 手錠のない片方の手で、ずれた上掛けを直し、俺は口を噤んだ。

 どうしても、それ以上、言葉にすることができなかった。

 ……昨日今日出逢ったばかりの、無知な人間が口にしていい事柄ではないように思えた。

 

 ……ああ、いけない。

 クラウドのことを考えなければ。

 いや、クラウドのことを考えるということは、セフィロスのことを考えるのと同じなのだ。彼らにとって、互いの存在は切っても切り離せない事柄だろう。

 クラウドをここへ連れ戻す……それはすなわち、彼を、『このセフィロス』のいる世界へ引き戻すということなのだ。

 

 ……彼にとって一番よい方法を、考えなければならない。

 

 ……『クラウド』のために一番良いこと……

 

 この世界で、『セフィロス』に怯え、おのれの存在を否定し続ける、クラウド……

 では、誰も彼を知らない土地で、ひっそりと『普通の人』として、生きたほうが幸福なのだろうか?

 本当にそうなのか……? それでいいのだろうか……?

 

 今の『クラウド』の心に住んでいるのは誰なのか……?

 俺か?セフィロスか?

 

 ……あいつがこの家に来たとき、そして初めてふたりで……そう……したとき、俺は彼に何を告げたか。何を約束したのか。

 ……それを思い出す。

 

『……これもひとつの執着なんだと思う。……俺はおまえの側に居たい……ただの友人としてではなくて……それを恋愛感情だというのなら……そう……なのかもしれない』

 辿々しい口調とともに、自分の低い声音が綴った言葉。

『俺にとっても、おまえは特別な人間らしい。ずっと側に居てくれ。……俺もおまえのことが好きだ』

 

 俺は彼に……確かに……そう告げたはずだった。